11話 婚約
明海二年 7月中旬
三か月で飛行訓練の指導を行う中で、終盤であり、太刀風で一緒に乗って指導することはおろか、別々の飛行機に乗り、編隊の組み方などの指導をしている。
班の人々と早風に乗り、一人で航法を行わせる指導なども行っている。
実技指導は7月末から8月の入りには全てが終わる予定である。
そして今日も、指導が終わり、寮へと帰ろうとしたとき、上官に引き留められた。
「あー相坂、その、だな……」
なにやら歯切れが悪い。
「なんですか?もう今日の指導は終わったのですぐに帰って飯食って寝たいのですが」
「それは分かっているんだがな?」
「まるで重要書類でも無くしたような歯切れの悪さでは?」
「いや、そうじゃなくてな?」
「ではなにが?」
「少し耳を貸してくれ……実は驚かないで欲しいんだがな、……」
「えぇ……」
またまた何やら疲れそうなことが起こるぞ。この勘は当たる。
基地近くの長屋町
「ここか……」
今、自分はいつもの帰るはずの寮へと帰らずに、このような、言わば住宅街にいるのは、先ほどの上官から、「ちょっと事情があって、君の荷物は寮からこの地図に描かれたところの家に運んで置いた」と言われ、またそこへ行くように言われたためである。ここの街は長屋ばかりが立ち並ぶが、ここ周辺はある程度一軒家が多い地域らしい。自分が向かうのはその一軒家の一つである。
「失礼しまーす」
そういって、家の鍵を開け、家に入る。
「アー!オカエリクダサイ!」
家に入ると、片言で長身の、大きな荷物を担いだ金髪の外国人男性に、帰れと言われた。
入る家を間違えたか?取り敢えず引き返そう。
「マチガエマシタ!オカエリナサイ!」
合っていたらしい。
良く見れば金髪で長身の外国人男性は、三か月前程に見た、エリック・フレーザー大成帝国海軍准将だった。
軍服ではなく、何故か着物を着ているので最初は誰だか分からなかった。
「ササッ、コチラヘドウゾ」
やけに浜綴じみている動作で恐らく居間と見られる空間に連れてこられる。
そこには彼の女中と見られる女性と、彼の娘の(これまたなぜか着物を着ている)アイナちゃんがいた。
「ええと、上官からは自分の荷物がここにあると言われて、さらに来るようにと言われて、それ以外は何も聞いていないのですが……」
「エートデスネ、トウトツデスガ、アナタハ今日からココで、住むコトにナリマス」
最初の「オカエリナサイ」で何となく察しは着いてはいたのだが、やはりそうか。
「何故か聞いても良いですか?」
「コチラトシテハ、娘、アイナとの婚約ニハマエムキニ考えてクダサッテいるト伺いマシタガ……」
自分はそんなことは言っていない。全く一言も、である。恐らく上官らが、大成帝国との縁作りを考える上で、葛藤しているうちに、引くに引けなくなったのだろう。
「あの、すこし耳を……」
「?」
エリック海軍准将に耳打ちする。
(こちらとしては全くそのような話は聞いてない訳でして……あと、婚約にはその……前向きに考えている訳ではないです)
(Oh!ソウデシタカ!デモシカシ、娘のアイナはもうその気ナノデ……アノ、娘の気が済むまでドウニカ一緒に住んでアゲテ下サイ……。シツレイなのはジュージュー承知ナノデスガ……)
本当に自分は他国、それも列強の准将とか、自分より大分上の階級の人になんて言葉を使わせているのやら……。何かとてつもなく申し訳なくなる。
(しかし、年端のいかない男女がいるのは……)
(ソレはダイジョーブデス。それはあの、彼女にお任せします)
女中らしき女性はほんの少しだけ微笑んだ。
(そういうことじゃないと思うんですが)
(娘の気が済むまでで良いノデス。オソラクすぐに飽きるとオモウので……)
なんだか断ってはいけない気がする。それに、すぐ飽きるという言葉、それを言う彼の立場で気を押される。
(……分かりました)
折れてしまった。
「アリガトウゴザイマス」
エリックさんは深々と頭を下げる。
「?」
エリック准将が突然ひそひそ話をやめ、大声で話し出したので、アイナちゃんが首を傾げた。
「~~~~~~」
「!!」
どうやらこの話が通ったことを話したらしい。アイナちゃんが驚き同時に喜んでいる。
「で、改めテ挨拶ナノデスガ……、ココにいる彼女が朝8時カラ夕方の6時までこの家事の手伝いをスル……」
「Milly Drusilla Hammond (ミリー・ドゥルシラ・ハモンド)と申しマス。ヨロシクオネガイシマス」
「えぇと、こちらこそ……」
笑顔とは裏腹に、案外そっけない対応に、思わず挙動不審な対応になってしまう。未だ浜綴語に慣れていないからだろうか?
兎にも角にも、このなんとも釈然としない婚約者との同棲生活が今日、始まってしまったのである。
8月4日 高須賀海軍基地飛行場
「えーでは、本日、皆さんは、今この時を以って、立派な飛行機乗りとしての訓練を修めたことを認めます」
自分の班の人達が、この言葉を聞き、敬礼をする。
これで三か月に渡る彼らに対しての訓練が終わり、やっと自分は第一線に復帰できる。
一応今までも第一線にいたことにはなっているのだが、他の役職との兼ね合いなく飛行訓練を行えることは、本当に喜ばしいことである。
「アー、相坂サン」
大分浜綴語が上達したケイが話しかけてきた。
「なんだ?」
「イモウトのアイナがこの後、時間があるかどうかを知りたいらしく……最初に言おうと思ってイマシタガ、すぐにクンレンが始まってしまったノデ……」
「別に良いですが……」
「ナラ、例の家に行ってあげてクダサイ。待っていると思いマス」
「分かりました。ではこれで」
「あと一つイイデスカ?」
「なんですか?」
「クンレン、イママデアリガトウゴザイマシタ!」
「そりゃどうも……フフッ」
思わぬ感謝に、つい笑みがこぼれる。
さて、“帰るべき場所”となってしまった家に行くとしますか。
新 相坂家
因みにこの家、居間、台所、食堂(居間と食堂は繋がっている)、便所(和式×1、洋式×1)、脱衣所付き風呂場(風呂場×2)、寝室×2というつくりの一階だけの一軒家である。
三人から四人程で暮らす程度の家であり、女中のハモンドさんが居るときはまだマシだが、夜二人だけになるときには少し広すぎるように思える。
「はぁ~~~」
家に入る前に、思わず溜息が出る。
それは、この家の飯が結構マズいためである。
年端もいかない少女が作っているというなら考えたものでもあるのだが、女中のハモンドさんの飯がマズい。普通にマズい。
基本的な成国料理であり、味付けは質素、後から食べる人が味を付けるという方式で、元から味が薄いのは知っている。だが、調味料を加えても加えてもどうして不味いというは如何なものなのか。
あれなら正直自分で作った方が上手い。
実家は両親と年の離れた兄と姉、そして弟が一人ずつであり、自分の物心がついて少ししたときに姉はどこぞへと嫁いでしまったため、姉がいた時は姉が家の料理を作っていたのだが、嫁いで行ったあとは多少、自分が料理を作ることもあったし、軍に入隊後は男所帯のため、兵站科やら軍の調理師でなくとも、基本的に男でも料理の技術を教え込まれる。
「男子厨房に入らず」という諺もあるのだが、それは軍では通用しない。どちらかと言うと、「腹が減っては戦はできぬ」という訳で、ある程度軍で、毎日食っていける程度の美味さの料理を作れるように叩きこまれるという訳でもあり、自分もまた、その例外ではない。
「只今帰りました」
無粋なことをいつまで考えていても料理の味が変わる訳ではないと諦めて扉を開け、帰宅の知らせを伝える。
「オカエリナサイ、旦那サマ」
「まだ六時にはなってはいませんでしたか。あとやはり旦那様はちょっと……」
扉を開けるとハモンドさんが居た。
この場合、二人で食べる食卓をハモンドさんが見つめることとなる。そう、あの絶妙に不味い料理を食す場面を、である。
だからと言ってハモンドさんを帰すわけにも、不味いという顔をする訳にもいかないので、結構な地獄である。
荷物を自室に置き、私服に着替える。
それから食堂に向かうと、いつものような味気の無いような成国料理が食卓に並んでいた。
「それではいただき……?」
始食の号令を言おうとすると、いつもは食前の祈りを捧げていたアイナと、いつもは澄ました顔でいるハモンドさんが多少にも目を輝かせてこちらを見ていた。
これは……今日の夕食はアイナが作ったのか?状況的にはそれが適切な判断であるような気がする。
しかし悲しいかな、目の前の夕食は成国料理である。
あの、「成会矛人は悲しいことに成国料理を食さなければならない」という冗談が成国含め多くの国で出来るほどでもある、あの成国料理である。
というか、成会矛の貴族だの上級国民だのは、浮蘭詩王国の一流料理人、または浮蘭詩で学んできた一流の料理人を雇うと言われている。
これに対して一つの虚しさと一つの疑問が出てくる。
一つの虚しさとは、どんなに頑張っても成国料理は恐らく不味い、ということなのだろうということ。母国で一流の料理人であるなら、他国で実績がなくとも雇ってくれるはずである。
ここ浜綴でも、海外で一流だった料理人を雇う貴族だの大商人だのはいるだろうが、それでも宮廷料理人にはそこまで海外での実績は問われない。
しかし、成会矛では宮廷料理人ですら、全て浮蘭詩上がりの料理人らしい。なんともはやである。
そして一つの疑問とは、アイナが料理を作っているということである。
准将と言う立場の娘であるならば、こういうのは女中や料理人に任せるだろう。
アイナの父、エリック准将は叩き上げの軍人らしいが、アイナやケイの母、つまりエリック准将の妻は成会矛においてやんごとなき身分の人間だったらしく、所謂公爵家、王族と親族であった人間だったらしい。各所に於いて「だった」を強調するのは、かの人は鬼籍に入っているらしく、すでにフレーザー一家に於いては公爵の号は失っているらしい。しかしエリックさんは准将という地位を得たため、準男爵という階級の貴族ではあるらしいのだが。
貴族と言っても下から二番目、そんなに金がある訳ではないらしい。
しかし、一軒家をポンと買える位の資金はあるようでもある。というかいつも通りハモンドさんに任せればいいだけのこと。
謎だ。
後でハモンドさんに聞いてみよう。
取り敢えず、出された料理をナイフとフォークを持ち、頂こうとする。
ここでも軍で習った成会矛式、浮蘭詩式、つまりは洋式の食卓の礼儀が活きている。
他国と交流が深い海軍はこういうことも教え込むのである。陸軍に行っていたら恐らく一から学ばなければならなかったであろう。
「えと、では改めて、頂きます」
途中で言い損じていた食材と料理人への感謝の辞を述べる。
ナイフで切り、フォークを刺して口へ運ぶ。
……少女が作ったからと言って、決して美味くなるわけでは無かった。
「今日もまた、美味しいですね」
なんとか言葉を捻り出す。
「本当デスか!?」
アイナが立って喜ぶ。
年端もいかない少女を騙すのは心苦しい上、この地獄が自らの虚言で続かせるのはいかんともし難い。
「ああ、本当だよ」
いつか、彼女に料理を教えよう。
彼女にとって屈辱かもしれないが、これ以上、鰻の煮凝りや、魚が星を眺めるパイなどは流石にこの目の前の少女が自分に飽きるまで、は多少ばかり長い気がする。
食後
正直言って、涼しい顔してあの料理を食べ続けるのは苦痛であった。胡椒や辛子、山葵、醤油などを加えても、特にその料理としての潜在能力が引き出されることは無い。流石にない物は引き出すことはできないだろう。しかしマシなのでそれらを付け加えて食べたが。
因みに先ほどの疑問をハモンドさんに問いかけてみたところ、学校で日本の家庭について学ぶことがあったらしく、それに影響を受けてのことらしい。
アイナ自身の幼さや、貴族としての交流の少なさから、自分が貴族であるという意識は余りないのかもしれない。
それと、彼女の父エリックさんも、アイナが唯一の娘であり、末っ子でもある為、なるべく身分に捕らわれず、自由に育てたいという意思が見え隠れしている。
エリックさんと、件の奥さんが結婚する時に一悶着あり、もともと貴族では無かったエリックさん、公爵家の生まれであり、病弱だったらしい奥さんはいろいろと疲れるようなことがあったらしい。
体の調子の良さ以外はほぼ全て奥さんの生き写しだというアイナを、身分に捕らわれずに自由にさせたいという気持ちが強まるのは分からないでもない。
だからと言って、この状態はあまりよくない気がする。
自分は今、自室の布団の上で寝ている。
その隣には、同じく布団の上で婚約者のアイナがスースーと寝息を立てて寝ている。
婚約者と言えど、兄妹でもなければ結婚もしていない男女が同じ寝室で寝るのは如何なものか。
この家に住むことになった初日の夜、最初は別々の部屋で寝ていたのだが、広い家にたった二人、そして八畳間にぽつんと一人でいるのは寂しかったようで、この日はまあいいかと思ってしまったのである。弟も、自分が軍に入るまで、一緒に寝ていたので、半ば寝ぼけていた自分はそれを許してしまった。
しかし、「男女七つにして……」とあるように、これ以上は流石に拙いと考え、エリック准将に後日言ってみたのだが、当の准将は、「アイナは6サイなので問題ナイデス」と。
いいのかそれで。
アイナが7歳になっても未だ婚約者であったのなら、学校でいつか教えてもらえるからとか適当に説明を有耶無耶にして同じ部屋で寝るのは無しにしてもらおう。
これでも最初は同衾を迫られたが、二つの布団を並べる程度に妥協させた。
次もきっと大丈夫だろう。
そんなことを考えながら、新たに始まった日常の中の一日の終わりを告げる眠気がやってきた。
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