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凪の中の突風  作者: NBCG
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120話 戦いは終わる、人生は続く

最終話です。

明海二十三年 2月3日 フランドル 某所上空


「ヒンテイめ……!」


「青線」こと、グライナーは悪態をつく。


だが、彼の顔には笑みが表れていた。


最高の状況、最高の状態、そして最高の敵。


彼の戦闘機乗りとしての人生の中で、それは今までにない最高のものだった。


エンジンストールを起こすギリギリのところで機体を戻す。


回避機動は最小限に抑え、その後の強襲を避けられるだけの余力を残す。


後ろを取り、後ろを取られ、また後ろを取り。


そして見失い、見つけ、真正面からすれ違う。


エンジンの音と銃声がこの空に響く。


たまに現れるもう一機もウザったく、流れ来る雨雲も、この戦いに水を差してくるように感じられる。


「……いや、これは……」


使える。


彼はそう考えた。


「さあ、ついて来られるところまで来いっ!」


そしてグライナーは雨雲に飛び込んだ。


同空域


「正気か……?」


「相坂、どうする?」


「俺が追いかける。小川は回り込んでそこで叩いてくれ」


「承知した」


自らも雨雲に飛び込み、小川の機は回り込むように旋回した。


「反応が悪い……」


雨雲の水分が被弾箇所や機体の継ぎ目から染み入り、それが起因してか、機体の反応が遅く、重くなっていく。


積乱雲ほどではないと思うが、風にも煽られ、風防の硝子には流水の条が綴られる。


戦術とは言え、そんなところに飛び込んだ「青線」の思考が相坂にとって、全く以って分からないものだった。


「狂気の沙汰だな」


意味もなく呟く。


気圧の変化と風で機体がガタガタと震えている。


「どこだ……?」


雲の霧の中にいるため、前の「青線」を見失う。


暫くして、機体の揺れが小さくなる。


しかし、風防硝子に流れる水は収まらない。


「すぐに出ないと……」


雨の降る領域から抜け出そうと旋回する。


ガンッガンッ……!


翼に被弾した。


機体を回転させつつ周りを確認してみると、下方から撃ってきたらしい。


「ここではこっちの方が有利か……?」


「青線」の機体の体勢がやや崩れ気味であったことが一瞬の挙動から見て取れたため、すぐさまその情報をどう活用するかの思考を巡らせる。


「小川!聞こえるか?」


応答はない。


「チッ……天気が悪すぎるな……」


基地に設置されているものや、空母や指令偵察機に搭載されているものであれば、多少の雨雲くらいなら通信に多少の雑音が混ざる程度で済むが、戦闘機程度の航空機に搭載されている通信機器では晴天での運用でしか考えられていない。


全く応答がないことも不思議ではない。


が、この状況ではそんな呑気なことは言っていられない。


このような状況ではその情報一つ一つが重要な情報だ。


その上、相坂の記憶から、嫌なことが思い出される。


杉が亡くなり、小川が墜とされ、自分と生機の身体を撃ち抜かれ、満身創痍で撤退するしかなかったあのときのことだ。


その心的な重圧が、精神的な持久力と集中力をジリジリと削っていく。


操縦桿を捌き、急旋回、急上昇、急降下を繰り返す。


その内に、いつの間にか雨降りからは抜け出していた。


そして、「青線」の後方を取った。


「……っ!」


撃つ。


当たるまで撃ち続けようとしたが、それは叶わなかった。


今、装着している分の弾倉が空になったためだった。


「……」


ただ無言で弾倉を換える。


その隙に、「青線」は退避していた。


「どこにいった……?」


見渡すと、「青線」は小川の機体に張り付いていた。


同空域


「墜ちろ!」


グライナーは撃つ。


が、相手も歴戦の戦闘機乗り。


小川の機体も致命的な被弾はしないような挙動をとっていた。


「当たらない……」


彼の狙う「二機」の内、彼の主観から見て「凄くない方」を墜とそうとしたが、それも上手くいかない。


機体の差と、戦歴の差。


被弾が比較的多かった小川の機体は、調子のいいグライナーの機体と比べ、そこまで多く優位をとっているものではない。


後者の差が如実に出たと言ってもいいだろう。


もう一機の方は雨雲で撒いたため、しばらくはこの機との一騎打ち。


このチャンスを逃さないために、確実に墜とせるための位置取りを行う。


フランシス王国の航空機と戦闘したときに、自らが最も被弾しやすかった敵機の位置だ。


「今度こそ!」


再び撃つ。


ズガガァン!


「当たった!」


撃墜には至らなかったが、かなり命中させることができた。


動きも目に見えるほどに鈍くなったように感じられる。


「―――ッ!?」


今さっきまで聞こえてきた音と違う音が聞こえ、反射的に回避行動をとった。


タカタカタカ……


「危なかった……」


少し遅れれば、墜落していた。


体勢を整え、グライナーは相坂の機体に対して注意を向けた。


同空域


「……!」


躱されたことに少し驚くが、心を落ち着けて、「青線」へ意識を向け続ける。


「小川、大丈夫か?」


「なんとかな。回避はなんとかできそうだが、墜とすことは難しいか」


「分かった。少し離れててくれ」


「了解した」


そして小川機は遠巻きなところへ退避した。


しかし、退避することで起こる隙を「青線」は見逃さなかったようだった。


「青線」は軸回転をしながら射線を合わせて小川機を墜とすつもりに見えた。


「させるかっ!」


ズガガガァン!!!


「青線」は煙に包まれた。


「間に合った……」


自らの嫌な記憶を呼び起こすような敵との戦いは、あまりにもあっけなく終わった。


「小川、狙われていたようだったが、大丈夫か?」


「ああ、なんとかな。助かった」


「爆撃機護衛の支援任務は行けそうか?」


「無理だな。帰投する」


「分かった。海眼の通信が届く位置まで戻るぞ」


「了解」


この後、海眼に状況を伝え、小川機は帰投させ、戻ってきた舞武隊の貫井少佐を臨時の二番機として再編し、爆撃機護衛任務へと向かった。


同日 雄州派遣艦隊 旗艦 角端 飛行甲板


倉田、小川と共に、夕陽を眺めていた。


「終わった、な」


「ああ」


「とっとと帰ろう」


爆撃機護衛の任務は達成し、また別動隊の任務も大成功を果たし、戦況が動き出した。


また、銀国の正規義勇軍の投入も決定されたらしい。


大成帝国軍戦略部はこれを受け、浜綴軍の支援は十分であると考え、当該派遣任務の完遂を宣言した。


自分たちも間もなく本国に戻ることになるのだろう。


数か月後 朝 相坂家


「はぁ~……」


息を整え、その戸に手を掛け、玄関を開けた。


家の中からパタパタと足音が聞こえてくる。


「アナタ、おかえりナサイ」


今照っている朝陽は、久しぶりに見る愛奈のこの笑顔だった。


そして、今まで張り詰めていた心が穏やかとなった。


「ただいま」


戻ってくる間に終戦に向けた動きが出てきたらしい。


そして有史初の国際的な平和維持を目的とした超国家機構が出来るらしい。


まあ、そんなことは彼らにとっては些末なことだった。


後に一度たりとも、相坂慎太郎が戦闘機乗りとして、空に上がることは無かった。

ここまでご覧いただき、ありがとうございます。

尻切れトンボ感がありますが、これにて「凪の中の突風」は終わりとなります。

暫くしたら次回作を投稿したいと思いますので、この作品が良かったと思いましたら、そちらの方もよろしくお願い致します。


良ければ是非ともご評価・ご感想・誤字報告等を頂ければと思います!

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