96話 極東の衝撃
明海十九年 11月15日 今藤航空輸送 本社
今はまだ始業前、業務開始時間までまだ少しばかり時間があるため、家から持ってきた朝刊を見る。
『極東・太平洋戦線終結!浜成連合軍の完全勝利!』
見出しには大きくそう書かれている。
内容は、どれほどこちらの犠牲が小さく、そしてどれだけ早く藩泥流帝国軍が投降したかが書かれていた。
また、大成帝国の大使館がこの度の戦果から、浜綴帝国軍の雄州戦線への派遣を要請する可能性が高いとのことも、小さくだが、記されている。
「相坂さん、おはようございます。……お、後輩さんたちは頑張っておられるみたいですね」
背後から、中田さんが声を掛けて来る。
「あ、中田さん、おはようございます。そうみたいですね」
挨拶を交わし、再び目を新聞へと戻す。
この時はまだ、まさか、あんなことになるとは思ってもみなかった。
明海二十年 1月26日 夕方 相坂家
「慎太郎サン、お手紙が来ていマシタヨ」
年も開け、ある程度穏やかになった頃、そもそもあんまり自分に手紙などが来ることなど珍しいのだが、今日は手紙……いや、封筒が来ていたようだ。
「誰から?」
「軍……から……デスネ」
宛名を見て、青ざめながら愛奈は言った。
「なんだろう……。そんな厄介ごとではないと思うけど……」
愛奈を少しでも安心させるため、当てのない希望を言いながら封筒を開け、確認した。
「……」
思わずその内容に黙り込んでしまう。
「慎太郎サン……?」
「あ……いや、軍も人手不足だから、少し手伝ってほしい仕事があるみたいだ」
「そうデスカ……。少しびっくりしてしまいマシタ。まさかまた軍で戦うコトにでもなってしまうノカト……」
「ハハハ……」
……笑って誤魔化す。
先に言った、「軍が人手不足」というのは話を多少盛っているが、「手伝ってほしい仕事があるらしい」というのは本当だ。
その「手伝ってほしい仕事」というのは、軍で戦うことを示していたのだが。
取り敢えず、書かれていた内容は、予備役の招集とその理由の説明、前線参加の意思表明をするか否かを聞くらしい。
話を聞かないことには良く分からないな……。
同月 28日 今藤航空輸送
『以下の者を呼び出す。相坂君、小川君、……』
あの軍からの封筒が届いた二日後、社で社長今藤から直々の呼び出しがあった。
「呼び出された者たちの中で、察しの良い者達は気が付いていると思うが、今回呼び出したのは、予備役の人たちだ。ここまで言えば分かるかもしれんが、君たちには、是非とも参加してもらいたい、ということだ」
「それは、どういうことだ?」
話を聞いた一人が、喰って掛かった。
「まあそうカッカするな。別に君たちを追い出そうとしている訳じゃない。だが、こちらにも理由があるんだ」
「……聞くだけは聞こう」
「簡単な話だが、私も含め、役員にも元軍人、予備役の人間もいる。だが、我々経営陣が戦線に出る訳にもいかない。君たちは比較的ではあるが、ある程度減っても、操縦士資格の持った役員らにも回ってもらえば何とかならんでもない。と、言う訳だ」
「それで、戦争が終わって帰って来たとして、俺達に居場所はあるのか?」
「勿論残しておく」
「具体的にはどうやって?」
「前々から、事業拡大しようと北海島の空港建設に出資していて、繋がりを得ている。そこでの営業開始を終戦当たりまでに延ばし、君たちが戻って来た時にはそこの仕事を入れたりする」
「それまで、経営はどうするんだ?俺たちがいなければ、回せないだろう?」
「政府からの仕事はそれである程度分かって貰えたから、仕事量に関しての問題は気にすることは無い」
「……はぁ。分かった。参加する」
「他に質問は?」
「俺たちが戦争に出ている間、家族の生活もある。収入はどうなる?」
「主にそれは軍からの収入ということにもなるが……。戦争が年を跨ぐ場合、その年に発生する分の有給分の給料を振り込んでおく」
「……分かった」
その後も少しばかり質疑応答があったが、結局、自分たちが戦争に出ることになってしまうのは、変えられないようであった。
「本当に済まないと思っている。これは軍や政府からの意思もあるんだ。言い訳になってしまうし、私の能の無さを言うみたいだが、私の独断ではないということを、ここに伝えておきたい」
「「「……」」」
それを言っても、あまり信用はされてはいないようであった。
無論自分も、今藤をそこまで信じてはいないが、意思は兎も角、今ここで言ったことについてはやるだろうとは思う程度には信用することにした。
同年 2月2日 高須賀海軍基地 会議室
「まずは予備役の皆さんに、謝らなければならないことがあります」
招集されたその日、現役将官から謝罪があった。
「何故、あなた方が呼ばれたかと言いますと、それは軍、及び政治の派閥のいざこざを発端として、その争いに巻き込まれた、と言っても過言ではありません」
ここでその将官はふぅ、と息を吐き、再度話し始めた。
「詳しく聞いていただくためには、参加してからとなりますが、謝らなければならないことがある、ということを最初に理解していただければと思います」
その将官は頭を下げ、そう言った。
「次に、予備役の方々の仕事ですが、索冥型空母に配属となります。これは既に決定事項ですので、参加してからの変更はないと考えてください」
「質問いいか?」
予備役の一人が挙手した。
「なんですか?」
「元々それらに配属された奴らはどうなる?別に、空の船を海に浮かべて弄んでいたわけでもないだろう?」
「はい。元の所属の人間……特に航空関係の人たちに関しては、別の空母への異動となりました。しかし、操船関係者については、基本的に異動は無いと考えて戴いて構いません」
「分かった。質問は以上だ」
「他に質問はありませんか?……無いようですので、説明を続けさせていただきます」
こうして、説明は続き、時間は過ぎて行った。
「以上を持ちまして、予備役招集についての説明を終わります。参加していただく方については、追加して説明をします。先の、『謝罪』についての具体的な内容や、機密に触れた話を行いますので、参加拒否、保留の方は直ちにこの部屋から退出願います。参加拒否の方は拒否理由を書いてから帰宅願います。保留の方は、今月の15日までに直接ここに来て、返答願います。なお、期日を過ぎても返答がなかった場合……」
その後の多少の説明の後、暫く、準備ということで待つ。
勿論自分も社長からあんなことを言われているため、待つことにした。
準備が整ったのか、再びあの将官が話しだした。
「最初に、謝罪の具体的な内容を説明したします」
その将官は一旦目を瞑り、息を整える。
「多くの新聞や放送でそう言っているように、極東・太平洋戦線に於いて、我々浜綴帝国軍は勝利を得たことについては、嘘偽りは有りません。しかし……公表していない事実が一つあります。それがこの度の予備役招集に至った訳でありますが、それは……」
その後に発せられた言葉に、その場の予備役兵全員が絶句した。
「最新鋭空母であり、航行艦隊旗艦を務めていた、航空母艦栄龍が沈没したという事実がある、ということです」
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