序章:ペンタの冒険者時代7
序章-20 教師としての実習はしておくべき
14歳になった俺は、冒険者活動を続ける一方で、デネヴァの知己である、教会のシスターの経営している孤児院に、足を向けることが多くなっていた。
デネヴァの友人でもある、シスターローザは40過ぎの眼鏡を掛けた太ましい熟女であり、彼女目当てでは断じてない。
シスターの経営する孤児院は、おおよそ10代前半からそれ以下の孤児たちが在籍しており、俺は少年少女たちを相手に、授業をしたり、剣術や魔法をレクチャーしたりと教師の練習を行っていたのである。
将来、王立学園の教師を目指している俺としては、他人に教える場数が踏めて、孤児たちにしても将来のために色々と学ぶことができるので、両得な関係といってよいだろう。
孤児たちの年長組である、アラン、ゴードン、リディ、ミネルバ、ポプリなどとの関係も良好であり、少年少女たちの中には、俺のあとをついで、ここでの教師役になると言ってくれる者もいるし、順風満帆といってよい流れである。
「全員駆け足! 上位にはご褒美があるぞ!」
ある時は、基礎トレを行ったり、
「今から、計算テストを行う! 早く解いた者には、ご褒美だ!」
ある時は、計算の訓練をしたり、
「これから、歴史の紙芝居をするぞ。水あめを渡すから、舐めながらちゃんと見るように」
などと、歴史の授業をしたり……物で釣ってる? 即物的でも効果があるからいいじゃないか。
そうして、いろんな事を教えながら、合間に小休止していると、わくわくした表情で、一人の子供が俺に近寄ってきた。
「ペンタ先生、今日のおやつは何ですか?」
「ああ、今日はキャロットケーキを作る準備をしてあるぞ」
教師として教える一方、孤児たちの心と胃袋をつかむために、時々はこうして、自作したお菓子を作ったりすることもある。
なお、小麦粉はさておき、ニンジンやシナモン、クルミなどの材料は提供させてもらっている。
「やった、キャロットケーキだ! ボク、ニンジンは嫌いだけど、ペンタ先生の作るキャロットケーキは好きなんだよね!」
「わかるわ。リディの言う通り、ニンジンを材料に入れているのに、おいしいもんねー」
わきゃわきゃと、今日のおやつの内容を聞き、喜ぶ子供たち。微笑ましい光景を見ながら、王立学園の教師になれなかったときは、私塾を開くのも良いかもしれないなー。などと、考えていた俺であった。
序章-20(裏) 一人の少女の旅立ち ※教会のシスター視点
わたくしは、ローザ。公爵様の都市・タルカンにて、教会から孤児院を任されているものです。
神の名のもと、恵まれぬ子供たちを保護し、生活の場を与え、子供たちの成長を見守る役目を続けてまいりました。
つつましいながらも、すこやかに育つ子供たちの生活に、変化が生じたのは、ここしばらくのこと。わたくしの古くからの友人、デネヴァのもとにいる少年、カーペンタ殿が、わたくしたちの孤児院に目をかけてくれ、教師役をかってくれたり、お金や物を随分と提供していただいたことで、私たちの生活は、随分と様変わりいたしました。
孤児たちは、わたくしからもある程度の教育を行っているものの、孤児院の生活には余裕もなく、本格的な勉強に取り掛かることもできませんでした。
学も無く、文字すら読めない子は、孤児院を出すときには、とても苦労をさせてしまったと思います。
ですが、カーペンタ殿の助力により、生活にもわずかながらのゆとりが出て、また、子供たちにも将来のことを希望をもって考えることができるようになったのです。
年長組では、アランは計算に長け、商家に働きに出ることが決まりました。
ゴードンは、剣の才能があるらしく、騎士団か、冒険者を目指すといっています。
ミネルバは、わたくしの補佐をしつつ、のちの子供たちのために教員役をしつつ、後進を育てることを目標にし、
ポプリは、料理の腕を磨き、料理屋で働くことを夢見ています。
カーペンタ殿のおかげで、彼らの未来が開けたことは、感謝し、頭の上がらない思いのする昨今でありました。
今日もまた、孤児院には子供たちの朗らかな笑い声が響いています。
さて、そんなある日、わたくしは孤児の一人に、迎えが来ることを伝えることになりました。
「アーストン男爵家、ですか?」
「ええ、貴方の御父様が、その男爵様だそうですよ」
呼び出した孤児の一人、リディ----というのは愛称で、本名はリディアという名の少女に話を聞かせると、戸惑ったように首をかしげました。
彼女はもともと、母親と二人暮らしでしたが、その母親は数年前、病にてこの世をさっており、孤児となったリディアを引き取ったのが、わたくしの孤児院でありました。
もともと、彼女の母親は、アーストン男爵の侍女の一人であり、身ごもったことで男爵の奥方の勘気に触れ、まだ幼いリディアを連れ、こちらまで流れできたらしく、
長年、リディア達、母娘ともどもを呼び戻そうと頑張っていたものの、奥様が頑張ったのか、それはできず、リディアの母親が没し、また、つい先だって、その奥様もおかくれになられたことで、せめて娘だけでも呼び戻そうとしたのが、今回のいきさつでありました。
「………ということで、貴方の御父様のもとに戻ってきてほしいとのことです」
「うーん、別に戻らなくても、困らないんだけど。ボク、母さんだけが親だと思っているわけだし」
話してみると、リディアの反応はつれない模様。物心ついた時から、母親と二人だけの家族だったようですし、その反応は当然と言えますが……将来を考えると、男爵家に戻った方が、彼女にとっても良いと思うのですが。
「男爵様を、許せないと思っておられますか?」
「いや、許せないというか、正直どうでもよいって思うくらいだし、いま、ここで生活している分には、困ることもないし」
そんなことをいうリディアに、わたくしは少し考えると、切り口を変えて話をしてみることにしました。
「今はともかく、将来には必要になるかもしれませんよ」
「将来って?」
「カーペンタ殿は数年後、王立聖ロバルテ女学園の教師になるのを目標にしております。仮に、その目標がかなって、カーペンタ殿が女学園の教師になった場合、貴方もそこに通ってカーペンタ殿の授業を受けたいと思うのではありませんか?」
「ペンタ先生の!? それはもちろん、そうだよ」
カーペンタ殿の話題となると、食いつきがいいですね。とはいえ、それは男女問わず、個々の孤児たちみんなに言えるのでありますが。
「では、貴方も王立聖ロバルテ女学園に入りたいと……そうなると問題なのは、かの学園が王立というところで、入学には相応の身分が必要という点がありますね。例えば、男爵の娘ならば問題はないでしょうが」
「むむむ……」
わたくしの言葉に、リディアは眉根を寄せて考えております。そうして、数分ほど悩んだ後で、
「わかった。男爵家にいくよ。その代わり、ペンタ先生の情報を、手紙で送ってよね!」
と、その様に返事をしたのでありました。
それから数週間後、お別れ会を開いた後、リディアはアーストン男爵家に戻ることになったのでした。
子供たちが泣いて引き止めたり、あるいは笑顔で送りだしたりする光景が見られましたが、多くのトラブルもなく、お別れ会はつつがなく行われました。
………のちに、送り出したリディアが、魔人討伐の主役となる、女勇者、リディア・アーストンとして名をはせるとは……この時はわたくしも、考えもしなかったのでありました。
【リディア・アーストン】
物語の主役であり、4人パーティで魔神を討伐することになる女勇者。
なお、ペンタと遭遇したことにより、ニンジン嫌いが緩和されたりと
細かい影響は受けている模様。




