序章:ペンタの冒険者時代61
序章-87 メイドさんとの30分
「改めまして、私、マリー様つきの侍女の一人、リンネと申します。主人の言付けで、ペンタ様を歓待させていただきます。まずは、こちらをどうぞ」
公爵邸の庭。マリー嬢やデネヴァ達が来るまで、庭で待つことになった俺は、リンネと名乗った黒髪の侍女の入れたお茶を見て、驚きの声を上げた。
「緑色の………緑茶………だと!?」
「おや、ご存じでいらっしゃいましたか。こちら、私の故郷、ヒムカの里にて飲まれておりますお茶です。通常は、茶葉は加工して紅茶として飲まれますが、我が里では緑色の状態のままで飲用します」
「ヒムカの里?」
「公爵領のはずれにある、小さな里でございます。独特な文化が根付いている場所で、里の者は、代々公爵様に忠義を誓う者たちが多いところです」
そうして説明すると、お茶菓子をどうぞ、とお茶請けが差し出された。
「饅頭に、せんべい、羊羹に、おこし!? これってまさか、米が!?」
「おや、米をご存じでしたか。ヒムカの里の特産品で、市場には出回っていないと思いましたが」
リンネというメイドの言葉に返答をせず、おこしをまじまじと見て、口に入れる。
複数の穀物を使ってできた、懐かしい味わいが口の中に広がり、それを緑茶ですすぐ。
そうして、次はせんべい。醤油を塗って焼いたもので、香ばしい風味が口に広がり、また、緑茶を呑んで息をつく。
「………うまい!」
「そうでしょう。ヒムカの里の菓子は、他には負けない味であると自負しております」
一人ごちた俺の言葉に、リンネは満足そうに頷くが、そのあとで不満そうな顔を見せた。
「だというのに、仲間からは緑のお茶は変だの、里のお菓子はどれも地味で、購入したくないだの、不評ばかりなのです。おかしいと思いませんか!?」
「まあ、文化の違いもあるからなぁ。和食がうけるかは微妙だろうな」
「ワショク?」
「それはそれとして、ヒムカの里に興味が出たから、教えてくれないかな?」
「それが歓待になるのでしたら、喜んでお教えします」
そうして、ヒムカの里のこととか、黒髪のメイド、リンネのこととか、詳しく聞くことになった。
リンネの名前は、リンネ・クスノキ。年齢は今年、二十歳になる女性だ。
リンネの故郷であるヒムカの里の由来は、太陽に向かって咲く、黄色い花、ヒムカの花が里の由来になったらしい。
ヒムカの花は、特徴を聞くと、どうやら向日葵の花のようで、こちらの世界では、四季による寒暖差が緩いが、それでも暑い季節に咲くとか。
先程の話の通り、和食文化のほかに、着物や神社など、独特な文化も数多くあるが、生活の便利さも考え、この世界の色々な文化も取り入れている、いわゆる和洋折衷な里であるらしい。
里の人間は黒髪の者が多く、日本的な里である可能性が高いようだ。
そんなこんなで、色々とヒムカの里について聞いていると、あっという間に時間は流れて行った。
「なるほど、それじゃあ、田んぼがあるんだ。米は精米して食べたりするの?」
「米は、籾から籾殻をとってから、炊いて食べますが、セイマイとは………?」
「米粒から、表面についている糠をとって白くするんだよ。そうすると、味が美味しくなる」
「美味しくなるのですか……! ですが、一粒一粒を白くするのは、手間がかかるのではありませんか?」
「そうだなぁ。確か人力だと、結構な時間がかかったと思うけど」
今は、米についての話題をリンネと話している最中である。
精米については、どこかで調べたことがあったような……瓶に入れた玄米を、棒でゴリゴリとするんだっけ?
「要は、米の表面をこそぎ取るわけだから、風魔法を使って何とかできそうな気がする」
「本当ですか? でしたら今度、お時間をいただけますか? 米をご用意させていただきますので」
「米を? それはありがたいです。よろこんで----」
「あらあら、随分と話が弾んでおられるようですね」
と、話し込んでいるうちに時間がたっていたのか、マリー嬢をはじめ、みんなが庭に出てきた。
全員が、身だしなみを整えてドレスアップしている。マリー嬢が来たのを見て、リンネがスッ、と俺から離れていく。
ううん、もう少し話してみたかったが、仕方がないだろう。
「おまたせしました、ペン様。……どうですか、このドレス?」
「ああ、よく似合っていると思いますよ。マリー嬢も、みんなも見違えるようだ」
「……そこは、私だけに言ってほしいところでしたけど」
そんなことを言い、庭にあるテーブルに近づくマリー嬢。そこにある、和菓子と緑茶のセットを見て、離れてたたずむリンネに困ったような目を向けた。
「リンネ、貴方はまた………もうしわけありません、このような地味なものでおもてなしするなど……すぐに見栄えの良いものに代えさせていただきます」
「いやいやいやいやいや! これが良いから! 変えなくて大丈夫です」
「え……? ですが……」
使用人を呼んで、緑茶と和菓子のセットを下げさせようとするマリー嬢だが、それを下げるなんて、とんでもない!
「これはこれで、おいしいですし、風情があってよいものですから。個人的には、こういうのも良いと思うんですよ!」
そういって、俺はつまようじで羊羹を刺すと、
「マリー嬢も食べてみてくださいよ、ほら、あーん」
「ふぁ!? あ、あー………」
驚いたように、開けられるマリー嬢の口に、羊羹を入れ込む。行儀よく、口を動かすマリー嬢に、
「ほら、おいしいでしょう?」
と聞くと、こくこくと、頬を赤らめて首を上下に動かした。どうやら、お気に召したらしい。
それから、俺たちは庭のテーブルについて、緑茶と和菓子で談笑することになった。
緑のお茶や、羊羹、まんじゅうなどは好評であったが、手で食べるせんべいと、おこしについては、令嬢は口を大きく開けるのは良くないので、食べるときに難しい、食べかすが散らばるなど、不評な点が出たりした。
「そのあたりは、改良しなければいけませんね……」
と、みんなの意見を聞いて、リンネがうなっていた。なお、後で知ったが和菓子はリンネの手作りらしい。
そんなこんなで、公爵家の庭で和菓子をつつきつつ、俺たちは穏やかな時間を過ごした。
それにしても、ヒムカの里か……いちど、訪れてみるのも良いかもしれないな。




