序章:ペンタの冒険者時代82
序章ー111 ヒムカの里にて(11)
一人で数十分ほど部屋で寛いだ後、さて、散策に出ようかと個室から出る。なお、個室には鍵付きのドアが設えられており、俺の寛いでいる部屋は和洋折衷の温泉宿の和室といった風な風情だ。
前世を彷彿とされる、どことなく見たような内装ではあるが、明かりは蛍光灯ではなくランプだし、部屋にはテレビの類がないのが、前世との違いではある。
ともあれ、木のドアを押して、部屋から廊下に出ると、待ち構えたように声をかけられることになった。
「カーペンタ様、よろしいでしょうか」
「あ、マリー嬢のお付きの筆頭の人」
「………フランチェスカと申します。マリー様が、貴方様とお茶を楽しみたいと申しております」
まさか、お断りは致しませんわよね? と、言外に含みを入れつつ、筆頭侍女さんは踵を返す。
つんつんしながら、さっさと歩きだす様子を見て、俺はやれやれと肩をすくめると、後を追って歩き出した。
「マリー嬢の部屋に行くんじゃないのか……」
「お嬢様の滞在をなされる部屋に、殿方を招く用意は致しておりません。」
お茶をしたいと聞かされたので、てっきり同じ2階にある、マリー嬢とセレスティア+侍女たちの過ごす部屋に通されることと思ったが、そんなこともなく、筆頭侍女さんは階段を降りると、旅館の外へと歩みを進める。
予想と外れたことを口にしたら、ぴしゃりとした口調で前述の言葉が返ってきた。
現在、筆頭侍女さんの後について、俺は旅館の中にある散歩道らしきところを歩いている。
道には桃色の桜が植えられており、それらを眺めながら、散歩気分で筆頭侍女さんの後に続いた。
「桜か。見事なものだなぁ」
「左様にございますね」
左右に咲き誇る桜を見ながら歩を進めると、先導する筆頭侍女さんから、そんな風に返事がかえってきた。
てっきり、返答もなくスルーされるかと思った俺は、驚いた顔をするが、先方で前を向いて歩いている筆頭侍女さんは、そのことに気付かない様子で歩を進めていた。
「あ、ペンタ先生! お待ちしてました!」
「ペンタ兄さま~」
「まったく、ようやく来たのか」
桜の道を進んでいくと、その先には公園のように開けた場所に出た。芝生で整えられた小さな広場のような場所に、茶席が設けられている。
赤い敷物に、テーブルと椅子、また、赤い色の唐傘が日よけに立られている。
「ペン様、お待ちしておりましたわ」
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
テーブルにはすでに、リディ、ベルディアーナ、セレスティア、そしてマリー嬢がついており、俺を待っていたようだ。
マリー嬢に挨拶をして、席に着く。筆頭侍女さんは、侍女たちのもとに戻り、しゃんとしたようすで控えている。
席に着いた俺のもとに、メイドのリンネがお茶を出してくる。お茶といっても、紅茶ではなくちゃんとした緑茶だ。
「本来は、ヒムカの里の作法である、野点という形式をもって、お嬢様たちには楽しんでいただきたいところでしたが」
「ええ、本来はテーブルに着くのはなくて、敷物の上に座って楽しむということでしょう?」
「こほん」
残念そうなリンネの言葉に、マリー嬢が応じると、筆頭侍女さんがくぎを刺すように咳払いをした。
「それに、お茶をたてたら皆で回し飲みをするとか? 是非ともしてみたかったですわ。ペン様もそう思われますよね?」
「いや、俺に振られても……」
にこにこと、からかうようにマリー嬢が聞いてくるが、どう返答しろと?
俺が答えに窮していると、筆頭侍女さんが射殺しそうな目で睨んできて、セレスティアも怒ったように声を上げた。
「なっ……そのような恥ずかしいこと、出来るわけないではないですか!」
「別に恥ずかしいことではないわよ、セレス。作法なのですから。それに従うのが当然でしょう」
顔を赤くするセレスティアに、諭すようにマリー嬢が言う。このまま、野点について言及すると、いろいろとまずそうなので、俺は別のことを話題にすることにした。
「まぁ、出来ないことは置いておいて、せっかくゆっくりできる、茶席をひらいたんだ。俺が水田つくりで出歩いている間に、みんながどうして過ごしていたのかを話してもらいたいな」
「まあ、ペン様が私に興味を持ってくださるなんて……今日はなんてよい日なのかしら」
嬉しそうに微笑むマリー嬢に影響されてか、場の空気が少し和らいだ。
そうして、しばらくの間、俺は桜に囲まれた茶席で、マリー嬢たちと和やかに過ごした。
マリー嬢たちは、クオンさんの屋敷にて、ヒムカの里の要人たちと会合を行ったり、デネヴァとケットシーがくつろいでいる、屋敷にて遊んだり、また、馬車に乗って里を回ったりしていたそうだ。
なお、里を回る際は、ウルディアーナとジャネットが護衛をかって出ていたらしい。
「里の職人衆の働きも見させていただきました。さっそく、ペン様の考案された物も作っておられましたわ」
「リバーシもですね。あれは良いものです」
「といっても、セレスちゃんは、全然勝ててないんだけどね」
「う、うるさいな! 強さ弱さは楽しむこととは関係ないっ!」
「お料理屋でも、ペンタ兄さまの作ってくれる料理が、出てきましたよね! 私はあのなかだと、やっぱり、お蕎麦が良いですね~」
「ボクは、ハンバーグが美味しかったと思います!」
「………まあ、揚げパンというのも悪くなかったんじゃないか?」
「ペン様、私は、柚子のシャーベットがとても素晴らしかったと思います」
と、そんな風に、マリー嬢たち、年少組もヒムカの里を楽しんでいるようである。
それにしても、熱い様子で料理について言っていたけど、これは作ってほしいというフリだろうか? いつでもリクエストに応えられるように、料理をしてアイテムボックスに入れておくのも良いかもしれない。
そんなことを考えつつ、俺たちはその後も話をつづけた。その後、太陽が沈みだした頃に茶席はお開きとなり、夕食が提供される前に、皆でお風呂に入ることになったのであった。
………当然、男の俺は男湯だけどな。
筆頭侍女さん:名前はフランチェスカ・ローズマイヤー
赤みが勝った黒髪で、おでこが見えるように整えられた髪形と、
端正な顔に眼鏡をかけた美女である。二十代後半、独身。




