10話 新年度と再会と
明海二年 四月 高須賀海軍基地飛行場
国家が新たな体制に移ってから、早一年が経ち、二年目を迎えた。
しかし前年の新年度とは違い、自分は飛行を行う「教官」となり、自分の下に、飛行機乗りにならんとする、「生徒」を持つこととなった。
しかも、中には自分よりも年上の人間もいる。
そのうえ、外国の人間もいる。一応浜綴語をある程度問題無いくらいには喋ることのできる人間を採用しているらしいが、それでも不安は残る。
早風と太刀風を一機ずつ譲渡、又は輸出したは良いが、各国は未だそれらから研究し、自国でも同様の物を作れないかと言う研究ばかりで、飛行機に乗りたい、そして飛行の技術を磨きたいと望む軍人らは飛行機に乗る為、ここ辺境の国、浜綴へと足を運んだらしい。
まあまだ外国人は兎も角、自分よりも年上で、飛行機に乗りに来た海軍軍人については、元の所属で何らかの問題を起こしたような連中であることが多いので、気が疲れることこの上ない。
第二〇一飛行隊とその整備士たち(もちろん倉田含む)、そして陸軍の方のとある一個飛行隊も、ここに来た人たちに飛行と整備を教え、大浜綴帝国海軍軍人であるならば、すぐさま偵察程度なら行え、できれば戦闘を行えるまでに育て上げる。外国人の場合、最低限陸の飛行場で問題無く飛行機を飛ばせる程度に教えることが出来たらそれで十分らしい。
飛行隊の四人の内、一人に付き三人教えることとなる。これは、飛行は四人一組で行うため、教官含め四人で行動するためである。
流石に板書を行いながらの講義など、そのあたりはやらなくても良いが、実技訓練は自分が教えることとなった。
第二〇一飛行隊は四人組であり、一人の下に三人、つまり生徒は十二人いる。整備士の方の生徒は知らないが。そちらもある程度いるみたいである。
自分の下、もとい班には、年下の海軍軍人見習いで、飛行隊に入りたいらしいのが一人、年上の海軍軍人で、同様のが一人、そして年下で、大成帝国の軍人見習いらしい少年が一人。
なかなかに色物揃いだが、二番機であり尚且つ隣で頑張って喋っている小川の班は年上の海軍軍人が二人と年下の浮蘭詩の軍人らしいので四苦八苦しているのを見ると、自分はまだましな方かもしれない。どうでもいいが、小川はなんだかんだで運が悪いような気がする。
「以上で、今日の説明は終わりです。次の訓練日から、実際に太刀風に乗って、空がどのようなものか体験してもらいます。そこで自分の、基本的な飛び方を見てもらい、その次の訓練日では実際に離陸を実践してもらいます。質問は……無いですね。では、今日はこれで解散とします」
初日はなんとかいけたな。まあ何もしてないんだけど。
ポンポン
「ん?」
今日の教官としての仕事が終わり、帰ろうとすると、肩を叩かれ止められた。
「なんです?」
そこには、先ほどの大成帝国の軍人見習いである少年が立っていた。
「Mm…タシカ、アイサカ……サンと……イイマシタネ?」
少年は片言の浜綴語で話しかけてきた。
「そうですが……何か?」
「エェト、マエニ、……チチオヤが、アナタニ、Mm…オセワニナッタト……」
この少年の父親が自分に世話になったって?はて……?
「My sis…Mm…カゾクがミチをマチガエ……?テ、アナタニオセワにナッタとキクマシタ」
シス……で家族……シスター、姉妹のことか。で、道を間違えた……。
「あーこのくらいの子供の?」
自分の腰の少し上あたりを手でかざしてみる。
「Yes!ソノトウリ!」
多分展示飛行の時の迷子のことだな。どうもこの少年はあの少女の兄らしい。
「チチオヤがアノトキのオレヲシテナイ、チチオヤ、オレシタイ、キテホシ!」
俺……?お礼のことか?取り敢えず着いて行くか。
応接室
「失礼します」
少年と共に、以前少女を例の父親に還した部屋、応接室に入る。
すると中には海軍の通訳係の人員である海軍軍人と、成会矛の軍服を着た、身長の大きい男性軍人と、背の小さい少女がいた。
「お久し振りデスネ」
少年の浜綴語よりはある程度流暢に喋る男性。
「浜綴語が喋れたんですか?」
「アレカラ娘ガ君に会いたいと……エート、騒いでネ。家族が聞くカラ飛行機の話をしたら、息子もヒンテイに行きタイと言い出しテ、三人でヒンテイッシュの勉強に励んで、ナントカ一年ノ半分でアル程度は話すコトがデキル様にナッタネ。ソモソモ私ハ仕事デ使う予定はアッタケドネ。私たちのヒンテイッシュ、ヘンじゃナイカイ?」
「変じゃないですよ。半年で学んだにしてはかなりお上手です。自分なんかは数年ほど成語を学びましたが、未だに拙くて」
「セイゴ……アー、シーアニッシュのコトかな?」
「そうです」
話をしていると、彼の娘である少女がこちらに飛びついて来た。
「おっと」
「アイタカターーー!!!」
「Oops!Wait,Ina!」
飛びついてきて思わず倒れてしまい、さらに彼女も倒れたため、父親である軍人は慌てているようだ。
「あー、あいむおーけー。いず、しー、おーけー?」
「Maybe…アッ、多分……」
「I’m Okey!」
どうやら大丈夫らしい。
「~~~、~~~~、~~~!」
すぐに少女は立ち上がったが、父親がその少女を叱っているようだ。
「~~~!~~~~!」
どうやら話し合いは終わり、父親は咳払いをした後に、こちらに顔を向け、再び話し出した。
「ドウモ、モウシオクレマシタ、Great Seaan Empire(大成帝国)デ、Navy brigadier general(海軍准将)を務めマス、Eric Aaron Fraser (エリック・アーロン・フレーザー)トモウシマス。エリックがFirst nameデ、アーロンがMiddle name、フレーザーがFamily nameデス。ドウモヨロシクオネガイシマス」
「こちらこそ申し遅れました、相坂 慎太郎と申します。相坂が姓……ファミリーネームで慎太郎が名前……所謂ファーストネームです。ミドルネームはありません。こちらこそよろしくお願いします」
互いに握手を交わした。
「サキホドモモウシマシタガ……Kay Walt Fraser (ケイ・ウォルト・フレーザー)デス。ケイがFirst name、ウォルトがMiddle nameデス。ヨロシクオネガイシマス」
少年とも握手を交わす。
「……Ina Zara Fraser (アイナ・ザラ・フレーザー)」
「アー、アイナがFirst nameでザラがMiddle nameデス。娘ハ家デハアナタノ話ばかりナノに、ここでは恥ずかしガッテマスね」
アイナと呼ばれた少女とも握手をしようと思ったのだが、避けられてしまった。先ほど飛びついて来たり、元気よく「I’m Okey!」とか話したりしたのは一体何だったのだろうか。
「Mm…タントウチョクニュウなんですガ……」
「なんでしょうか?」
「娘……アイナと婚約シテ欲しいノデス」
「え?」
新年度始業後一発目で一番驚きの発言であった。
その日の午後 甘味花咲
「別に良いじゃねぇか。それに、前々からその手の話が来ないとか、ブチブチ言っていたじゃねぇのか?」
机の向かいの椅子に座る男、倉田は笑いながら御手洗団子を頬張っている。
「だからと言って、大成帝国の大使館の人間の娘だぞ?」
「別に良いだろ?お前には十分すぎるな。俺にもそんな婚約者が欲しいもんだぜ」
「十分すぎることが問題なんだよ。自分はただの百姓の息子だぜ?飛行機を飛ばすことしか能のない」
「だからだろ。その大使館員、軍人も兼ねてんだろ?お前の飛行技術も込みで欲しいんじゃないか?」
「だからと言って政の柵に首を突っ込みたいわけじゃないんだが……」
「もう突っ込んじまってんだから、突っ込むも突っ込まないもないだろ」
「えぇ……」
「その団子喰わないなら俺が貰うぞ。……で、なんだっけ、ああそうだ、その女の子、可愛かったんだろ?なら迷うことは無いだろうが。多少若いだけで」
「団子は渡さん。そこも十分問題だろうが。普通に年齢差を考えろよ。犯罪だろうがこの年齢差は!」
「そうか?田舎の地主のジジィとかなら十も二十も若い女房を捕まえてたりするぞ?」
「それは資産目当ての連中だろ?今の時点でこの年齢差は……状況が違うだろ」
「若いっつったって、そのための婚約だろ?別に特に問題視することもないんじゃないか?俺なら進んで婚約するべ?」
「そんなこと言ったらお前の幼馴染の……日野紅葉さん……だっけ?が悲しむぞ?」
「あいつはそんなんじゃねぇよ。年下のくせに細五月蠅い厚島の田舎娘だよ。引っ越してきた先が俺の家の隣だっただけの腐れ縁。誰があんな色香のない女と……」
「別に色香が無い訳じゃないだろ。胸はそこそこ、尻もそこそこ、口は悪いが家事やらなんやらは、お前が実家に帰って来たときに世話してくれるんだろ?それこそ十分だろ。何に不満があるんだよ」
「やっぱりなんか言葉当たりが強いんだよ」
「厚島の女は大体そうじゃないか?」
「なら俺は厚島の女自体が無理だな。もっとこう……女らしい言葉遣いとか、こうな?」
「あー、はいはい。分かった分かった。この話止めよう」
「あ?別に良いだろうが。大体、女らしさがこう、動作から出てないんだよな。あの女」
「……」
「どうした相坂?」
「ふ~んどこの女なんやろね~その女って」
仕方なく話を終わらせようとしたのに、なんとも倉田は馬鹿なやつだ。
倉田の後ろにはなかなかに可愛げがあり、緑の黒髪を風に躍らせる、自分や倉田より少しだけ若い少女が立っていた。
「えーと……紅葉……さん?」
倉田は珍しく人にさん付けをし、ゆっくりと顔を向ける。
「で、言い訳は?」
笑顔が怖い。その笑顔を向けられていない自分でも。
「えと……ない……です」
「あ、日野さん、倉田の分の支払いも含めて今日は自分が持っておきますので、どうぞ倉田を持って行ってください」
「え、ちょ」
「ありがとうございます、相坂さん。ではこれで。ほら!ちゃっちゃと歩く!」
そして倉田は腕を引かれ、「ひえ~~~!」とか叫びながら恐らく実家に連れていかれたのだろう。
前にもこういう場面には遭遇しているし、次の日が非番の時に実家に帰らずにいると、時たま倉田の幼馴染、日野紅葉が倉田を倉田の実家に手伝わせに行くらしい。
ありゃ実家の手伝いを口実にして一緒に居たいだけだな。
あんな可愛い幼馴染がいて何が不満なんだか自分には滅法わからない。
例の娘が今可愛いからと言って、大人になっても可愛げがあったり、美人になったりするより、子供の時は程度地味な女の子の方が大人になってから魅力的になったりする。その分、16歳と、既に成人(もうすぐ成人年齢が15から変わるらしいが)である今、魅力的な彼女は十分優良な存在だろうに。
今じゃ分からないし、さらに大使館勤めの軍人の娘など、そんな特殊な縁よりは、地元の幼馴染とか、そういう「普通」の縁が良かった。
ま、頑張って今はどうにかするしかないのか。あとは実技の教官として、指導を考えるとか……そう言えば、生徒の一人があの娘の兄だったな……なんだかじわじわと外堀を埋められている気がしてならないな。




