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凪の中の突風  作者: NBCG
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3話 着艦という難問

練解十四年 4月


名前の順というのは聊か不満の残る制度である。


ただ親の苗字が「あ」から始まっていたというだけで、なんでも始めの方にやらされる為だ。


現在失敗した着艦試験も、この「相坂」という苗字の所為であると、半分くらいはそう思っている。


そもそも船に飛行機を乗せるに明らかに滑走路……飛行甲板の距離が足りない。


いつもの訓練でなるべく離陸のために必要な距離は120mほど、着陸に必要な距離は190m強である。


それに対し、この艦、千鶴型航空母艦2番艦飛鶴の飛行甲板は168mらしい。


離陸はできても着陸はほぼ無理と言っても良いほどに距離が足りない。


実際、自分はあの船から離陸、もとい発艦したが、着艦には失敗したため、現在自分は陸上の最短の距離にある非常用滑走路に向かっている。


多分2番目の試験員、小川も失敗しているだろう。


まあ悪運の強い小川は失敗しても死にはしないだろう。何だかんだ、飛行試験では多くの怪我人を出し、数人の死人を出しており、彼も多くのけが人の中の特に怪我の多かった人物の一人ではあるが、例え大怪我を負っても、死ぬことはおろか、操縦不能にすらなっていない。


閑話休題。


失敗したらここで試験が終了するまで待機することになっているため、しばらく待つことにする。


試験員20名の内、18名がこの非常用滑走路にやって来た。


他の二名の内、一名は水上に不時着水し、一名は船員によって無理に着艦しようとしたが、どうにも失敗し、船員、操縦士含む多くの大怪我の怪我人を出したらしい。


とにもかくにも、試験は全て失敗したが、死人が出なかったのは不幸中の幸いだったろう。


これからは陸上での着艦訓練を多く行わなければならないらしい。


そう言えば、飛行機を初めて見てから一年以上も経つが、未だに完全には扱いきれていない。


どうやら正式な配属は、まだまだ先になりそうだ。


……。


やはりというか、着艦は全て失敗したらしい。


俺も相坂も、そして親方も言っていた通りに、である。


着艦には明らかに飛行甲板が足りなかったが、たとえ無理でもお上から「やれ」と言われればやらねばならないのが下っ端の辛いところである。


「で、倉田、お前は何か良い案はあるか?」


「やはり、強化針金が一番かと。今のところそれ以外案は出てきませんね」


「やっぱりそうかぁ……」


しかし先の失敗で、着艦に使う道具の会議を開発者と整備員たちで行うこととなり、現在に至る。


「取り敢えず、船の方に強化針金を付けることにするか……他には必要だと思われるものは何か考えられるか?」


「はい」


「なんだ倉田、さっきは無かったって言ったんじゃ?」


「新しい案がないのと、この件で考えられることがあるのは別の話です」


「それもそうか。で、何が必要だ?」


「恐らく、現在の飛行機では強化針金に耐えられるか不安が残ります。その為、飛行機の方にも強化した着艦用具を付けるべきかと」


「ああぁ、そこを見落としていたな。そうだな、そうしよう」


同年 6月 某日


試験員たちがここ2ヶ月ほど着艦訓練をしていたらしいが、170mより着陸距離が縮まることはなかった。


現在、全ての飛行機に着艦具の取り付けの作業が終了し、滑走路にも強化針金、異国ではワイヤと呼ばれるものを張った。


今回も今回とて、いつも道理に一番手を任された相坂がこの飛行場に着艦訓練を行いに来た。


今回は訓練と言うより着艦具と強化針金の耐用試験ではあるが。


そして、相坂の乗る飛行機が、着陸姿勢に移った。


「「「……」」」


搭乗員や整備員、そして開発者など、数多くの人々が固唾を飲んで見守る。


俺もまた、その見守っている人物の一人だ。


そして、仮想の飛行甲板の中に「着艦」し、範囲内を滑走する。


思ったよりも静かに強化針金、ワイヤを引き延ばし、急に制動し始める。


そして範囲内で制動された機体は、強化針金の復元力で少しだけ後ろに戻される。


機体が完全に停止し、風が凪ぎ、完全な静寂が訪れる。




そして、歓声。




飛行場の全ての人々の歓声だ。


「おおおぉ、って、おいおい、これで喜ぶのはまだ早いぞ」


途中までは周りと同じく盛り上がっていた親方が冷静に周りを諫める。


確かに、ここで成功しても、船の上で成功しなければ、運用はおろか、試験が修了したとは言えない。


結果、二週間のうちに行われた2000回の着艦模擬試験の内、問題無く成功したのは1265回、範囲の外から模擬着艦を行い無効となったのが137回、着艦で行き過ぎてしまったのは32回、着艦時に強化針金の破損(着艦成功)が52回、着艦時に強化針金の破損(着艦失敗)が69回、着艦具の破損(成功)が8回、着艦具の破損(失敗)が40回、模擬着艦指定範囲から横に逸れた場所に着陸が92回、着艦具に接触せずに着陸してしまったのが132回(全て失敗)、着艦範囲が怪しく無効(着艦場所)が106回、着艦範囲が怪しく無効(停止位置)が65回、飛行機の破損が2回であった。


完全成功率が0.633、条件付成功含むが、1265+52+8で0.663、無効の5%を加えた1325+(137+106+65)*0.05で0.670である。


無効を全て成功と見てやっとのこと0.817になる。


大目に見てもあまり成功率は高いとはいえず、用具の強度や形状の更なる改善の必要性が考えられた。


また、失敗時の対応策として、失敗しても復帰できるように機関を最大に回し、動力風車には動力を伝えず減速して着艦することなどが挙げられた。


同年 7月


さらに試験と着艦具の開発を続け、早一か月。


前回と同じく空母千鶴のある港である、ここ浦呉で空母静止時の着艦試験が行われる。


浦呉のある、浜綴列島にある最大の内海、瀬良内海は特に外国の船も、そして港には唐人含む外国人も少ないため、このような試験には打ってつけの場所である。


「ふぅ……」


思わずため息が出る。


今年の4月に「幕府」が解体され、「朝廷」主導で「議会」や「国会」が成立し、今や自分の国は「大浜綴帝國」、読みはダイヒンテイ テイコクと読む。


同年ではあるが、年号が変わり、練解14年から、明海元年と呼ばれるようになっている。


今回の試験にはその「帝」と「軍務大臣」、「統合元帥」、おまけに「海軍元帥」や「海軍大将」達もいる。


緊張しない訳がない。


今までは、せいぜい海軍の大将が数人、その程度が居たら集まっている方ではあったが、流石にここまでとなると緊張する。


ゆっくりと、ゆっくりと船に近づいて行く。


新たに指導されたように、機関から歯車変換装置を浮かせ、不安定になった機体が海風で揺れるのを垂直尾翼と主翼の操作でなるべく抑えながら、機体を船に押さえつけるように、しかし船体にぶつけないように、慎重に操作する。


そしてついに、船が迫る。


前の車輪が強化針金と船の揺れで跳ねる。


その機体の着艦具が、強化針金を捉え、急に機体が減速する。


今日は特にこの減速が気持ち悪く感じられる。


そして強化針金が張って、これから少し機体が後退するのかと身構えたその時、機体が少し回転し始める。


左の車輪が不具合か潮風で回転しなくなり、機体が回ったのだろう。


周りと港からは歓声と笑い声が聞こえる。


失敗しなかっただけマシなものだが、それでも多少恥ずかしさを感じる。


「よー大丈夫かー?」


暢気に倉田が問いかけてくる。


「ああ、大丈夫だ……はぁ」


先ほどとは違うため息が、自分の体の力を抜いた。


「じゃ、また後で」


そう言って倉田は船につけられた昇降機に飛行機を移して船に一時的に格納するために去って行った。


甲板の上で、整備員たちが飛行機を格納するために忙しなく動くのを、ただただ見ていた。


自分がどれほど重大で重要な歴史の一部にいることを全く認識せずに。


同年 9月


「風温い……磯臭い……」


いつまで経っても演習終わりのこの飛行甲板に吹く風の不快感には慣れそうにない。


正式に配属されてから一か月が経った。


今は空母全体を体制として運用するために、浦呉海軍基地から首都万京の近くに存在する高須賀海軍基地へ向かう航行演習訓練を行っている。


千鶴型航空母艦一番艦千鶴と二番艦飛鶴は演習に当たり、三番艦白鶴は静止着艦演習のために港に係留され、四番艦嶺鶴は他の船が船渠で整備される為の待機と整備士、もとい旧整備員たちの整備訓練のために未だ船渠から出ずにいる。


千鶴と飛鶴は海軍第一航空戦隊として組織され、白鶴と嶺鶴は海軍第二航空戦隊として組織された。


藤型の正式な後継の艦型である、香椎型戦艦四隻中一番艦と二番艦の二隻をそれぞれの僚艦に据えた。因みに香椎型は、気球を装備して、戦艦であり、気球母艦であるらしい。


藤型までの砲艦、戦艦は、全て港に属し、何某方面隊、若しくは何某基地所属艦隊と呼ばれる組織の艦となっていたが、今回の我々、千鶴型と香椎型の計八隻は、航行艦隊と呼ばれ海軍そのものに属することとなった。


他の船は知らないが、この飛鶴に搭載されている飛行機は、浜綴る早風が八機、波霞む太刀風が四機の計十二機である。因みに、本来は二十機ほど格納できるらしい。


正直言って、不安が残り、実戦にはまだ早いとは思うが、飛んで偵察や戦闘訓練を行うまでならなんとか安定して飛行機を操作できるようには成った。


『総員、飛行甲板に集合せよ』


そんな時、この船の艦長が船の船内放送の拡声器から声が聞こえた。


すぐさま集合した全員に、司令は重々しく口を開いた。


「唐国が、我が国に対して宣戦布告を行った」

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