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序章:ペンタの冒険者時代59

序章-86 公爵邸にて


都市・タルカンの貴族の館が立ち並ぶ中で、ひときわ大きな邸宅が、ラザウェル公爵邸だ。ギルフォード子爵邸とは徒歩数分といった距離であるが、双方の館に訪れる際は、馬車を使うのが普通のようだ。

貴族というものは、お出かけ一つでも人員や手間をかけるものである。子爵邸から公爵家へ向かう馬車の中で、俺はそんなことを考えていた。


なお、馬車内の席次は、対面にデネヴァとウルディアーナ。こちら側は俺をはさんで、リディとセレスティアが座っている。

どうやら席順は、事前に決めていたようで、ジャネットは護衛に交じって、馬車の横で馬に乗っていたりする。


わずか数分の馬車ということもあり、特に会話らしい会話はしなかったが、リディは終始にこにこしており、俺の方に身体を傾けてきたり、セレスティアはそんなリディの様子を見て、もの言いたげな顔をしていたりした。


そんなこんなで、公爵邸に到着する。先ぶれは済ませており、公爵邸の庭には、使用人やメイドが並んで整列しており、マリー嬢が朗らかな顔で俺たちを出迎えてくれた。


「おひさしぶりです、ペン様。皆様も、ようこそ、いらっしゃいました」

「ああ、どうも……」


近くに寄られて、うるんだ目で見上げてくる水色の髪の美少女公爵令嬢。13歳とは言え、レディとしての成長はこの数か月、会わなかった間にもしているようで、俺はなんて答えたら良いかわからず、照れくさくなり顔をそらした。

そんな、何とも言えない空気を変えてくれたのは、


「ウル姉さまっ、お久しぶりです!」

「あら、甘えん坊さんねー」


俺たちの横を通り過ぎて、ウルディアーナに抱き着いた、ベルディアーナの様子に、微笑ましくなって肩の力を抜く。


「お久しぶりです、マリー嬢。ついて早々ですが、公爵閣下にお取次ぎ願えますか? 報告すべきことがありますので」

「そうですね。御父様は執務室にいらっしゃいます。家人が案内いたしますわ」


マリー嬢の言葉に、メイドの一人がすすっと前に出てきた。どうやら、彼女が案内をしてくれるようだ。


「他の皆さまは、こちらへ………女性同士、仲良くお話合いをしましょう」


メイドの後について、屋敷内に向かうと、耳にマリー嬢の言葉が聞こえてくる。どうやら、他の皆は、マリー嬢とお茶会でもするようであった。



「やあ、よく来てくれたね。まあ、座りたまえ」

「失礼します」


公爵邸の執務室にて、メイドに連れられて入室する俺に、公爵様が手近なソファを指して座るように指示してくる。それに従って座ると、俺の対面のソファに、公爵様は腰を下ろした。


「手紙で状況を知らされた時は驚いたよ。随分と、例の子爵に困らされたようじゃないか」

「まあ、当初は自分たちで、どうにかしようかとも思いましたけど……子爵の子息が出てきてからは、この状況をうまく使えないかと、相手の行動を黙認しているところもありましたからね」

「そうして、子爵の愚息はうちが所有している館を占拠してしまったわけだ。まあ、手を出す前に詳しく調べれば、我が公爵家が背後にいると分かることだろうし、子爵家の失態であるな」


それを利用して、こちらもうまく事を運べたよ。と笑みを浮かべる公爵様。

なんでも、マリー嬢に婚約の申し込みの釣書が山ほど送られてきたが、今回のジャスドー子爵家の事件で、ジャスドー子爵家と懇意にしている家には、お断りの申し出を送ったらしい。

上は、第3王子やデンバー侯爵子息、下はジャスドー子爵の子飼いの男爵家まで……その多くが、婚約の申し出の却下に加え、今後の公爵家との付き合いも考えさせてもらうと通達がいき、嘆きの声と、ジャスドー子爵家への怒りの声が上がっているとのことだ。


「マリーを伴侶に、っていうあちこちからの申し出も、多少は処理できたからね。今回の件はありがたいものだったよ」

「それなら、良かったですけど……一応、これが今回の報告書になります」


そういって、アイテムボックスから十枚ほどの書類を取り出し、テーブルの上に置く。ジャスドー子爵家と事を構えることも考え、彼らのやっていることも調べ上げ、証拠になるものを記載している。


「なるほど、後で詳しく見ておくとしよう。とはいえ、いまさらという感もあるが……」

「………いまさら、とは?」

「ああ、君たちはまだ知らなかったか。王家から通達が来てね。今回のジャスドー子爵家の行ったことの責任を取り、子爵と子息は死亡。妻と娘は国外退去。ジャスドー子爵家は遠縁の者が継ぐことになると書いてあった」


本当は、子爵家が何をしていたのか、詳しく調査をしてから断罪しようと思っていたが、どうやら、上の方々にも色々と思惑があるらしい。と、公爵様は肩をすくめる。


「子爵家の件を掘り下げると、困る貴族がいるのか、あるいは、さっさとこの件を処理して、公爵家の機嫌を取りたいだけなのかは分からないところだが」

「子爵と息子は死んだから、今回の件はこれまで、って、王家から言ってきたわけですか……」


俺の質問に、そういうことだ。と頷く公爵様。知らないうちに事件が解決したような感じで気分的には微妙だが、子爵家からのちょっかいがなくなるというのなら、文句はないところである。


「さて、子爵の件が解決したわけだが、君たちはこれからどうする?」

「そうですね。こちらに来たこともあるし、ドワーフの里に行って武具の修繕を行ったり、その他にも、なんだかんだでひと月ほどは滞在する予定です」

「そうか。実のところ、しばらくはこちらでゆっくりしてくれると、ありがたいところはある。今回の件で、幽霊が出た上に、他人に土足で上がられた屋敷を放置するのもどうかと思い、一度更地にして、館を新たに建てるように命令した」

「は?」

「これは、マリーの意見でもあってね。せっかくの新しい住居なのだし、これを機に新しくしてほしいと」


まあ、色々とケチがついた建物だし、そう思うのも無理はないが、実際に取り壊して館を立て直すとか、随分とお金がかかることをするものである。

とはいえ、公爵家という大貴族だし、家一つ立て直すくらいは、余裕なのだろう。


「さて、ひとまずは子爵家の一件については、おおよそ解決したと思うが……何かまだ、気になることとかはあるかね?」

「そうですね………あ、一ついいですか? 新しく、俺の仲間になったジャネットという女性がいるんですが……」


俺は、ジャネットの生家のダルクス家が、ジャスドー子爵家に嵌められて、没落したことを上げ、他にも、ジャスドー子爵家によって被害を受けた家があるのなら、助けてあげられないかと言ってみる。

だが、公爵様はその提案には難しい顔をした。


「確かに、子爵に陥れられた家には同情するべきところはある。だが、その全てを救い上げるのは難しいな」


つい先日の没落ならともかく、何年も前からともなれば、一家離散し、断絶した家もあろう。そういった家を復興させるには、色々と王家からの制約もあり、難しいらしい。


「そうですか………」

「ふむ、だが、そのジャネットという女性のダルクス家ならば、復興の機会はあるかもしれんな」

「それは、どうやってですか?」

「単純なことだ。これまで通り、きみは仲間とともに魔神の迷宮を攻略しなさい。その成果が良いものになれば、その功績において、ダルクス男爵家を復興させるという願いもかなうだろう」


魔神の迷宮の奥深くまで行くほど、のちの攻略は楽になる。聖女を有する公爵家としては、成果を出せば、男爵家の復興に援助は惜しまない、とのことだ。


「………その件、公文書としていただいても?」

「正式な形式の契約書類としてか……よろしい。数日内に用意させよう」


そんなやり取りを最後に、話を終えた。執務室を退出すると、メイドにより案内をされる。

通されたのは、公爵邸の中庭であり、そこには………誰もいなかった。


「あれ? マリー嬢やみんなは?」

「皆様は、湯あみを楽しんでおられます。終えるまで、少々お待ちになってください」


それまでは、お世話をさせていただきます。と、メイドさん。どうやら、女性陣は皆で、お風呂に入っての話し合いをしているようである。

そんなわけで、小一時間ほど、俺は一人+メイドさんで、中庭でお茶をしつつ待つことになったのであった……。

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