43話 不穏な風
明海七年 11月 大浜綴帝国首都 万京
「はぁ……」
溜息を吐く男。第十三代目内閣総理大臣、熊縣 朋有。
「どうしましたか、総理」
「戦争は嫌だね、まったく」
「まさか……」
「近いぞ、開戦は」
「相手国は……やはり?」
「ああ、北の方だ」
「そうですか……」
「一週間前、彼の国で飛行機の初飛行がなされたと新聞であったが、外務省の汎用部門からの情報では、もっと別の情報があると、そういう報告が今来てな」
「それは、一体?」
「あ奴ら、初飛行自体はとっくの昔に済んでいて、『初飛行発表から量産が開始された可能性が非常に高い』とのことだ」
「そんな!」
「これは、選挙を早める必要が出て来たみたいだ。なにせ、量産は西にある首都近郊のみならず、こちら側……東の主要都市でも工場が稼働しているとの報告もあったからな。それにこちらも、新型空母の開発で、多くの空母が旧式化し、艦隊の更新をしている最中だ。練度未習熟な兵士どもを出すわけにもいかないからな」
「それは……」
「本当、困ったものだよ、戦争は」
同月 26日 浜綴航空技術研究所
「な~んか最近、街が騒がしいな、倉田」
「そりゃあそうでしょうよ、親方。煤羅射と締結した佐波鈴・繰鈩交換条約でこっちが佐波鈴を手放す代わりに繰鈩諸島を得たってのに、今更繰鈩の全てを要求するとか、まともな国のすることじゃないでしょう」
「そりゃそうかもな」
「一週間ほど前も、北海島と佐波鈴島の間の、吾篇沙海峡で煤羅射海軍が演習していたみたいですし」
「こりゃ、新型機の開発も後回しになって、新型の戦闘機とか爆撃機とか攻撃機とかの開発をやらされるかもしれんね」
「ま、好きなものを開発できるのは良いんですけど」
「俺は新型機を開発したかったけどなぁ。敢えて翼を回して飛ぶっていうのは飛行場もそんなに必要ないから様々な場所で役に立つと思ったんだが」
「仕方ないでしょ。戦争や紛争は待ってはくれませんよ」
「そりゃあな」
「それにあれ、理論値で考えるととんでもないくらいの出力重量比の高馬力機関が必要じゃないですか。もしその機関が出来るとしても、今すぐには無理ですよ」
「そうだけどな、こういうところを態々政府が作って、ある程度資金を自由に使わせてもらったなら、それなりのモンを作って、名前くらいは残したいじゃねぇか」
「それは分かりますがね」
話をしていると突然、研究室の扉が開けられた。
「おお武戸目、今日は遅くないか?」
親方が、後輩の武戸目に話しかける。
「ちょっと政府に呼ばれましてね」
「まさか……」
「ええ、新型の戦闘機と攻撃機の開発を頼まれました」
「他んところの状況は?」
「丸菱に戦闘機と爆撃機の受注が、中村には輸送機と小型戦闘機に改造可能な練習機が頼まれました」
「戦闘機だけとは言え、丸菱とまた競合することになるとはな」
「戦闘機全体と言う意味では中村とも競合していますよね」
「まったく頭が痛いな」
「今回こそは上手く行かせないといけませんね」
「ああ、前みたいに採用はされたが状況としては負けみたいなことが続くと資金は減らされかねないし、それにいつかは採用されなくなってしまうだろうからな」
「最初から最後まで本気で行かないといけませんね」
「前は本気じゃなかったんか?」
「まさか。その時も本気でしたけど、今回はそれ以上の本気を見せてやるってことですよ」
「ならそれを見せてもらうからな」
「な~に言ってんですか。親方にも見せてもらいますよ」
「……そろそろ隠居しても良いと思うんだが」
「まだ50で、それこそ何言ってんですか。技術屋ならまだまだ現役か、それでも若い方じゃないですか」
「俺より若い奴が何言ってんだよ?」
「俺も武戸目も若いッスけど、親方も十分若いってことですよ」
「はぁ……分かった。取り敢えず新しい戦闘機と攻撃機の試案を考えるぞ」
「「応!」」
同年 12月2日 北海島北部 吾篇沙海峡
「時化てますね」
「雪が降ってないだけでもましだと思ってれば大丈夫だな」
「それより大丈夫じゃない状況が目の前にありますからね」
「ありゃあ……旧式の成会矛の戦艦か?」
「みたいですね。数年前に成会矛が旧式化した戦艦を煤羅射に売りつけたという話がありましたし、恐らくそれでしょうね」
「向こうはこちらに気付いているか?」
「分かりませんが、分かっていたら恐らく武力を誇示するはずでしょうし、まだ見つかってはいないかと」
「いないとは思うが、周辺の出ている漁船群にもし居たら伝えるぞ。煤羅射の奴ら、何しでかすか分からん」
「分かりました。ついでに戦艦の情報も上層部に……」
「それこそ分かっている。そしてそれは私の仕事だ」
「失礼しました」
「はぁ……私は出世の道から外れたしがない駆逐艦の艦長なんだがな……まったく信じて貰えるかどうか……」
同月 4日 海軍本部
「それは本当か!?」
「はい。今月2日、緒穂湊海軍地方基地から哨戒に出ていた駆逐艦の一隻、浜風駆逐艦、3番艦時津風の艦長以下多数の水兵が確認しています」
「……近年、煤羅射からの強い圧力があり、本部が考えていた案があったのだが、それを実行するときかもしれんな……」
「その案とは、一体?」
「緒穂湊を地方基地から基地への格上げだ」
「艦隊は如何に?」
「第一航空戦隊を一時的な艦隊として配置する様だ。航行艦隊全てじゃないのは、第二航空戦隊は先の戦争から、編入した予備員の習熟訓練が未だ完了していないからだそうだ。それに、第一航空戦隊は第一次浜唐戦争に於いて、瀬保の臨時の艦隊としての活動実績が認められた、というのもあるな」
「……さらに、戦争に一歩近づいてしまいますね」
「唐国が大人しくなったとなれば、別の列強が、か。まぁ先の戦争で唐国は列強から外されたようだが」
「唐国ではまともな航空兵器は数少ない飛行船でしたし、気球も飛行機から見れば的でした。しかし、次の戦いでは恐らく、敵は飛行機を用いて侵攻してくるかもしれませんね」
「それも量産された、安定した能力を有すると思われる機体がな。列強煤羅射、その工業力も馬鹿にできない。一体どれほどの数の飛行機が攻めてくるのやら」
「陸軍の駐留する現地の陸軍航空軍は、北海島に今どれくらいいるのですか?」
「北海島には寒くて特殊な耐寒用の塗装が施された機体だけがあるだけだから、数が割と少ないんだ。今は200も無いくらいだったはず」
「それは……いくらなんでも少なすぎでは?」
「配備で、結構多くの数が納入されたはずなんだがな……寒さで初期の早風だの、天風だのは全て飛べなくなってしまって、今あるのは栃風の耐寒仕様のものと、天風改の耐寒仕様のもの、あとは……旋風の陸軍にあるものは殆ど北海島にあったはずだ。陸技の一機以外全て」
「といっても、数機程度ですよね、旋風は」
「まあな。それでも本島に有る数より多いのは確かだ」
「整備も儘ならなそうなものですが、何故……?」
「どうせ何かがあった場合にはその場で溶かして他の部品に再構築するためだろう」
「はぁ……上層部も色々考えているんですね」
「恐らくだが、それについては考えてないと思うぞ?陸軍は。場当たり的な対応に過ぎんな。それくらいなら始めから溶かして持っていくだろ」
「それも、そうですよね」
「兎に角、話を戻すが、それなりに戦力の強い者達を緒穂湊に集結させ、いざという時の為に備える必要が、煤羅射の戦艦の確認により、大幅に増えてしまった」
「はい」
「そこで、航空計画として軍と政府は現行の戦闘機の生産できる工場を限界稼働させ、生産し、こちらの新型戦闘機の開発までの繋ぎとすることが決定された」
「忙しいですね」
「まったくだ。戦争の一つが終われば、せめて15年くらいは休ませて欲しいものだがな」
「前にお渡しした、航空業界に参入したい企業に依頼して、数年既製品のライセンス生産をさせる代わりに、その後に一部政府承認の情報の一部の公開をさせますか?」
「そういえばそれもあったな。……政府と連絡して、できるか確認しようか」
「分かりました。政府に連絡を付けておきます」
「よろしく頼む」
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