序章:ペンタの冒険者時代76
序章ー105 ヒムカの里にて(5)
マリー嬢の歓迎の宴があった翌日、俺は単身で里長の家を訪れていた。
手土産に、自らの作った将棋やリバーシ、その他の木工品を持ち込んでのことである。
「ふむ、なるほど………これは面白いものですな」
要件を前に、里長であるジュウベエさんと、将棋を一局さしてみる。将棋のルールは先程教えたばかりであるが、もともとの頭の回転が速いのか、どう見ても俺が劣勢である。
………単純に、俺が弱いだけなのかもしれないが。
「まいりました」
「ありがとうございました。………して、本日お越しになられた要件は何でございましょうか」
そう切り出すジュウベエさんに、俺は訪れた要件を話すことにした。
「俺の作った、この工芸品を里の品物として、売りに出すのはいかがでしょうか。それと、工芸品だけでなく、料理のレシピも提供できます」
「ほう、この将棋やそのほかの品物を我々で取り扱ってよいと。それに、先日の宴の唐揚げや白米の飯はうまかったですからな。料理の情報もありがたいですな。それで、見返りは何ですかな?」
「工芸品や料理を使って、里をもっと繁栄させてください。そうして、人員が増えれば作物も多く取れますよね」
「人が多ければ、必然的にそうなりますな」
「俺は、ヒムカの里の作物……特に米が気に入ったんです。ですから、人を増やして、田んぼも増やしてもらって、米をたくさん確保したいんです。今だと、そんなに多くは購入できませんよね」
俺の言葉に、ふむ、とジュウベエさんは考え込むようにする。
「あ、それと、手つかずの荒れ地とかありますか? 里にいる間に、新しい田んぼを開墾してみたいんですが」
「荒地はありますが………いささか、我々に都合が良すぎる気もします。なにか、他の頼みでもあるのですかな?」
「? いえ、米が欲しいから動いているだけですけど」
即答した俺をじっと見てから、ジュウベエさんは、ほっほっと笑うと、手をパンパンと叩いた。
「承知いたしました。工芸品と料理については、里の職人のもとに案内させましょう。これ、セツナや」
「ここに、じじさま」
スッ、とふすまが開き、いつから控えていたのか、セツナという名の少女が、正座で頭を下げてきた。
「孫娘のセツナに、里の案内を任せましょう。セツナや、職人衆と、里の料理屋にペンタ殿をお連れするように」
「はい。ペンタ様。よろしくお願いいたします」
………と、そんなわけで、俺は里長の孫娘、セツナとともに、里を回って木工品や料理の知識を伝えることとなった。
里長の家を出て、セツナの案内で道を歩く。
無表情の釣り目の美少女であるセツナだが、無口というわけでもなく、会話をしながらの移動である。
「そうですか。ペンタ様は里の米を好ましく思っておられるのですね。私も、米は好きです」
「ああ。パンも悪くはないけど、やはりご飯がないとな。あ、そういえば聞きたいんだけど、里には蕎麦もあるかな?」
「蕎麦……ですか。ありますけど、あまり美味しいとは思えません。粉にして捏ねたものを茹でただけのものですし」
と、無表情でいうセツナ。並んで歩く彼女の髪形は、肩先でそろえたおかっぱ頭。それが歩くたびにふわふわと揺れる。
無表情な、座敷童みたいだな。と、そんなことを考えながら、俺は会話を続けた。
「ああ、俺の食べ方はそれとは違うな。小麦粉をつなぎにして、蕎麦を打ってから棒で引き延ばしてから切って、麺状にしたものを食べるんだよ」
「麺、ですか?」
「そうだよ。蕎麦を使ってだけじゃなくて、小麦粉を使っても麺は作れるよ。うどんやラーメンとか。どれも触感が違って美味しく食べられると思う」
「………美味しいのは、興味があります」
無表情ながら、そんなことを言うセツナ。感情表現に乏しいけど、どうやら興味を持ってくれたようだ。
「それじゃあ、あとで作ってみようか。方法を知っているなら、割と簡単にできるし………里の料理屋で話すときに、ついでに作ってみようか」
「そうですか。それは楽しみです。では、まずは職人衆のもとに向かいましょう」
「了解。お楽しみは、後にとっておくってことかな?」
「いえ、職人衆の住んでいる場所の方が、近いので」
そんなやり取りをしながら、俺はセツナと一緒に里を回ることになった。




