序章:ペンタの冒険者時代60
序章-87 少女たちのお風呂会(3人称)
ペンタがラザウェル公爵のもとに向かった直後、公爵家令嬢、マリーは微笑みながら口を開く。
「御父様とペン様の話は長引きそうですし、皆さまはこちらへ。くつろげる場所をご用意いたしておりますわ」
そういって、歩き出すマリー。そのあとに、すかさずセレスティアが続き、リディア、ウルディアーナとベルディアーナのエルフ姉妹が続き、デネヴァとジャネットが最後尾からついていった。
マリーが皆を案内したのは、公爵家の浴場である。脱衣場に来たマリーは、
「私の侍女の一人に、リンネという名の者がおります。彼女の故郷では”裸の付き合い”というものがあり、同性同士で湯につかり、日々の疲れを癒したり、裏表のない話をするものと聞いておりますの。セレスと、ベルディアーナさん、リディアさんとも時々こうしたことをしておりますのよ」
と、そんなことを口にした。
そんなわけで、みんなで風呂に入るため、脱衣場で着るものを脱ぎだした。着飾っているマリーをはじめ、何人かの着脱に補助が必要な場合には、そばに控えていた侍女が裸になるのを補助している。
そうして、皆が脱いでいる中で、ひときわ視線を集める者がいた。
「うわぁ~、ジャネットさん、凄い筋肉ですね」
「腹筋が………どうやったら、そのように鍛えられるのですか?」
お風呂に入る面々の中で、ひとり19歳の成人であるジャネットは、鍛え上げられた身体つきをしている。
女性のボディビルダーのような身体つきに、リディアは感嘆の声を上げ、セレスティアが興味深そうに質問をする。
「日々、訓練をしておりますので。あとは、食事ですね。鳥肉などを好んで食しています」
「鶏肉ですか。私も、せめてその半分くらいは筋肉をつけたいんですけど……なかなかつかなくて」
「セレスティア様は、まだ成長前ですからね。焦らずとも、訓練を続ければ、いずれは筋肉がつきますよ」
「じゃあ、訓練を続けていれば、大きくなったら、おっぱいもつきますか!?」
「………それは、個人差があるかと」
リディアの言葉に苦笑し、ジャネットは視線を別方向に向ける。そちらでは、姉妹仲良く着替えている、ウルディアーナとベルディアーナの姿があった。
凹凸の少ないウルディアーナと、胸がとりわけ大きいベルディアーナを見て、
「なるほど、個人差ですね………」
と、どこか達観したように、遠い目になるリディアであった。
裸になった少女たちは、浴場に足を運ぶ。
「へえ、なかなか広いじゃない」
皆が全裸の中、一人だけバスタオルを身体に巻いているデネヴァが、公爵家の浴場を見渡しながら、そう口にする。
公爵家の浴場は、大理石で出来た広々としたもので、女神の形をした像から、こんこんとお湯が沸き出ている。
明かりとりの窓から光が差し込み、湯気が立ち上る。なぜか、光やら湯気やらで互いの体の一部が見えづらくなっていたりするが、そのことを気にする者は、この場にはいなかった。
「数代前の公爵家当主が、お風呂の良さにこだわっていまして、この浴場をつくったらしいですよ」
「マリー様、お背中をお流ししますので、こちらへどうぞ」
「ありがとう、セレス。それじゃあお願いしようかしら」
セレスティアに連れられ、洗い場に向かうマリー達。お湯に入る前に、身体を洗うのがマナーと聞かされて、皆で泡をつけての洗いっこを繰り広げた。
「う~ん、ベルちゃん、相変わらず大きいね。何を食べたらこんなに大きくなるのかな?」
「ふぁっ!? リディアさん、変なところを、触らないでくださいよぉ」
「ベルディアーナが、あんなに楽しそうにしているなんて………良い友達が出来たのね」
泡だらけで、もみ合いをしているリディアとベルディアーナを見て、姉であるウルディアーナが満足そうに頷きながら微笑んだ。
その他にも、マリーとセレスティアのペアで洗いあいをして、残りのデネヴァ、ウルディアーナ、ジャネットの3人で互いの体を洗っている。
特に、ひとり身体の大きいジャネットは、前をデネヴァ、後ろをウルディアーナという体勢で洗われていた。
「うーん、こういう風にしていると、ペンタを洗っていたことを思い出すわね」
と、ジャネットの前側を洗っていたデネヴァが、そんな発言をした。
それを聞きとがめたのは、マリーである。聞き捨てならないようで、微笑みを絶やさないながらも、目は笑っていないという風に、デネヴァに問いかけた。
「あら、デネヴァさんは、ペン様とお風呂に入ったことがありますの?」
「ええ、ウルディアーナも一緒だったわ」
「まあ、それはそれは………」
ひゅう、と温かいはずの浴場に寒気を感じたものが何名か。そんな中で、マリーとデネヴァは言葉を交わす。
「それは、どういった経緯で? 差しさわりなければ、お教え願いたいのですが」
「経緯って言っても、宿屋に泊った時に、お風呂が沸いたから一緒に入っただけよ。ペンタは家族みたいなものだし」
「え、私? 私にとってはペンタは弟みたいなものだから」
顔を向けられたウルディアーナは、小首をかしげながら、そう口にする。それをマリーはじっと見ていたが、デネヴァとウルディアーナの言葉と態度から、
「なるほど、家族、と弟、ですか。それならまあ、よろしいですかね」
そんなふうな、判断を下した。そんなマリーを見返しながら、デネヴァは、
「ひょっとして、ペンタとお風呂に入りたかったりするの?」
と、そんなことを聞いてきた。それに反応したのは、セレスティアである。
「な、そ、そんな破廉恥なことを考えるはずがないだろう! そうでしょう、マリー様!」
「あら、セレスは入りたくないのね。じゃあ、私だけペン様と入れるように頼んでみようかしら」
「ま、マリー様!?」
マリーからの思わぬ返しに、セレスティアは涙目になる。それを見て、ウルディアーナが肩をすくめながら諫めた。
「こら、そんな風にいじめるものじゃないわ。セレスさんだっけ? あなたも、時には素直になることも必要よ。あ、あと、ペンタは押しに弱いから、難色を示しても、ごり押しすれば一緒にお風呂に入れると思うわよ」
「なるほど、ごり押し………」
「リディアちゃん、何か言いましたか?」
「ううん、なんでもなーい」
そんな感じで、洗い場で一通り、全員の体が洗い終わった後で、広々とした浴槽につかり、それぞれがお風呂を堪能した。
「せっかくですし、ペン様のことについて教えてもらいましょう」
なお、お風呂の中でも話題になったのは、ペンタについてである。
発端となったのはマリーの一言で、それから、それぞれのペンタとのエピソードを皆で語り合った。
デネヴァは、ペンタとの出会いから、冒険者としての生活の一端を、
マリーは、自身が襲われたとき、それをペンタに助けられた一幕を、
セレスティアは、ペンタが子爵家に逗留しているときの鍛錬の様子を、
ウルディアーナは、ペンタが助けに来た、巨人との闘いを、
ベルディアーナは、公爵家に来るまでに、ペンタに可愛がられた一幕を
リディアは、孤児院でのペンタの先生としての姿を、
ジャネットは、つい最近にパーティに加わったことで、あまり語ることはなかったが、戦闘でのペンタの身のこなしや剣技について、
そんな感じで、皆でワイワイと語り合っているうちに、かなりの時間が経過した。
その後、湯から上がり、全員が侍女によって身だしなみを整えられて、ペンタの待つ中庭に向かう。
ペンタが中庭についてから30分ほど待っていると、湯上りに着飾った全員が、その場にたどり着くことになったのであった。




