58話 僅かな異変
明海八年 11月19日 佐波鈴島某所上空
大浜綴帝国陸軍飛行戦隊 第一戦隊 第二戦闘中隊
「今日も異常無し……っと。はぁ、こんな仕事、何か意味なんかあるんですかね?」
「有るから来ているんだろ?それに、二週間ほど前から煤羅射の飛行機が多数確認されている。こちらの戦闘機が来なかった場所については敵飛行機の偵察や爆撃によって、損害は微小乍ら被害も出てきている。我々がいなかったらそうなる可能性もある。今も、煤羅射の飛行機と接敵する可能性もある」
「まあ、そうですが……」
「第一、陸軍は飛行場の設営に時間が掛かる分、こちらの戦闘機や爆撃機の配備は前線でも少ないからな。空母を用いて海岸線に沿って攻撃を続けられる海軍とは違い、我々は数少ない陸軍の戦闘機だ。それを有効活用しないと他の陸軍兵士から何言われるかたまったものじゃないな」
「そうですねぇ……ん?あれは……」
「やけに派手な飛行機だな……でも単葉機……一体どっちの機だ?」
「分かりません……多少近づいてみますか?煤羅射の機だったとしても、こちらの機なら打ち倒すことも出来るでしょう」
「そうだな……敵機と分かれば、お前が報告に戻れ。俺は交戦する」
「了解しました」
「二対一、まあ、大丈夫だろうな」
「でしょうね」
「近づくぞ、出力最大!」
「了解!」
「……あれは……、敵機だな。あのような機体は帝国の飛行機の中には存在しない。それに、北からのお出ましだ。お前は回頭し、新型機出現と報告せよ。俺は交戦する」
「了解しました。回頭し、報告をしに基地へ帰還します」
「さて、新型機の実力、見せてもらおうかな」
……。
「Pp-3の挙動は良好。未だ敵機と遭遇せず……っと」
試作型のPp-3に載っているのは、以前、大陸側で風切隊と交戦した、ロザノフであった。
彼は全ての隊員を撃墜され、唯一生き残った飛行機乗りとして、その後、飛行訓練の教官や、新型機の試験パイロットとして飛行機に乗っていた。
今回の危険な任務も、彼の生存能力を目に付けたポポフ設計局からの所謂スカウトである。
彼以外にも候補はいたが、彼以外は手を挙げなかったのである。
「……ん?前方に二機、浜綴の機だな」
彼はその目で、浜綴の飛行機を確認する。
「さてどう出るか……片方が来たら交戦だったよな……」
その言葉を放ったその時、二機飛んでいた浜綴の飛行機のうちの一機が離脱し、もう一機がそのままこちらへ向かって飛んできていた。
「……まさか初会敵で、“実地試験”が出来るとはなぁ」
ロザノフは思わず感嘆の声が漏れる。
「敵の増援が来ない内に全ての試験を終わらせないとな」
彼はどうやら、自らに引き際を言い聞かせるように、独り言を言ったようである。
「フフ……いざとなったらとっとと逃げてやる」
自嘲の軽口を一人で叩く。
「“試験”開始!」
そして、自らを高める為鼓舞した。
……。
「煤羅射の新型機、強いな……」
陸軍の最新式の戦闘機、栃風を駆り、その言葉を漏らすことが、どれほど相手の機が強いかを示している。
「クソが……相手の尻を取れない……」
どのような操舵をしても相手の後ろを取れず、苦戦する。
……。
「交戦して、すぐに逃げ出さなくて良いのはこの機体の良さが如実に出ているな。だが……、このままでは敵の増援が来てこちらが負けて終わり、だな」
ロザノフは冷静に戦況を分析し、次の戦術を考える。
今はまだ、相手の後ろを取ろうとして、二機が円を描いて飛んでいるのみである。
「どうにかこの状態を打破する『飛び方』は……」
機で円を描き、そのGを受けながらも、長く冷静に考えていた。
「よし!」
彼は新たな飛び方を考え付き、それを実行する覚悟を決めた。
……。
「新たな動きを……。だが、着いて行くだけだ!」
浜綴の陸軍の飛行機乗りは稈を倒し、栃風でPp-3を追う。
「上手いな……上昇しながらも、機体を揺らし、こちらの機銃に当たらない様にしているのか。だが、こちらも……クソッ!失速しやがった!」
Pp-3と栃風、ほぼ同時に失速した。
だが、失速を予測していたロザノフはその機体をどうにか操り、失速することを失念していた浜綴陸軍の飛行機乗りの乗る栃風の背後を取った。
そして、背後に何かが弾ける音。
「尾翼に……!しかし俺に当たらないだけ運が良かったのか……?」
その疑問を抱きつつ、即座に機体を制御の下に置き、敵の弾丸を避けた。
「クソが……尾翼の効きが……安定性も若干失ったか?」
なんとか致命弾の被弾を回避したが、その時の挙動に困惑する。
そのうちに、再び互いの背後を追い、円を描く挙動を行う。
……。
「またこれか……ならまた“アレ”が確実な効果があるのか、検証してやる」
そしてロザノフは再び、先ほど栃風の尾翼を撃ち抜いたときの挙動を取る。
……。
「また“アレ”かよ!」
陸軍兵士は叫ぶ。
「だが、二度目は食らわん!」
栃風の飛行機乗りは、先ほどとは違い、Pp-3の背後を取ろうとはせず、Pp-3の挙動の90度異なる挙動を取る。
そしてそのすぐ後、Pp-3は失速し、落下する。
「そのまま背後を!」
栃風はPp-3の背後を取り、機銃を放つ。
……。
「そう二度も上手くいくことないよな!」
ロザノフはそう言い、回避機動を取る。
数度、主翼を打つ音。
「主翼が被弾したか……安定性が……」
ある程度予想はしていたが、機体の安定性がある程度失われる程主翼を被弾するとまでは思っていなかったロザノフは少し動揺する。
……。
「クソ……安定しない!」
尾翼をかなり被弾し、その剛性を失い、挙動から金属疲労を起こし、安定性を思ったよりすぐに低下させ、状況は早くにも悪化した。
……。
「主翼が……いうことを聞かない……!」
一方Pp-3はPp-3で、被弾箇所がある程度余裕のある主翼とは言え、栃風よりも被弾数が多く、こちらも思っていたよりも早く安定性を失い、状況を悪化させていた。
「こうなれば、思い切って……!」
……。
「こうなれば、一か八か……!」
そして、思い切り稈を倒し、そこから離脱を図る。
「アイツは……?」
そして、敵機の方を見る。
「なんとか……なったか……」
そこには、自らの機体と同様、戦線から離脱する煤羅射の飛行機の姿が、そこにはあった。
「……こちら大浜綴帝国陸軍飛行戦隊、第一戦隊、第二戦闘中隊の二番機の中田、第一戦闘中隊を支援部隊として来させました」
「こちら、第一戦隊、第二戦闘中隊隊長。敵機は戦線を離脱、北方へ向かった」
「状況を報告せよ」
「二番機を報告と支援部隊要請に向かわせた後、不明機一機と交戦。恐らく煤羅射の飛行機だと思われる。それと応戦し、向こうの機体に被弾を負わせることが出来たが、こちらも被弾、機体の安定性を失い、戦線を離脱した。向こうも継戦不可能と判断したのか、早急に戦線を離脱していきやがった」
「第一戦闘中隊で追うか?」
「いえ、罠の可能性があるかと」
「引き込むつもりか?」
「その可能性が」
「了解した。取り敢えず、帰ったら始末書と報告書を」
「分かっている。あと、こちらの機体の安定性が悪い。先に着陸させてくれ」
「了解。飛行場まで先導し、着陸の支援を行う」
「先導、感謝する」
佐波鈴島 大浜綴帝国陸軍臨時飛行場基地
「敵の新型機……か……」
「えぇ、被弾した箇所を見れば、そのことは確実であると理解できるかと」
「敵の大規模戦闘機部隊に襲撃された言い訳をしているのではないか?」
「いえ、いくら相手が大部隊だったとしても、それは在り得ません。確かに、海軍の最新鋭機、黍風に比べ、ある程度栃風は劣ることはあるかも知れません。しかし、それは海軍機と比べての話であり、世界の陸軍の扱う戦闘機に於いては、世界最高の戦闘機と言って過言は有りません。実際、遭遇戦で、敵機六機、友軍機二機で陸軍の飛行中隊との戦闘がありましたが、こちらには一発の被弾もなく全部隊の殲滅を行った記録さえあります。それが、たかが敵一機に被弾するなど、敵の新型機である可能性が高いです。それも……」
「海軍の偵察機を鹵獲し、改造したものの可能性……か」
「はい。敵軍が海軍の偵察機を鹵獲し、それを改造しただけでも、十二分に我が軍に対抗出来得る戦闘機の足掛かりになると。我が軍は爆撃機すらさえ戦闘機として向かわせたとして、各国“独自”の戦闘機に負けるとも考えられていません」
「そう……、か。成程な。全く、海軍の奴らめ、奴らの所為で敵の新型機が出来たというのに、奴らは儂たちのことを“煤羅射の戦闘機一機に被弾した軟弱者”として扱うのだろうな」
「確かに癪ではありますが、敵の新型機の情報は、共有しないと場合によっては再び戦線の膠着を引き起こし、戦費の更なる上昇が懸念されかねません」
「あぁ、流石に儂も分かっている。そこまで駄々を捏ねる程、子供ではないさ。はぁ……」
基地司令はどう報告するのか、頭を悩ませるのであった。
佐波鈴島北部 煤羅射陸軍要塞陣地
「ということは、この弾痕は……」
「はい、浜綴の飛行機のものです」
「今まで浜綴の機との交戦の記録は無く、どのように対策すればいいのか分からなかったが、これで進歩するかもしれんな!」
「ええ、そうですね。……しかし、撃たれた俺が言うのもなんですが、これ、また飛べそうですか?」
「うぅ……む。無理そうだな。流石に半一体型の主翼を直すのは、資材も施設も無いからな。穴を埋めるだけなら出来るかも知れないし、飛ぶだけなら何とかなるかも知れないが、試験は出来そうもないからな。大陸に返して、大陸で試験を続ける方が良いだろう。帰るか?」
「ええ、こいつの実用型をいち早く実戦に飛ばして、仇を取りたいので」
「……分かった。では、私も設計局に帰って、報告と試験の調整をしよう」
「はい」
戦況は今も尚、煤羅射にとって不利な状況であることに、変わりはなかった。
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