序章:ペンタの冒険者時代71
序章ー101 クスノキ家
ヒムカの里につき、初めに向かった場所は、マリー嬢に仕えるメイド、リンネの生家であるクスノキ家であった。
広々とした敷地に、ファンタジー風の大きな屋敷と、日本的な家屋、それと、それなりの大きさの寮のような建物が立っていた。
その他にも、広大なスペースがあり、複数の建物と、空き地がある学校のような広さの場所と言えば少しは分かりやすいか。
敷地の周りには、煉瓦造りの壁が囲ってあり、入口には大きな鉄の門が設えられていた。
辿り着いた俺たちに、一人の女性を先頭にクスノキ家の使用人であろう者たちが並び、頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました。私、近代のクスノキ家当主を務めております、クオンと申します。ラザウェル公爵様のお嬢様をはじめ、みなさまを歓迎させていただきます」
マリー嬢に挨拶をしたのは、20代半ばの黒髪の女性であり、リンネの姉であるクオンという名の女性である。
目元に泣きほくろがある、おっとりとした風貌の美人であり、見る者を安心させるような雰囲気の持ち主であった。
「お嬢様たちはこちらの屋敷へ。護衛の皆さまは、そちらの建物にてお過ごしいただきます。我が家の使用人たちが使う建物で、一人が一部屋使っても部屋に余裕はありますので」
クオンさんの言葉に、使用人が数名前に出て、こちらへと案内してくる。俺も案内に続いて寮に移動しようとしたところ、
「ペン様は、私たちと同じ場所に寝泊まりいたしましょう」
と、マリー嬢がそんなことを言いながら、袖を引いてきた。
「まあ、なんたること! 馬車のことといい、慎みが足りませんよ、お嬢様!」
マリー付きの侍女がそんなことを言いながら、俺を睨みつけてくる。お嬢様を惑わす男め!くらいは思われているようだ。
「マリー嬢、侍女殿の言う通りですし、俺も泊るのは別でいいと思いますよ。それはそうと、そちらの建物は泊れないんですか?」
俺が指さしたのは、木造で瓦屋根の日本風の家屋であり、そのことを聞くと、クオンさんは、あら、と面白そうに小首をかしげた。
「そちらは、いまは亡き先祖が使っていた家屋ですね。定期的に人をやって掃除をさせていますので、住めなくはないですが……興味があるのでしょうか」
「ええ、にほ………ヒムカの里に来たのですし、やはりここは、里の文化に触れてみたいんです!」
というより、久しぶりに見た日本的な文化を堪能したい! と目をキラキラさせて言う俺に、クオンさんは、あらあら、と微笑ましいものを見るような目で俺を見る。
「そうですね……住むのは構いませんが、ヒムカの里の家屋は、他の領地とは色々と違うしきたりがありますので……リンネ、貴方が説明をしてあげるなら良いですよ」
「ええー、めんどくさ……もとい、私は、マリー様のお世話がありますので」
「あら、良いではありませんか。説明してあげなさい、リンネ」
「………お嬢様、何か企んでません?」
そんなわけで、マリー嬢たちが大きな屋敷、護衛の兵士たちは寮、俺は一人、日本的な家屋に住むことになった。
わくわくとした気持ちで家屋に向かう俺に、なんで私が……と、面倒な表情を隠さないままにリンネが続く。
木製の引き戸を開けて、玄関に入る。玄関から靴を脱いでそろえ、板張りの廊下に上がると、
「え?」
と、リンネが目を丸くしていた。どうやら、俺が土足で廊下に上がらなかったことに驚いたようだ。
家屋のあちこちを回ってみる。2階建ての木造住宅である、俺の逗留先は、1階には台所にトイレ、浴室、畳張りの部屋が3つ、2階には畳張りの部屋が一つと、板張りの部屋が2つあった。
「台所や浴槽みたいな生活回りの部分だけは、王国式になっているみたいだね」
「ええ、その方が便利ですので」
そんなことを言いながら、先ほど、廊下からチラッと伺った畳張りの部屋に入ってみる。
そこには、黒塗りの仏壇らしきものが置かれており、位牌らしき黒塗りのものもあり、焼香台も置かれていた。
「あ、そのへやは先祖を供養しているーーーー」
仏壇の前に正座し、手を合わせて一礼をすると、背後で何か言いかけていたリンネが、また黙り込んでしまった。
………ひょっとして、日本と似通っているといっても、根本は違ったりするんだろうか?
「ひょっとして、何かやって駄目なところがあったかな?」
「……いえ、問題はありません。ついでなので、私も」
そういって、リンネも俺の隣に正座すると、線香を俺の分もあげて、両手を合わせる。
それから、一通りを見て回った後で、問題ないとリンネに判断された俺は、この屋敷を里滞在中の拠点をすることになったのである。
「あら、早かったのね。寮に行ってもらえるように、説得できたのかしら?」
「いえ、共に行動してみましたが、問題がなかったので、許可をしました」
「あら、そうなの?」
「ええ、玄関で靴を脱いだことをはじめ、ヒムカの里の独特なルールもなぜかしっかりと覚えているようで、仏壇で手を合わせて拝んでいました」
「まあ……あの家を見るときに、目がキラキラしていたし、ヒムカの里のことをお勉強してきてくれたのかしら」
「………そうかもしれませんね」
「ふふ、リンネが認めるなんて、珍しいこと。ペンタくん、だったわね。興味がわいてきちゃったかも」
「ちょっと姉さん! 年齢差というものを考えてよ! それに、彼はマリー様のお気に入りなんですから、余計なことをしないでよね!」
「はぁ~い」




