115話 墺利亜が引く青の線
西暦1917年(明海二十二年) 12月6日 藩泥流 某基地
俺の名は、メルヒオル・グライナー。
元はオーリア帝国海軍航空部、第27多用途航空部隊に所属していた戦闘機乗りだったが、今はバンデル帝国の陸軍航空隊に属している。
俺は“奴ら二機”がロマーナ王国による母国の上陸作戦の支援を行い、それを止めることが出来なかったあの日、オーリア帝国を後にして、バンデル帝国へ亡命した。
一度帰ってから燃料補給を行い、港にあった地図とスキッド方式降着装置と取り付ける為の工具をちょろまかし、再び離水。
飛行中にフロートを離し、スキッド方式降着装置を取り付け、バンデルの比較的内地である山岳地帯に着陸。
食い物を得る為にどこかで働こうかとして、山を下りて暫く店の店員として働いていたが、それだけの給料だけではどうにも金が足りず、結局バンデルの軍に飛行機乗りとして一か八かで応募し、外国人部隊に所属することができた。
軍でバンデル語の講義をまともに受けていて助かったな。
まあ殆どオーリア語とバンデル語は変わらないためそこまで苦労することはなかったが。
俺が軍の航空部隊に配属される前、浜綴の部隊が来ていたようだったが、それも慢心なのかなんなのか、彼らは退却し、俺は暫く軍で働いて、バンデルの旧型機で一定以上の戦果を挙げた。
その戦果が認められ、過激な戦地へ送られる代わりに新型機が与えられた。
そうこうしている内に、軍で前線に出てからおよそ一年経った頃、また再び、彼らはここに現れた。
忌々しい浜綴の軍だ。
恐らくセイアンは長引く戦闘に、再び彼らを派遣し、何とかしたいと考えたのだろう。
話に聞いていたが、俺が直接再び来た彼らを見たのはしばらく程、10月の中頃だ。
更なる戦果を評価され、試作機の最終段階の飛行試験を行っているときだった。
遠くで発見し、その時はすぐに撤収したが、すぐに分かった。
機体は同じ。
機数も同じ。
そして部隊章も同じだ。
それから俺は与えられたその実用機である新型機の尾翼に、青の線を入れた。
部隊の仲間は入れておらず、自分の機体のみである。
仲間の一部には独自に何か自分の機体と分かり易いように他の意匠を取り入れている者もいるが、自分と同じではない。
浜綴の軍と交戦するうち、多くの国から集った熟練の飛行機乗りも、少なくない数が散っていった。
勿論バンデルの普通の部隊が交戦したときの損耗率に比べれば、俺達の損耗率は格段に低いだろう。
だがそれでも痛い物は痛いだろう。
セイアンの部隊と交戦するときは全く問題ない。
だが、浜綴の軍と戦った後の隊員の入れ替わりはいつも激しい。
昨日もそうだった。
今回、こちらの機数は13機。
敵は4機のみだった。
そして損害は10機。
敵は1機も落とすことは出来なかった。
こちらの落とされたうちの1機は敵機に多く弾丸を命中させたようだが、その後すぐに落とされてしまったようである。
この部隊のみが浜綴軍の入った部隊の足止めをより長くでき、さらに人手も足りないこともあり、俺以外の腕利き飛行機乗りの外国人は勿論、腕利きであれば命令無視などで営倉送りであった軍人ですらこの部隊付きとなった。
使い捨ての、一種の懲罰部隊。
だが、浜綴軍に出遭わなければ生存率は高く、出遭ったなら低い。
それは他の部隊でもこの部隊でも変わりはない。
想定される危険度の高い作戦に投入されるだけであり、その確率にあまり変わりはないだろう。
寧ろ練度の高い軍人たちが集まっているこの部隊こそ、生存率が更に高まっているとさえ感じるほどだ。
もっとも、この部隊が創設されてから所属し続けているのは、結局俺一人だけではあるが。
そして今日も出撃することになった。
「俺はメルヒオル・グライナーだ。詳しい自己紹介は生きて帰って来てからでいいな?一応この部隊の隊長だ」
「ああ。俺はニック・インメルマンだ」
「俺はアントニー・ネグロだ。今は名前の国のことなんか聞かないでくれよ」
「……ドミトリー・コトフ。彼に同じく」
「私はルイス・フォン・ザロモンだ。宜しく」
人手が足りず、新たに入れられた、「書類上」腕利きとされる飛行機乗りが数名加えられた、この部隊で。
同日 某所 上空
今日は沿岸上空の対セイアン・浜綴戦線ではなく、東部の対フランシス戦線に送り込まれた。
対フランシス戦線は楽だ。
この機体、フォルケル D.Ⅶに勝る機体はフランシス王国軍には存在していない。
セイアンや浜綴は旧式の機体を宛がっており、フランシス王国自体にも、それら以上の飛行機を作る能力はない。
この空では、浜綴軍が我々に見せるような一方的な「狩り」を、我々が彼らフランシス王国軍に見せることが出来る。
「ヒャッホー!」
この部隊の、新たに入って来た誰か一人が興奮に吼えた。
恐らくこの「狩り」に享楽的な感情を抱いたのだろう。
だが俺は、それに興奮はできない。
それは、俺達が強い飛行機に乗っていることについては同じだが、それ以外は彼ら浜綴軍と違うからだ。
俺達は数でも勝っている。
そして、飛行技術は彼らほどもないことも理解している。
だからこそ、ここでも技術を練り上げる為に、浮かれている暇はない。
俺は勿論しているし、昨日の戦いを生き延びた奴らもここで集中して己の技術を高める為に試行錯誤して敵機を撃墜しようとしていることが分かる。
「……」
俺は黙ったまま敵機を追撃する。
どうやら敵機らは逃げようとしているらしい。
こういう場合でも、俺が浜綴に対して追撃ができる場合の練習になる場合もあることもさることながら、浜綴が俺たちに対してどうやって追撃するかが分かるため、追撃は止めない。
全ての戦い、そして戦いの全てが生き残るための糧となるからだ。
帰投後 某飛行場
「グライナーがまた一番多く撃墜数を稼いだな」
飛行機を降りた後、どうやら暇であるような基地司令官が話しかけてきた。
「ああ……?そうだったか」
「専ら兵士ってのは撃破数や撃墜数に拘るのに、お前は全然だな」
「俺もオーリアで飛行機乗りをしていたときはそれに拘ってはいたさ」
「じゃあなんで今は……?」
「生きていることが最も大切だということに気付いたからかな。……それと」
「それと?」
「アイツらを落とす。それが当分の目標だ」
「はぁ……?」
「これに乗っていると、どれだけ落としたかはあんまり問題には感じなくなってくるはずだ。どんな奴を落とすかが大切だってな」
「だが、今日入った新入りどもはそういう感じではなかったみたいだが?」
「あいつらもより強い敵……、浜綴軍と戦えば分かるはずだ」
「随分浜綴軍を褒めるな」
「少なくとも今現在、浜綴軍に何かしらの優勢をとったことはあったか?この軍に」
「随分言うよなぁ……。俺じゃなきゃ上に報告して、国家反逆罪として吊し上げられるかもしれんというのに」
「お前はそうしないだろう。したとして、俺らを牢屋に入れておけるほど、この軍に余裕があるとも思えない」
「ハハハ、まぁそうだがな。改めてそう言われると悲しくて泣けるね」
「じゃあな。俺はやることやって飯を食ったら今日は寝る」
「おう、じゃあな」
「はぁ……」
メルヒオル・グライナーは考える。
藩泥流、いや「同盟国」側は、技術としては成会矛と肩を並べる程度はあり、その他の国家は様々な問題によって「同盟国」側より技術は高くない。
当初問題であると考えられていた煤羅射は革命によってまともな戦力として考えなくても良くなった。
その他の国家に至っては、物量以外問題ではないし、練度と技術によってどうとでもなるような状況だ。
だが、対浜綴軍に対しては全く逆の状況となる。
投入されている物量こそたった一艦隊だけであり、陸戦の戦力は上陸作戦を支援できるかどうかという程度のものである。
航空戦力も、「量」のみならそこまで多くはない。
だが、今迄彼らを一機でも落とせたなんて話は胡散臭い噂程度しか聞いたことはない。
そんなことを考え乍ら、夜は更けていく。
今日、藩泥流の軍の中にいる、墺利亜人による伝説の青い線がまた一本、歴史書に引かれることとなった。
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