序章:ペンタの冒険者時代74
序章ー104 ヒムカの里にて(3)
「この度は、我らの里へのご行幸をしていただき、まことに光栄至極にございます」
そういって、正座をして深々と頭を下げるのは、ヒムカの里の頭領である初老の男。
名前はジュウベエといい、その横には、孫娘である黒髪の少女が、同じように両手をついて深々と頭を下げていた。
ここは、ヒムカの里長であるココノエ家の屋敷。畳敷きの一室にて、俺を含むマリー嬢一行と、里長たちとの面会が行われていた。
「頭を上げてください、ジュウベエ殿。ヒムカの里は澄んだ空気に満ち、毎日楽しく過ごさせていただいております」
「それは、よろしゅうございました。何かお困りのことはございませんか? 我々で出来ることなら、即座に対処いたしましょう」
「そうですか。それでは、後々、頼みたいことがいくつかありますの。こちらのペン様の望みをかなえることが出来ますかしら」
「ペン様とは、そちらのカーペンタ・パウロニア男爵様でよろしいですかな?」
「ええ、そうです。ペン様のことはご存知ですの?」
「もちろんですとも。公爵家のご令嬢であるあなた様をお救いなさったことから、昨今の火竜退治の一件まで活躍は我々の耳にも入っておりますので」
「まあ、そうなのですか!」
と、そんな風に里長とマリー嬢がやり取りをしている。
里長が俺の活躍をヨイショしたことに、マリー嬢はご機嫌であるが、いつの間に俺の情報を知っていたんだろうか。
まあ、マリー嬢のメイドである、リンネがこの里出身だし、そこから情報が漏れたというのが妥当な考えだろう。
そんなことを考えながら、里長とマリー嬢の世間話を黙って聞いていると、何やら視線が……
「…………」
里長から視線をずらすと、里長の隣に座った黒髪の少女ーーーといっても、この里の人間は大体が黒髪か白髪であるーーーが明らかに俺を見つめていた。
やや釣り目の、無表情ながら美人という評価が下せる美少女で、彼女の目線はずっと俺に向いている。
その視線が外れたのは、里長の言葉が聞こえて、
「こちらは、私の孫娘のセツナと申します。この里にいる間、マリー様のそばに付き従わさせていただければ……」
「ーーーーセツナともうします」
俺から視線を外し、マリー嬢に向かってぺこりと頭を下げる少女。
「セツナさんですか。お歳は何歳ですか?」
「今年で一三歳になりました」
「まあ、それでは私と同い年なのですね。私の友達も同い年ですから、きっと仲良くなれますわ」
「はい、よろしくお願いします」
と、そんな風にマリー嬢と話す、セツナ。それからは、彼女の視線は俺に向くことはなく、その後は順調に会談はすすんだな。
「さて、それでは近くの川原へご同行願えますかな? ささやかながら、お嬢様方を歓迎するための催しを行っておりますので」
話が終わった後、俺たちは、里長のジュウベエさんを先導に、近くの川にむかった。
そこでは、里の者たちが釣り竿によって釣りをしており、新鮮な魚を調理し、ふるまう予定とのことらしい。
また、川での釣りが不漁の時のため、山でも狩りを行っているとか。
「そういうわけで、お嬢様方はこちらでごゆるりと寛いでお待ちください」
と、ジュウベエさんが手で示すのは、川原にしつらえられた東屋で、そこにマリー嬢たちは座って料理ができるのを待つことになる。
「待っているだけでは暇ですし、ペン様、将棋やリバーシを出していただきますか?」
「わかりました」
そういって、東屋の机の上に、将棋一式と、リバーシのセットを出す。
木製の駒や、丸く切った木片を見て、どのように使うか里長たちは、興味深げな顔を見せた。
「それは、なんでしょうかな? 何かの遊戯でしょうか」
「ええ。これはペン様が考案された遊びです。ルールは……」
マリー嬢が簡単に将棋とリバーシのルールを説明するのを里長たちが興味深げに聞いている。
俺が考案したと言われると、なんとなく気まずいというか、申し訳ない気持になってしまい、
「あー、俺は釣りに参加してきます!」
といって、その場を離れた。
川では里の男衆が、竹の釣り竿を手に魚を釣っていた。上手な者は、それなりに連れているらしい。
「さて、それじゃあ釣るとしようか」
俺は一人ごちてから、アイテムボックスから竹の竿部分と木のリールを組み合わせた釣り竿を取り出す。
近場の岩陰にいる、餌となる虫を釣り針に着けて投擲すると、ほどなく、竿に魚が食いついた感触が伝わってきた。
「よし、さっそく1匹目!」
糸を巻いて手繰り寄せると、そこそこの大きさのハゼっぽい魚が川から出てきた。
水を入れる桶をアイテムボックスから出し、魚と水を入れて、次の釣りに取り掛かる。
わりと、ここの魚は危機感がないというか、サクサクと釣り針にかかり、俺は短時間で10匹ほどの魚を釣り上げた。
「にいさん、ずいぶんと腕がいいな。それに、その竿、変わったからくりじゃねえか」
このくらいでいいかと、俺が一息ついたのを見てか、里の若い男が、声をかけてきた。
「ああ、このリールの部分は、俺が作ってみたんですよ。前に、こういうのがあるって本で見たことがあるので」
「ふーん……なあ、それちょっと見せてもらっていいか?」
「ええまあ。あ、俺はもうこれで充分釣れた思ってますし、何なら使ってみます?」
「いいのか!?」
「どうぞどうぞ。おれは魚を調理するんで。あとでその釣り竿、返してくださいね」
そういって、俺はその場を離れる。背後では、楽しそうに釣りを始めた男がいて、
「後で俺にも貸してくれー!」
と、あちこちから声が聞こえてくるのが分かった。まあ、壊さなきゃ別にいいんだけど。
そんなことを考えながら、俺は、釣り終えた魚を入れた桶を持ち、川原で調理している一角へと足を向けるのであった。




