97話 雄州派遣艦隊
明海二十年 6月10日 高須賀海軍基地 旗艦 角端 飛行甲板
この日から、自分たち、雄州派遣臨時艦隊が雄州に派遣された。
旗艦 角端が他二十隻弱の船を率いて出港した。
その派遣される二十隻弱の内訳は、空母角端、真龍、戦艦水晶、秋名、巡洋艦4隻、駆逐艦4隻、他給油艦、補給艦、病院船、雑務、特務艦の数隻からなる。
自分はその、空母角端に搭乗している。
晩冬の某日に海軍基地に多くの予備役が集められ、明かされた真実。
それは、主力艦、それも旗艦の喪失という、重大な秘密であった。
もっとも、空母栄龍とその搭乗員以外の喪失は無かったのだが。
確かに手練れた人員の喪失は手痛い喪失ではあるが、何故ここまで軍上層部は隠し通そうとするのか。
その原因には、空母が重要戦力として認識され始めてから今に至るまで続く、大艦巨砲主義者と航空戦力至上主義者との確執がある。
長いので以下、戦艦派と空母派とする。
そもそものことの発端は、昨年の11月3日にまで遡る。
その日、大浜綴帝国海軍は南洋諸島においてその領域を攻略、藩泥流の海軍と衝突したが勝利を収めた。
しかし、この作戦では船一隻分ほどの人員が失踪したままであるという報告がなされた。
軍はこれをただの脱走者と考え、各自脱走兵に対する警戒を促すのみに終わった。
そして11月7日、その日は翠島攻略戦により、空母からの航空支援作戦が発動された。
その日のうちにその作戦の大部分は成功を収め、空母自体は撤収することとなった。
しかし、その撤収中、その空母は魚雷攻撃を受けてしまった。
艦内は勝利に浮かされていたこともあり、ダメージコントロールは間に合わず、搭乗員のその殆どを救助することもできず、沈没させてしまうこととなった。
空母栄龍を攻撃したのは藩泥流海軍の潜水艦であった。
南洋諸島攻略戦で逃したのは、脱走兵ではなく、潜水艦の搭乗員であった。
空母栄龍が撃沈されたのち、艦隊の船によって潜水艦を見つけ出し、撃沈させた。
本来ならただそれで終わる話であったのだが、戦艦派の人間がいちゃもんをつけてきたのである。
『本来この作戦に空母を同伴させることは以前に言っていた通り過剰戦力であり、無駄であった』と。
これだけなら空母派の人間も苦虫を潰したような顔をするだけに収まったのだが、それだけでは止まらず、
『戦艦であったなら装甲で守れた』、『空母は貧弱』
と畳みかけ、最後には、
『空母を擁護する人間は総じて浅慮』
と関係ない話題で攻め立てたのである。
これには空母派の人間は流石に腹を立て、
『ならば次の艦隊派遣で空母の有用性を見せつけてやる!』
と、威勢の良いことを空母派の一人が大口を叩いてしまったのである。
それに戦艦派の人間も乗り、『ならばやってみせろ』と言ったのである。
これには空母派の中でも意見が割れ、最大戦力を派遣させるべきという派閥とこれ以上痛手を被って戦艦派の人間にどうこう言われ、もとより人員の喪失を恐れている派閥、その他多少ほど派閥が分かれ、海軍内部は意見がぐちゃぐちゃになってしまったのである。
人員喪失の懸念と戦力の投射、この意見を短期間に、そして短絡的に折衷した案こそが、『予備役軍人の招集、派遣』であったのである。
空母角端が旗艦なのは、単に中でも新鋭空母だから、と言う訳でもない。
空母派の中でも派閥は存在し、揚陸艇搭載型を認めない派閥というのが存在し、純粋戦力空母が一世代前の真龍で、揚陸艇搭載型……といっても同型の二隻しかないのだが、その最新型が旗艦を務めているのは、もしものことがあった場合、原因を揚陸艇搭載型空母に被せるためである。
因みに、馬は長旅では管理が大変である為、馬は載せておらず、その代わりに少数の陣地構築用の機銃が載せられている。
こういった経緯の為、主戦力は空母二隻であり、その他艦艇は補助戦力という扱いである。
「まさかあんな理由で俺たちが呼ばれたなんてな」
倉田がそうぼやいた。
「確かに倉田は空技の人間だし、予備役で呼び出すにはもったいなさすぎるな」
「そのうえ派閥の対立まで絡んで来るとは」
「自分も辟易している」
出港してから暫くの間、その愚痴は続くのであった。
「そういえば相坂、家はどうした?」
暫く愚痴を言い合ったところで、話題を変えたらしい。
「どうしたって……特には」
「特にはって……収入はどうなるんだ?お前の嫁さん、流石に貯金と給与だけだと、子育てしながらは少し難しいんじゃないか?」
「言ってなかったっけ?」
「何を?」
「愛奈は今藤航空輸送で働いているんだけど……」
「そうだっけ?」
「お前も同じところで働いているのに、何で気付かなかったんだ?」
「俺は基本整備だからな。そんなに社屋の方にも行かないし。嫁さんの部署は?」
「今は経理だが……。前は事務だったけど」
「そりゃ知らないはずだ。社屋には殆ど顔出さないのに、社屋でしか出入りしない人には気付かないからな」
「自分で言うのはなんだが、愛奈は特徴があるから気付くと思っていたが……」
「偶然か?合った記憶は無いな」
「かもしれないな。というか、どれだけ社屋に行ってないんだ……」
「月に一、二回かな?」
「経費と給料の確認くらいでしか行ってないみたいだな」
「そんな感じだな」
「自分がいうのはお節介みたいになるが、一応、顔くらいはある程度出しておいた方がいいんじゃないか?」
「そうか?」
「経費や給料を上手く出せたりするかもしれないだろ?それに、持ち回り立ち回りのはなしとか、合わせておいた方が良い話とかもあるだろうし」
「そうか……。でもな、そもそも空技もあるし、立ち回りは現場でなんとかなる話だからな。改善は暫くしないとできそうにないな」
「倉田も倉田で大変なんだな……」
「俺が大変なのは今の状況なんだがな」
「ハハハ……確かに。そういえば、倉田の方はどうなってんだ?」
「どうなってるって……嫁の話か?」
「ああ」
「俺の嫁さんは実家の定食屋で働いている」
「ということは、子供たちは引っ越したのか?」
「いや、そこまで遠くは無いから引っ越してない。凪ちゃんから何も言われて無かっただろう?」
「そういやそうだな。いや、もしかしてってこともあるから」
そんな話をしながら、長い船旅が始まりを感じるのであった。
この予備役の招集と派遣の話を愛奈に切り出したときは、愛奈に泣かれて、とても、申し訳なくなった。
そういえば愛奈の泣顔を見たのは、最初に会ったときと、初夜の時以来である。
もしかしたらそれ以外でも泣いていたのかも知れなかったが、決して自分の前では泣くことなどその二回以外で見たことは無かった。
そして、泣かれたとき、反対の声を上げるでもなく、
『もう少し早く、言って欲しかったデス……』
と、言っただけだったのが、自分の胸を締め付けた。
もしかしたら、自分が思っている以上に愛奈に心配や不安、不満などを抱かせてしまっているのかも知れない。
帰ったら、一体どうすれば良いのだろうか……。
「よう、相坂大佐、久しぶり」
倉田と駄弁っていると、後ろから声がした。
「生機……えぇと、大佐?」
「ああ、大佐で良い。別に昇格してないからな」
「でも、生機は予備役じゃないよな?何故この船に?」
「そりゃ風切隊の奴らが集まると聞いたら来るしかない、と思ったからな」
「物好きだな……」
「久しぶりだというのに冷たいな」
「いやすまない、取り敢えず、宜しく。そっちの戦術名は?」
「変わってない。海眼隊だ。そっちは?」
「静凪隊だ」
「そうか。こちらこそよろしく頼む」
「応」
こうして、再び風切隊だった面々がこの船に集っていたことを知るのであった。
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