88話 予備役
明海十六年 3月17日 高須賀海軍基地
「相坂大佐、小川中佐、今迄有難う御座いました」
「いえいえ、こちらこそ」
「こちらこそ有難う御座います!」
松栄大佐をはじめ、後輩たちに敬礼をされたのち、握手を交わした。
これで自分たち、現風切隊の二人は現役軍人から、退役軍人となった。
とは言え二人とも、予備役軍人登録を行ったので、この国が実力を持って戦争に関わる際には呼ばれる可能性も十二分にあるのだが。
まあそれでも、自分たちが前線に立つ可能性はかなり低くなった。
因みに海眼隊の生機大佐……今の階級は分からないが、彼は司令偵察機の指導指揮のために働いている。
取り敢えずそれらのことは良いとして―――。
「相坂、この後、時間はあるか?」
「ん?まあ、いいが。別に退役祝いなんて無いしな」
「それじゃ、近くの喫茶にでも寄ろうか」
「分かった」
某喫茶店
「で、なんだ?話って」
「相坂お前、予備役になった後、どこかに勤める予定はあるか?」
「あー、その話か」
「あるのか?」
「無いな、今のところは何処にも」
「まあ、軍人の給料や補償でそれなりに金は出してもらったが、正直言って、何かあったときの為に、働いていた方が良いだろ?俺たちは技研にいるけど、いつでも仕事がある訳でもないし」
「まあな。当てはあるのか?」
「同期に、今藤って奴がいただろ?前に千鶴に載っていた、貴族上がりの」
「えぇと……。ああ、居たな、妙に自信過剰な奴が」
「そいつも俺たちと同時に退役するって話でな。今藤航空輸送って言う、航空機の輸送をする会社を立ち上げたらしい」
「へえ、いつ?」
「確か……今年入ってすぐ当たりだったか……。取り敢えず、退役して直ぐ始められるように、立ち上げていたらしい」
「前に見たときは若かったのもあって、そういう計画性がある奴だとも思えなかったがな」
「まあ貴族上がりだから、経営やらなにやらで、そういうことに明るいんだろうな」
「それもそうか。だが、あまり関わりたくはないんだが……」
「それも大丈夫だと思うぞ?アイツは俺たちが演習の支援部隊として配属された後に、軍の航空大学が出来ただろ?」
「ああ、それが何だ?」
「あいつはそっちで教えていたらしくてな。その経験を活かして、経営の社長をすると同時に、社員教育に暫くはいるようだ。俺たちは飛行機乗りとして雇いたいらしいから、その必要はないらしいな。なんせ、客商売じゃなく、ただの輸送業だし、客相手はその手の人間がやるらしいからな」
「詳しいな」
「今藤自ら話があってな。兎に角いま動ける人手が欲しいらしいな。社の体制が整うまでは、十分に稼ぐ必要があるからな」
「成程な」
「で、どうだ?飛行機乗りとしての技術も活かせるから、悪い話ではないと思うが」
「うーむ……。一回家族と話してみて良いか?」
「分かった。だが、5月頃までには輸送業を本格的に始めたいらしいから、4月の中旬までには話をくれ。あいつもあんな奴だが、軋轢を無駄に生みたくはないだろ?」
「そうだな。分かった」
そうして、その話を家に持ち帰ったのであった。
同日 夕方 相坂家 食卓
「と、いうことなんだけど……」
「はぁ……」
愛奈は少し呆けたように声を漏らした。
「私としてハ、別に良いと思いマスガ」
思いの外、あっさりと受け入れられた。
「いいのか?」
「エエ、私は慎太郎サンが良いと思ったのナラ、私はそれで良いことだと思いマスヨ」
「そうか、ありがとう」
「どういたしマシテ。オット!凪、お箸の持ち方が少しずれてきてイマスヨ」
どうにも見た目西洋人の愛奈が、一見浜綴人に見える凪に箸の使い方を教えている。
その少しある違和感に、これが我が家の空気なんだと、安堵の吐息が漏れた。
同月 19日 某喫茶店
「で、話は、例のことだな?」
見慣れぬ私服で席に座る小川。
「ああ」
恐らく小川の目にも慣れていないであろう私服で座っている自分。
「……」
そしてズズズ、と珈琲を啜る倉田。
「その前に一つ、聞いていいか?」
思わず自分の疑問が漏れた。
「なんだ?」
「何故、倉田がいる」
「おいおい、酷いな相坂、長年お前の機を整備してきた俺に対して」
「それとこれとは別だろう。話自体は個々の問題だろ?」
「ま、俺の話はいい。先に済ましてくれ」
「はぁ……分かったよ」
「応。で、やるのか?」
「ああ、受けるよ。自分には他に出来ることが余りないからな」
「分かった、先方には話しておく。また正式に働くのは、あいつからまた話があるらしいから、その時に。で、倉田の方だが……」
「ああ、受けるよ」
「そうか……、分かった。ありがとう」
「待て、何の話だ?」
「あー、それは、倉田にも話があってな。まあ大方の予想の通りだとは思うが、整備士として、だが」
「そういうことだ。俺の方も、技研ではやれることが少ないからな。好きで研究しているけど、今のままじゃ、それでもそれだけで食えるほどじゃないからな」
「理解はしたが、なんで自分の話の後にしたんだ?」
「まあ俺も、それは気になってはいたんだが……」
このことについては、小川もどうやら知らなかったらしい。
「まあ、何、俺は相坂の機の整備しかする気が無かったからな」
「……それで今、もし自分が受けなかったらお前、この後どうしてたんだよ……」
「そりゃまあ、技研に正式に雇ってもらうように頼み込んでいた、というのが。一番かな?次に、家内の実家のやっている店にでも雇ってもらうか。まあそのあたりだな」
「倉田はこの歳になっても本当に暢気だな」
「ま、暗く考えたところで何もならないからな。結局」
その言葉に、呆れて思わず溜息が漏れた。
その溜息に小川は苦笑いし、倉田は大笑いをした。
「まあ兎も角そういうことだから、二人ともこっちから連絡するまで、少し待っててくれ。あと、これが今藤の会社の住所だ。あとは……二人の住所を教えて貰っていいか?何かあったときの為に、互いに手紙で連絡でも取れるように」
「応、助かる」
「こっちも一応小川の住所も教えてもらえないか?」
「それもそうだな」
そんなことを言い合いながら、紙に住所を書く男三人共。
こうして、自分に倉田、そして小川の三人の退役軍人の新たな就職先が決定したのである。
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