104話 派遣の終わり
明海二十一年 1月18日 成会矛 某港 雄州派遣艦隊 旗艦 角端 第一会議室
二度目の上陸作戦は成功し、続けて行われた、敵地沿岸制圧戦、浮蘭詩王国航空支援作戦も成功し、十分な陸戦能力を持たない雄州派遣艦隊はその仕事は対潜哨戒を除き、その役割を終えたも同然だった。
それぞれの作戦の中で、馬鹿の一つ覚えのように塩素瓦斯が用いられたが、しっかりと対策を練られた作戦の中では、それほど脅威にはならなかった。
最近、藩泥流と煤羅射の戦線で、藩泥流が煤羅射に対してマスタード瓦斯を用いられ始めたことを考えると、こちらに対策の練られていない化学兵器を用いられなかったことは運が良かったと言えよう。
閑話休題。
そして、役割を終えた自分たちは言うまでもなく……。
「これにて雄州派遣任務の終結を宣言する!これより、帰還する」
既に成会矛海軍との交流会や、成会矛に上陸して再度の陸、そして休暇を楽しんだので、帰ることが決定した。
勿論、愛奈が手紙で欲しいと言っていたものを買い揃え、郵送の手配も済んでいる。
これで安心して帰ることができる。
……ん?
何か忘れているような……。
まあ、いいか。
同月 22日 地中海 雄州派遣艦隊 旗艦 角端 飛行甲板
「お疲れ」
「倉田か……」
「何だ?冷たいな」
「いや、こうして話すのは久々だな、と、思って」
「戦場だとどうもな。俺もお前も忙しいだろ?」
「そりゃそうだが」
「整備士なんて休む暇なんてないし、それに加えて技研で開発に関わっているのは整備が終わっても開発案を考えろ、だなんて技研から来ているからな。本当に、休む暇もない」
「自分たちは戦場から遠ざかると仕事が格段に減るからな。戦場から遠ざかっても仕事の減らない整備士たちは尊敬しているし、感謝もしている」
「そりゃどうも」
「……あと少しで芦麻菜か……」
「帰るのにはまだまだ掛かるなぁ……どうやら三人目が出来たみたいだし、生まれる前に着きたいが……」
「倉田のところもか?」
「ん?……ということは、相坂のところも子供が?」
「まあな。それにしても、子供が三人で、うち二人も出産に立ち会えないっていうのは、少し寂しいな」
「帰り道に何もないことを祈るよ」
「天気はどうしようもないが、海賊程度なら任せてくれ」
「海賊相手なら、飛行機乗りがすることなんて基本的に無いだろ」
「全くないこともないだろ。前線の戦闘員なんだから」
「それもそうだが……まあいいや」
同月 26日 地中海東部 雄州派遣艦隊 旗艦 角端 飛行甲板
芦麻菜での補給も終え、今は地中紅海運河へ向かっている。
『哨戒中の司令偵察機咲銛から入電。梅斧目戸軍と思われる飛行機を確認。航空要員は戦闘準備!直ぐに上がって司令偵察機からの命に従え!』
久々の緊急放送と、緊急出撃。
何かを忘れているのかと思ったが、それは浜綴が梅斧目戸に対して宣戦布告を行い、戦争状態になっている、ということだった。
嗚呼、また継続的に緊急出撃に駆り出されるのが続くのかと、辟易しながら敵地に向かう準備をするのであった。
数時間後 地中海東部某所 上空
『咲銛より作戦全機。敵性航空機の排除を確認。帰投せよ』
『『「「了解」」』』
梅斧目戸の飛行機は弱い。
それは藩泥流や墺利亜のそれと比べるまでもない位に弱い。
だが、行きの時より確実に強くなっている。
今回の急襲で堕ちた友軍機は一機もないが、以前は殆ど被弾なしでいなせていたのが、今回は戦闘に駆り出された殆どの機体が被弾しただろう。
地中海東部 雄州派遣艦隊 旗艦 角端 第二会議室
「つまり、梅斧目戸の飛行機が強くなっている、と?」
「はい。脅威水準としては藩泥流に成会矛はもとより、芦麻菜や墺利亜よりも弱かったのですが、以前戦った時よりは確実に技術の向上が見られます。この事実は上層部や同盟国にも知らせるべきかと」
「そうか……。うぅむ……」
自分の進言に、上官は静かに頷いた。
「ここから先は私の勝手な考察ですが、宜しいですか?」
「ああ、言いたまえ」
「成会矛との合同作戦のときに、複数機、成会矛の爆撃任務機が墜落し、恐らく藩泥流に鹵獲されているものと考えられます。あれら自体は藩泥流から見ても、旧式であると考えられますが輸出して、彼らの陣営の中で最低限の装備として流通させた可能性は捨てきれません」
「……それがどう繋がると?」
「敵陣営はより技術力、工業力を高め、国家間で、個々で発達した工業力を流通させ合い、より高性能な飛行機……軍用機の作成の切っ掛けになるかもしれません」
「つまり、敵陣営の間で協力し合い、高性能な軍用機が生まれ、こちらに不利になる可能性がある、と?」
「はい。我が国と他国では飛行技術は隔絶したものがありますが、成会矛や芦麻菜はそうではありません。場合によっては、戦力、技術が拮抗し、戦争が長引く可能性も考えられます」
「……わかった。上にはそう伝える」
「報告は以上です」
「ああ、では下がってくれ」
「それでは失礼いたします」
ふぅ。
上官の機嫌を損ねないように意見具申するというのは本当に疲れるな。
同月 27日 音打洋 雄州派遣艦隊 旗艦 角端 飛行甲板
結局のところ、今回も地中紅海運河通過に於いて、損耗は発砲した弾丸と被弾以外に物的にも人的にも、何も出なかった。
しかし、前より比べて格段に強くなっていることが気になる。
彼らの扱う飛行機の航続距離の範囲外に出たのでこれ以上戦闘に気にすることはないのだろうが、それでも気にはなってしまうな。
「はぁ~、疲れた」
「お疲れ」
「生機大佐……」
「上層部の意向もあって、艦隊が本国に戻るまで、予備役を積極的に使えって命が出ているんでな。仕方ないと割り切るしかない」
「ははは……」
「俺としても、若いのに実戦をもっと積ませてやることが必要だと思うがな……」
「梅斧目戸は弱いから、損耗もあまり気にしなくてもいいという点では、同じく、だな」
「勿論強い奴とも戦わせたいが、それだと損耗が出てしまうかも知れないが……それはそれとして、改めてお疲れ」
「どうも。そっちも司令偵察機搭乗員だ、良く飛ぶから疲れるだろう」
「流石にこっちで10回飛ぶのと、1回戦闘で飛ぶのでは疲労度が段違いだよ。10回こっちで飛ぶ方が疲れないよ」
「生機はその……脚のこともあるだろう」
「それを言えば、腕が時たま痺れながら戦闘機動している相坂だろ?」
「腕は一時的なものだ。それに今は、そこまで頻繁に起こっている訳じゃない」
「ま、暗い話はこれくらいで良いだろ?今はちゃんと範囲外の戦闘含めて大方の仕事が終わったことを喜ぼう」
「そうだな」
そう言われ、生機が持ってきた瓶の冷やした檸檬水を渡される。
そして自分は左手を生機の車椅子の持ち手に、右手で瓶を思いっきり呷った。
酒ではないのは、以前の栄龍撃沈事件から、禁酒令が下っているためである。
呷る自分とは対照的に、両手で瓶を持ちながら、チビチビと檸檬水を生機は飲んでいた。
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