95話 極東の海にて
明海十九年 10月31日 太平洋 航行艦隊 旗艦 栄龍 飛行甲板
「射蝶隊、出撃せよ!水羽隊は発艦用意、澄麗隊も準備を始めておけ」
艦の放送が五月蠅いほどに放たれる。
ただ、マシだと思うのは、俺の乗る機関の音の方が更に五月蠅いからだろう。
「射蝶隊、出撃!」
放送の声が聞こえたため、回転数を上げ、発艦した。
太平洋 上空 射蝶隊
「にしても、俺たちがいる意味って……。居たとしても、それほどの脅威にすらならないでしょうに」
「隊長、相手が偵察機であれば、我々が来た意味もありますよ」
「まあな……それに、島嶼から戦闘機だのが来るかもしれないもんな。……確かに上が言っていたみたいに、藩泥流が戦闘機を持っていたとしても、こんなところにまで持ってこられるとは、俺は思わないがな……」
「兎に角、索敵しましょう」
「ああ」
……。
「いないな」
「いませんね」
「各機、帰投する」
「「「了解」」」
結局のところ、何かが起こることもなく、俺たち射蝶隊は帰投した。
同年 11月3日 太平洋 航行艦隊 旗艦 栄龍 休憩室
「はぁ~……やることが無いな」
「南洋諸島戦は無事に勝利に終わったようですし、これで安心ですね」
「敵航空機は無し、未だ海軍からの死者も無し。死者は上陸作戦に投入された陸軍が十数人ってところか」
「敵が列強ってことを考えたら、この被害で済んだ程度というのは運がいいのかもしれませんね」
「改めて、気を引き締めないとな」
「そういえば三原少佐、あの話は聞きました?」
「どの話だ?」
「押収した資料から、どこかの島にいたはずの兵士の数名が消えているっていう話ですよ」
「なんだ、その話?」
「そのままですよ。それでそのことを捕虜に聞いても黙秘を貫いているみたいで」
「不気味だな……。もしかしたら俺たちが翠島に攻撃を開始する時に奇襲、なんてことになったりしないだろうな?」
「分かりません。今現在、船と偵察機でそれらしい船を探していますが、見つかっていないようで」
「俺たちに出来ることは無い……か」
「仕方ありませんね。それは偵察機や船の船外監視員の仕事ですから」
「はぁ……薄気味悪ぃな……」
こんな薄気味悪い話を聞いちまったら、とっとと寝るしかないな、全く。
同月 7日 翠島近海 航行艦隊 旗艦 栄龍 飛行甲板
「偵察機からの情報です」
今日、初めて翠島に対しての作戦が発動される。
そのための発艦準備作業中に、久寿軒大尉が話しかけてきた。
「なんだ?」
「敵地領域内に飛行場と見られる施設を発見し、爆撃機を向かわせた方が良いとのこと」
「つまり俺たちは……奴らの護衛の任に変わるのか?」
「ええ、そういうことです」
「会議室とかに集まらなくていいのか?」
「時間があまりないので、説明は上空で司令偵察機から受けろとのことです」
「分かった。発艦準備を続ける」
それにしても、飛行場か……
空戦。
演習を何度も受け、相坂大佐にも演習を挑んだが、もし敵戦闘機がいるとするならば、これが初めての実戦での空戦となるだろう。
「射蝶隊、一番機、発艦準備完了しました」
自分の機の整備士が、皆にそう告げ、俺は出撃準備が終わるまで、気を引きしめて待つのであった。
翠島近海 上空
『司令偵察機、浜芹より同空域に展開する全機。ここより方位280、距離3000の地点に敵飛行場と見られる施設がある。爆撃機は爆撃し、この破壊を行え。戦闘機各部隊については、敵戦闘機を見つけ次第これの破壊。次に、敵地対空攻撃施設を見つけ次第、これを破壊し、爆撃機による円滑な任務遂行を支援しろ』
空に上がれば、そう淡々と、司令偵察機からの命令が下される。
『なお、臨時に立案された作戦であるため、爆撃機を護衛する戦闘機部隊をこちらが勝手に決めさせてもら……各機、戦闘準備!』
臨時編成さえ決められていないときに、戦闘態勢への移行を指示される。
「敵機だ……」
思わず、口からそう漏れていた。
自然に位置していた俺達の部隊が、最も近く、尚且つ目視できる位置にまでいたのであった。
『敵機だ。最も近い戦闘部隊は……、射蝶隊。戦闘を!』
言われずとも、隊の全員は、既に戦闘に対し、改めて気を引き締め終えていた。
そして……、
「射蝶隊全機、散開!」
俺の初めての実戦が、始まった。
同日 夕刻 翠島近海 航行艦隊 旗艦 栄龍 食堂
「今日は呑むぞおおおおおぉぉぉぉぉおおお!!!」
この日の夜の食堂は、盛り上がりに盛り上がっていた。
航空部隊の皆は初めての実戦を経験し、それが上手くいき、陸上戦闘や上陸戦闘も上手くいったのだ。
そういう俺も、あの戦いで、初めて敵の戦闘機と見え、勝利を収めた。
勿論、誰一人、隊の隊員を失わずに。
飛行機乗りの多くが隠れて持ち込んだ酒を開け、勝利の余韻に浸る。
あまり酒を持ち込むのは良しとされている訳ではないが、別に絶対的に禁止されている訳でも無し、多少このどんちゃん騒ぎが大きくなったとしても、上官たちもある程度は黙認してくれるのだろう。
中には騒ぐことこそしていないが、食堂の片隅で晩酌している酒好きの上官の姿もあった。
「~~~~~~~!!!!!」
中には軍歌を歌い出す者。
「※〇△¥~~~~~~~!!!!」
そして酒が回り切ったのか、呂律が回っておらず、大声を出して騒ぎ立てる者まで居る始末。
そんな状況を、俺は皆と笑いながら見ていた。
その時だった。
――――――――――――――!!!!!!!!!!!
音にさえならない、衝撃が艦全体を襲ったのは。
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