序章:ペンタの冒険者時代81
序章ー110 ヒムカの里にて(10)
ヒムカの里の温泉宿は里の外れにあり、そこまでは馬車にて移動となった。
「温泉というのは、変わった形式のお風呂だと聞いております。楽しみですね」
「楽しみなのは結構ですが、マリー様。あなた様は公爵家の御令嬢なのです。間違っても、殿方と一緒に入るなどとは言いだしませんよう、お願いいたします。
いま現在、俺は馬車に揺られてマリー嬢たちと話している。席次は、対面にマリー嬢、セレスティア、リディの3人が座り、その反対には俺を中心に侍女筆頭の人と、メイドのリンネが両脇に座っている。
両手に花というより、片方のリンネは、俺が錯乱でもしたら抑えるために座っているし、もう片方の侍女筆頭さんは、俺に対してはとことん塩対応なので、居心地は微妙である。
「わかっているわ。婚約もしていない状況では、色々と問題になるでしょうし。今回は貴方の言うことが正しいでしょう」
「お分かりになられたようで、ありがとうございます」
マリー嬢の言葉に、侍女筆頭さんは頭を下げる。とはいえ、マリー嬢は少々不満そうで、馬車の空気が悪くなりそうであったが、その前にセレスティアが率先して話題を変えるために口を開いた。
「それにしても、今から行く温泉宿? って、どんなところなんでしょうね」
「私も、詳しいことは聞かされていませんが……リディアさんはご存知ですか?」
「あ、はい。なんでも、桃色の桜という木が多く立ち並んでいる場所で、近くには神様を奉る所があるってクオンさんが言ってましたよ」
リディがマリー嬢に返答する。桃色の桜という木……なお、前世のような明確な四季がないこの地では、季節感がバグっているのか、年中ヒムカの花が咲いていたり、ところによっては紅葉も見られたりと、そのあたりは割と適当な部分がある。
桜も、咲いてすぐに散るものではなく、割と長く木について咲き誇っているとか。
「神様を祀る所、というのは、女神さまの祠でしょうか? それなら、立ち寄らなければなりませんね」
「いえ、旅館の近くにある社は、ヒムカの里が独自に信仰するイナリ大明神の社であり、女神さまとは別の神さまの社となります」
マリー嬢の言葉に、リンネがそんな風に答えた。なんでも、イナリ大明神は穀物や繁栄の象徴として拝まれており、里の皆に信仰されているようだ。
その姿は、キツネに似た姿をしており、時にいたずらもする、かわいらしい神様とか。
そんな話を聞きながら、馬車は進み、今回の宿泊場所である、”春樹の亭”へと、辿り着くのであった。
「ようこそいらっしゃいませー。私、この温泉宿の女将をしております、クレハと申しますー」
温泉宿について、俺たちを出迎えたのは、キツネのお面をつけた一団。そのなかで、唯一お面をつけていない少女が、俺たちの前に出てきて、しずしずと頭を下げた。
クレハと名乗る少女はキツネ色の髪をした少女で、他にはない特徴を持っておりーーー頭の上からぴょこんと出たけもの耳と、ふさふさのしっぽーーー何とも形容しがたい一団であったが、事前にそういうことを聞かされていたのか、マリー嬢の筆頭侍女さんは諸々をスルーし、
「ラザウェル公爵様のご令嬢、マリー様がご逗留です。失礼のないように、徹底するように心がけてください」
「はいー。それでは、お客様のお荷物をお持ちさせていただきますー。皆様はこちらにどうぞー」
間延びするクレハの言葉に従って、キツネの面をつけた従業員たちが荷物を持ち、俺たちは旅館の中に通された。
「うわぁ、良い景色ですね!」
通されたのは、旅館の2階。渡り廊下から見える、遠目に見える山々と桃色の桜並木に染まる光景に、リディが感嘆の声を上げた。
「この辺りは、散歩に適した道が多いのですよー。休憩をされたあとは、お散歩をしてみるのも良いかもしれませんねー」
「ウル姉さま、あとで一緒に行ってみましょう!」
「ええ、そうね。ところで、私たちはどこの部屋に泊ればよいのかしら」
ウルディアーナが、クレハに問うと、クレハは耳をピコピコと動かしながら、小首をかしげた。
「本日は、皆様方の貸し切りとなっておりますのでー、2階のお部屋は皆様方で、お好きに割り振っていただければとー」
「では、僭越ながら私が割り振らせていただきます。異性とご同室など、よろしくありませんので」
と、進み出てきたのは、マリー嬢の筆頭侍女さん。
強い口調で言われては、反論できる者もおらず(マリー嬢はちょっと不満そうにしていたが)部屋割りは決定された。
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マリー嬢 + セレスティア+ 侍女たち(筆頭、リンネ含む)
リディ + ジャネット + 侍女たち
ウルディアーナ + ベルディアーナ
デネヴァ + ケットシーたち
クオン + セツナ
ペンタ
その他、護衛の兵士たちが数部屋
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公爵令嬢であるマリー嬢、子爵令嬢のセレスティアは、お世話する侍女たちと大部屋に。
男爵令嬢のリディ、没落したとはいえ、元貴族ということもあり、ジャネットも同じ大部屋に。
エルフ姉妹と、デネヴァ&ケットシー、里のクオンさんとセツナはそれぞれ相部屋となり、
男性は一応男爵である俺が個室。その他は適当に割り振られた。
特に奇をてらった組み合わせというわけでもなく、まあ、妥当な振り分けだろう。
………なお、俺が個室にされたのは、令嬢たちが気軽に遊びに来れるようにとの配慮だとか。
そんなこんなで、部屋に通された俺は、ひとしきり寛いだ後で、旅館の中や周辺を探索することにしたのであった。




