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凪の中の突風  作者: NBCG
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57話 煤羅射帝国の焦燥

明海八年 10月27日 佐波鈴島北部 煤羅射陸軍要塞陣地


「これは……一体どういうことだ……」


その陣地の長である陸軍司令が報告書を握り締め、その手、その腕を震わせている。


「浜綴の軍は飛行機を戦線に投入、爆弾投下により前線支援陣地及び、後方支援基地、補給基地を破壊、補給が滞り、戦力の顕著な低下が表れた箇所から膠着、拮抗していた戦線が崩壊、前線部隊は早急な撤退を余儀なくされました」


副官が冷静にそう告げる。


「私が聞いているのはそういうことではない!何故!?あまつさえタタール海峡への敵支援部隊の侵入を許し、そして我々が前線の撤退を強いられなければならないというのですか!?」


「我が帝国軍部上層部は、陸海軍ともに、サハリン、大陸共に我らの支配領域の海峡に攻め入ることは、いくら飛行機を持ち、多少の善戦を敷く浜綴であれ、それは初戦で運が良かっただけであり、一介の小国が深部まで攻めて来ることを想定していなかったためであると考えられます。故に、本戦いに於いては、輸送船の護衛以外に軍の船がこの海峡に浮かぶことは殆どありませんでした」


「ぐ……確かに上層部のことは一理あるかもしれん……しかし……」


「取り敢えず、この状況を打開しない限り、我々はサハリンを失いかねません」


「分かっている!クソッ、どうすれば……」


「一つ良かったことと言えば、浜綴の兵士がこの土地に慣れておらず、土地勘が無いことと、さらに寒さに弱く、北上に伴い進攻速度が徐々に低下しつつあるということです」


「しかしそれでも敵が進攻していることに変わりは無く、停止している訳ではない」


「……はい」


コンコン


部屋の扉に打ち付ける音。


「入れ」


司令がその音に返した。


「失礼します。大陸極東司令部より通達です」


「読み上げろ」


「はい。『大陸極東司令部より、サハリン戦線司令部へ。10月19日より、新型飛行機、“Pp-2”の量産体制が安定的なものとなり、更に大陸中央部の工場による生産が開始された。この飛行機を前線に送ることが決定なされた。また、更なる新型飛行機、Pp-3の実地投入の試験許可を得たい』……とのことです」


「大陸側の司令部も暢気なものだな」


「はぁ……」


「Pp-2など、Pp-1より少しばかり性能が向上したようなもので、そんなものが上がったところで敵の飛行機に撃ち落とされるだけだな。全く」


「確かに、Pp-1は敵飛行機に有効な戦力であるとは考えられていませんね」


「それでも空に向けた大砲に比べてある程度進攻を食い止める、“時間稼ぎ”程度にはなるかね……」


「……」


「“無いよりはマシ”……か」


「……司令、実地投入試験の方は如何いたしましょう?」


「まあいいだろう。Pp-2が一機か二機、増えるようなものだろう?それにどうせ、それが向こう側に鹵獲されたところで、その機を向こうが使うとは思えん。向こうの方が飛行機の性能は良いだろうからな」


「皮肉なものですね」


「ははっ……本当にな……」


「有効打とはならずとも、せめて大陸からの援軍が到着するまでの時間稼ぎ程度にはなって欲しいものですね」


「そうだな……はぁ。タタール海峡には敵艦隊が展開している。支援・輸送艦隊は北部から来るのか?」


「はい。その通りです。敵艦隊は未だサハリンと大陸間の分断を、特に北部に於いては一切、確認されていません」


「なら、いいのだが……」


同年 11月3日 同要塞陣地


「司令、彼らが今日より配備され、戦線へ投入されます」


「そうか、そうだったな」


「なお、Pp-3の試作機の到着は、あと二週間ほど掛かるそうです」


「ま、あくまで新型機らしいからな。仕方ないだろう。開発に時間が掛かるのは」


「そうですね」


「取り敢えずは、Pp-2がどれほどの戦果を挙げるのかが重要だな」


「敵飛行機が行っているように、爆弾を敵兵力分布地に投下することで、ある程度の効果はありそうですが……」


「Pp-2とやらは爆弾を載せられるのか?」


「いえ、知りませんが……」


「まあ、敵がそうして戦果を挙げているのだから、そうすればこちらも戦果を挙げられるか……。ま、向こうに敵飛行機がいないことが前提だがな」


「そうですね……」


「ところで、前線の状況は?」


「尚も後退中です。丁度北緯50度線部分を西側から飛行機による攻撃を受け、陣地が崩壊していたため、そのあたりに後退した兵らは一気にそのあたりから大幅に後退をしました」


「陣地の再構築に要する時間が取れなかったことを考えると、仕方ないか……」


「大幅に後退した部隊も現在、交戦中です」


「まあいい。取り敢えずは支援が来るまでの辛抱であることに変わりない……はぁ……。“変わりない”、“変わらない”……最近、こればかり言っているような気がするな」


「状況が好転すればその口癖も無くなるのでは?」


「状況が好転していないからか……なんとも、まぁ……」


「我々は戦線の状況が好転するまで、ここで待つしかないのです」


「陣地の長としての地位を預かるものになってから程に経つが、これほどもどかしい気持ちになったことは、今までにないな」


「仕方ありません。我々は待つしかありません」


「……新兵器のPp-2に期待でもしておくか?」


「……はぁ……」


同月5日 祟或海峡 航行艦隊 空母飛鶴 飛行甲板


「さて、今日も出ますか」


「寒い……とっとと出よう。そしてすぐに帰ろう」


「そうだな。……風切隊、発艦開始!」


今日も今日とて、その艦から飛行機が飛ぶ。


佐波鈴某所上空 大浜綴海軍航空隊 第二〇一任務部隊 戦闘爆撃混成部隊


「ふぅ……今日も変わりないな」


「護衛って言っても、敵の飛行機が居なければ、うちの戦拓隊が脅かされることはまずないからな」


『戦拓隊より風切隊、前方に不明機!』


「敵機のお出ましか?」


「不明機は六機、三機で一纏まりになっている。編隊陣形数と不明機の形状から、煤羅射帝国機、敵機と判断。風切隊、散開!交戦を許可、交戦開始!」


「風切隊、小川、交戦開始!」


「風切隊、生機、交戦開始」


「杉から相坂隊長へ。俺は爆撃大隊の直掩に回る」


「相坂了解。自分は敵勢力を迎撃する」


この佐波鈴の空で、再び空戦が発生したのであった。


同月18日 佐波鈴島北部 煤羅射陸軍要塞陣地


「……うぅむ……」


陣地司令が見つめるのはその手に握られた報告書。


「司令、如何なされましたか?」


「Pp-2の戦果だ」


「どれほどのもので?」


「まず、行方不明と、敵機に遭遇せずのどちらかだな」


「それは、つまり……」


「これほどの数がエンジンの不調で一個飛行隊が消えるとも思えない。恐らく、会敵、交戦または撤退、そして被撃墜、だろうな。敵機を発見し、そのまま帰還したという飛行隊が一つもないことを考えると、こちらの飛行機の全力撤退をも超えるだけの飛行速度と飛行距離を備えているのだろうな、敵は」


「……」


「ま、これは考えられていたことだ。悲しい事ではあるが、そこまで衝撃的な事ではない。私が注目したのはそれ以外の戦果だ」


「それ以外の戦果、と、いいますと?」


「偵察と、敵への攻撃だな」


「どのような戦果が……?」


「思っていたよりは芳しいものだったな。まず、偵察だが、こちらが向こうの陸軍部隊を伺い知れることで、戦力の撤退または支援の判断が早くでき、結果的にこちらの消耗を抑えられることが出来た。具体的に言うと、楽観的に見ると、時間単位生存率が三割ほど、悲観的に見ても、一割以上の生存率になっている」


「それはすごいですね」


「そして敵飛行機が居なかった場合には、こちらから敵の陸上兵に攻撃できた訳だが、これによって敵の進攻を予想と比して、最も大幅に抑えられたのは、三日、短くても半日程度進攻を抑えることが出来た」


「敵飛行機が居た場合は……」


「ま、敵もいつも飛ばしてきている訳ではないが……その時の損耗は部隊単位ごとだからな。何というか……仕方がないな。こればかりは」


「そういえば、Pp-3の件はどうなりましたか?もうそろそろ、此方へ到着する頃だと思いましたが……」


「ああ、昨日の昼過ぎに到着した」


「それはどこへ?」


「此処だ」


「と、いうことは、此処の倉庫のどこかへ入れられているのですか?」


「そういうことだな」


「試験は、いつからでしょうか?」


「明日からだ。今日はここでも飛ぶかの試験をしているらしい。開発したところに比べると、ここは多少寒いらしいからな」


「Pp-3は有用な兵器となるのでしょうか?」


「さぁな。だが、ある程度期待は出来るらしいと、前線で出ていた兵士の一部が言っているらしい」


「はぁ……?どういうことでしょうか?」


「前線に出ていた兵士によると、今までのこちらの飛行機よりも、向こうの飛行機に似ているらしいな」


「それはそれで、なんだか、複雑な気持ちになりますね」


「だが、少しでも希望が持てるのならば、それに賭けてみるしかないだろう」


「えぇ」


煤羅射陸軍要塞陣地 臨時滑走路


そこには、一機の単葉単発機と、三人の男たちが居た。


「どうだ?機体と躰の調子は」


「ええ、十分です」


「最高、とまでは言わないか、流石に」


「ここは寒さがきついですからね」


「どうだ、行けそうか?」


「無理ではないですが……やはり、戦った時の恐怖は拭えないですね」


「ハハハ、頼りないが、そこは自分で何とかしてくれ」


「明日の実地試験の条件を再確認してもいいですか?」


「ああ、分かった。まず、敵機が三機以上の時は、無条件で逃げろ」


「はい」


「そして、敵機が二機の時だ。その時は、向こうにこちらの機を認識させる程度まで接近。そして敵機が近づいて来て、一機が帰還し、一機が付いて来た時はその付いて来た機と交戦しろ。そうでなく、二機ともついて来た時は全速力で帰還だ。ここまでは良いな?」


「はい。分かりました」


「そして、敵機が一機のときの場合、最優先で交戦を開始しろ」


「はい」


「しかし、増援が確認された場合には、それでも即時に帰還だ」


「了解です」


「もう一回、飛ばすことが出来るが、最後に飛んで、調整しておくか?」


「いえ、今日はこれで。燃料がもったいないですし。今日はしっかり休んで体調を整えておきます」


「分かった。なら、いまからしっかり休め。大陸側には予備機が何機かあるはずだが、失われても困るからな」


「分かりました」


翌19日 煤羅射陸軍要塞陣地 臨時滑走路


「Pp-3、出ます」


「おう!必ず生きて帰って来いよ!」


「勿論です!」


斯くして、煤羅射の新型の試験用飛行機が飛んで行った。

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