106話 北方のとある地にて
明海二十一年 7月11日 煤羅射 某所 シクロフスキー設計局
ここ、シクロフスキー設計局は、ポポフ設計局から分かれた設計局の一つである。
ここの局長、シクロフスキーがポポフ設計局のあった煤羅射の首都圏から離れ、遠く北にある、特別自治権の与えられた煤羅射の領地、カレロ=フィン大公国の某所にその設計局を構えた。
因みに、カレロ=フィン大公国は浜綴語で駆路芬、または駆路=芬大公国と書く。
閑話休題。
そこで、シクロフスキーがいつも通り変わった航空機の設計を行っていると、彼の部下から話しかけられた。
「局長、珍しく客が……ってまた変な設計図を描いて……」
「おう、どうした?」
「だから客ですよ、客!」
「こんな辺鄙なところにいったい誰が……」
「取り敢えず急いでください!結構なお方です!」
「へいへい……まあこんなところに来るんだ、どうせ碌でも……」
そう言いかけた局長は、その客と目を合わせた時、固まってしまった。
目の前にいたのは、威厳のある、いかにも軍人らしい軍人と、こんな男くさい上油臭い設計局には似合わない程、綺麗なお嬢さんであった。
「あなたが、ここの局長の、シクロフスキーかね?」
「えぇ、まぁ、そうですが、貴方たちは……?」
「失礼、申し遅れた。私は……ここでは名前を控えさせてもらうが、カールと呼んでほしい。それでこちらは私の娘、ソフィーだ」
「どうも」
「私たちには時間が無いので急ではあるが、本題に入らせてもらうと、私の娘、ソフィーと結婚して欲しい」
「……はぁ?」
「私は見ての通り軍人で、正直今戦場から離れてここにいるのは結構な問題なので、話の多くを割愛させてもらいながら説明すると、私の子供が二人いて、もう一人も娘……だったんだが、教派を変えた上セイアンに行ってしまってな。それで今は戦争で、うちの家……この大公国の土地の男爵家なんだが、その家系を守るためにも、君には娘と結婚してほしい、と言う訳だ。……話しながらの急な、行き当たりばったりな説明で杜撰になってしまって済まない」
「いえ……それは良いんですが……何故私に?正直軍人なら他の軍人や、良い貴族も居るでしょう。私なんかは、名も無い家柄で、飛行機を作るしか能の無い、中年に片足突っ込んだ男ですよ」
「私はその名も無い家柄と、飛行機を作れるという所に関心を寄せたんだ」
「と、言いますと?」
「私も浜煤戦争に参加していたが、飛行機の力は凄い。これからも軍民問わず伸びる業界だと確信している」
「そこはまぁ、分かる人には分かってはもらえるとは思っていましたが……」
「家柄は……、今は良い」
「は、はぁ……」
「そして君は、家族にカレロ=フィン大公国出身の人がいるだろう?だから今、君はここで設計局を開いている」
「まぁ、そうだが……」
「私も、この周辺の出身でなるべく北雄の、貴族や軍人ではない、技術者か資産家が良いと思っていたんだ」
「それで私のところに……」
「急な話で悪いが、良いか悪いか今ここで決めてくれないか?先も言った様に……」
「分かりました、しましょう」
「……二人とも済まない」
「いえ、こんなにお若い、綺麗なお嬢さんを嫁にするなんて、思ってもないことですよ」
「私も、お父さんが思ってくれたことだもの。お父さんが謝ることじゃないわ。それにこの人、悪い人じゃないみたいだし」
「急な話についてのお詫びと、嫁に入った娘のためのもの……結婚祝い金として、改めて後日、お金を渡しに使いをこさせる」
「いえいえ……お気遣いなく」
片田舎の変わり者に、身に余るようなお嬢さんが嫁入りすることになった。
しかし彼に何故こんな女が嫁入りしたのかは、後に、多少の後悔と共に暫く経ってから知ることとなる。
同年 8月23日 煤羅射 極東 沿海地方 グルバヤ・ジミリア 某所 コロドコ設計局
バストーシナヤ・ジミリアから南東におよそ80㎞。
バストーシナヤ・ジミリアを名付けたベクマン・シチェルビナによって、ここを発見した時に天然の良港と判断、希少な地という煤羅射語をそのまま名付けられた。
今や異国となってしまったバストーシナヤ・ジミリアではあるが、その周辺の軍民問わず人々から得られる情報が、多くの航空技術に関心を持つ者を呼んだ。
そして近い地域の一つである、ここグルバヤ・ジミリアも例外ではない。
煤羅射で最も航空技術に明るい技術者、ポポフの弟子であるコロドコもその理由でここに設計局を開いた。
「はぁ……」
「どうしました?局長」
ここの設計局局長、コロドコが助手の一人に溜息を聞かれ、話しかけられた。
「いや、俺と同じ、ポポフ設計局から出て設計局を開いたシクロフスキーって言う奴から手紙が来たんだ」
「それがどうして溜息を吐くことに?」
「こんな若い女と結婚なんかしやがって、と思っただけだ」
そう言って、コロドコは助手に手紙に付いていた写真を見せた。
「はぁ……少々芋臭いですが、そこそこ綺麗な女ですな」
「俺もこんな女と結婚したいよ」
「局長の歳は……」
「今は……何歳だったっけな?確かシクロフスキーと変わらなかったはずだが」
「この人が出来るなら、局長も無理じゃないと思いますよ?」
「変に気遣った同情は止めてくれ」
「お気に障ったならこれは失礼」
「まあいいが……。それに、こっちを見てくれ」
コロドコは手に持っていた手紙を助手に見せた。
「『Shv-3の開発案について』……もう3機目の開発ですか」
「俺のところはまだKd-1……しかもこれは殆どPp-4からの改良型と言ってもいいだけの機体だ。それらなのにアイツ、試作機とは言え、中々に挑戦的な機体の開発もしているようだしな。俺の方が先に設計局を開いて、開発も始めたのにな……」
「あまり焦らない方がいいかと」
「そうか?」
「局長が師と仰ぐポポフ氏も局長が元居た設計局から出た後、1機しか作ってないですし」
「ポポフ局長は他の機体の量産の管理もしながらだから、当たり前だと思うが……」
「それは……」
「それに初の四発機の開発だ」
「まぁ……それもそうですが、師と弟子ですし……。それに、試作だけ飛ばしても、それだけでは意味がありませんよ。我らがKd-1のようにある程度使われてこそ、ですよ。Shv-1は連絡機として使われていますが、それほど使われていませんし」
「悲観しても仕方ないか……とりあえず、これからも開発を頑張ってみるよ」
「はい、頑張ってください。俺も頑張りますので」
そして二人は、再び開発へ戻るのであった。
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