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序章:ペンタの冒険者時代56

序章-84 子爵家の親子との対峙


エビース商会から報告を受けて、俺はエビースさんのもとに向かう。エビース商会に届けられた子爵家からの手紙では、館について話したいということで、表向き、新しい保有者として目立っている俺も、話に加わってほしいとのことだ。

エビースさんに会い、応接室でそのような説明を受ける。これから行われる話し合いの対応をエビースさんと二人で打ち合わせをしていると、


「ジャスドー子爵家の方々がお越しになりました」

「なんと、予定された時間よりも、少々早いですな」

「これはあれかな。俺が時間通りにきていたら、時間通りでも最後にきて、男爵なのに子爵を待たせるとはって、先制をする気だったのかもしれませんね」


そんなことを話しつつ、ジャスドー子爵家の来訪を待つ。しばらくして、部屋に入ってきたのは二人の男。片方は、美形ではあるが底意地の悪そうな目をしているオルグ・ジャスドー。

もう一人は、身なりの良い渋めの顔の男で、年齢的にはうちの両親と同等。おそらくは、子爵家の長で、オルグの父親だろう。


「………予想以上に、早いようだな」

「我々としても、子爵様を待たせるのは良くないと思いましてな。ささ、お座りください、子爵様、ご子息様」


へこへこと頭を下げるエビースさん。それを当然という風に、二人の男は席に着く。

席に着くと、ジャスドー子爵は、エビースさん、俺と視線を向けて、淡々とした口調で言葉を発した。


「ロースト・ジャスドーである。我が息子、オルグからエビース商会が困っていると聞いてな、足を運んだ」

「はて、困っているとは………何のことですかな?」


首をかしげるエビースさんに、オルグが自信満々という風にふんぞり返って口元を曲げる。


「俺たちが売った館のことだよ。なんでも、偽の契約書が出回ってて、扱いに困っているようじゃないか」

「ああ、そのことですか。大丈夫ですぞ。来る者たちは、穏便に去ってもらっていますからな」

「はっ、金を渡して立ち退いてもらっているんだろう? だが、それも何度も続けば馬鹿にならないだろう」


そこでだ。と、オルグは言葉を切ると、もったいぶるように一溜めしてから、恩着せがましい言葉を発した。


「この件、ジャスドー子爵家が預かろうじゃないか。男爵家風情じゃ、解決できない問題だろうしなぁ」

「……自分が企んどいて、よくいうなぁ」

「なんかいったか?」


オルグの言葉に、いや、と肩をすくめる。そんな俺をジャスドー子爵は一瞥し、重々しく口を開いた。


「無論、ただとは言わん。わずかながら金も渡そう。それでいいな」

「え~~~……それは少し、こちらも困りましてな」


子爵の言葉に待ったをかけたのは、エビースさん。ぎろりとジャスドー子爵ににらまれても、ニコニコ笑顔は崩れなかった。

そんなエビースさんの発言が気に入らなかったのか、オルグがエビースさんにかみついた。


「なんだよ、いいから早く、こっちの言うとおりにしろ! たかが男爵と商人風情が、子爵家にかなうと思うのか!?」

「………いやはや、困りましたな。ここまでとは。これは、”あの御方”にどう報告すればよいのか。私もお怒りを免れそうにありませんな」


オルグの言葉に、エビースさんは困ったように肩を落とした。そんな彼の肩を俺はポンと叩いて明るく言う。


「大丈夫ですよ。先日出した手紙で、エビースさんには良くしてもらっているって伝えてますし、実質、被害者だってことも書いておきましたから」

「おお、それはありがたいですな」


と、やり取りとする俺達。オルグはきょとんとした顔をしているが、子爵はきな臭いものを感じたのか、眉間にしわを寄せながら、こちらに向かって問うてきた。


「まて………あの館は、そこの男爵のために、貴様が購入したのではないのか」

「俺じゃないですよ。男爵程度が、あの土地付きの館を買えるくらいに裕福だと思います?」


そんな風に返す俺。実のところは、冒険者稼業でそこそこに儲けているので、買えなくもないが、そういうことにしておく。


「カーペンタ・パウロニア男爵は、館に住み、不備がないかを確かめて、いずれは本来の持ち主に渡すといった役目を負っておられますな。そうそう、館の持ち主でしたな。今回、私が購入したのはラザウェル公爵閣下の命令を受けてですな」

「公爵……?」


思わぬところから、大物の名前が出てきたことで、ジャスドー子爵は目をむく。オルグの方は焦ったように声を荒げた。


「ふ、ふざけるな! そんなわけないだろう! たかが商人が……」

「申し訳ありませんが、事実でしてね。公爵様の愛娘である聖女様は、いずれ王立学園に通う身。通学を楽にするために、あの館を購入することになったのです。ところが、幽霊などが出る、いわくつきのもとのは聞いておりませんでしたなぁ」

「せ、聖女様だと……!?」


あんな事故物件を売り渡して、と、言外に告げるエビースさん。


「はい。いずれはあの館から、聖女様が学園に通われる予定でした。まともな物件でしたら、館をかつて持っていたよしみということで、縁がありましたでしょうが、残念でしたな」

「くっ………あの平民が! 幽霊なんぞになりやがって!」


怒りに任せて、テーブルをたたくオルグであったが、幽霊の原因を作ったのが、自分であると認めたようなものである。

そんな彼の怒りをどこ吹く風という風に、エビースさんは話を続ける。


「まあ、幽霊騒ぎまでなら、私としても公爵様方を心配させずにすむよう、内密にいたしましたとも。ですが、今回の件はまずかったですな。”聖女様が住まう予定の館”に、自分の権利だと叫んで住み着くものが、なんと多いことか。土足で踏み込んだものはもちろん、画策したものもただでは済まないでしょうなぁ」

「ああ、偽の権利書については、あんたが広めたんだろう、オルグ。その件はすでに、公爵様に手紙で知らせているから」


続けて言った俺の言葉に、はっ!? と驚いた後、怒りで顔を赤くするオルグ。色男が台無しである。


「ふ、ふざけるな! 冤罪だ! 子爵家の長男を陥れようとするなら、こっちにも考えがあるぞ!」

「何をするかは知らんけど、館を占拠したお前の子飼いの部下なら、既にとっ捕まえて、鉱山送りにしてあるぞ」

「な………」


俺の言葉に、口をパクパクさせるオルグ。それを見て、黙っていた男爵が口を開いた。


「………いくらだ? いくらで口を閉ざす?」

「なっ、父上!」


それは、今回の件をもみ消そうという要求だが、それを呑む気はこちらにもなかった。


「生憎ですな。これでも、公爵家の御用商人をしておりますので、商人は信用が大事ですからね」

「俺は商人じゃないけど、ラザウェル公爵に一応、信用? されているから、その期待は裏切れませんね」

「ほっほっほ、ペンタ殿は公爵様はもとより、聖女様からも気に入られているようではないですか。宿に、手紙が良く届くと聞いておりますぞ?」


マリー嬢からは、時々、近況を伝える手紙が来ている。日々の暮らしから、色々と書かれていて、楽しく読ませてもらっていた。

そうそう、なんでも最近になって、勇者となる娘も迎え入れたということも書かれていたな。

武具の修繕などで、都市・タルカンにも立ち寄ろうと思っていたから、会うのが楽しみだったりする。


「………というか、聖女様が一番に憤慨なさるのは、最近になって近隣に出回っている、ペンタ殿の悪い噂の方ですかな。知ったら、企んでいた輩はただではすまないでしょうな」

「いや、そうはならないと思うけど。あ、でも悪い噂が流れているっていうのも、先日の手紙には書いておいたな」


そんな風に、言葉を交わす俺とエビースさん。ジャスドー子爵はむっつり黙っており、オルグはというと、下を向いてぶつぶつと、こんなはずは……などと呟いているだけである。


「まあ、そういうわけで、私たちに懐柔は効きませんな。ひとまずは、王都なり、公爵様のご領地なりに、詫びに伺うのがよろしいでしょう」

「……………失礼する。帰るぞ」

「ち、父上、まっ………!」


オルグの襟首をつかんで、ジャスドー子爵は足早に部屋を出て行った。オルグは連れていかれる際、俺に憎しみの目を向けていたが、それだけである。

静かになった応接室で、俺とエビースさんは一つ大きく息をついた。


「何とかなりましたな、ペンタ殿」

「ですね……」


オルグはバカ息子であったが、ジャスドー子爵の圧は別格であった。今回、オルグが盛大に自爆したおかげで、話し合いの余地もなかったが、最初からこの件に子爵本人が絡んでいたら、きっと今とは違う結果になっていただろう。

そんな風な凄みのある、ジャスドー子爵家の支配者であった。



それから、ジャスドー子爵家によるちょっかいは消えつつあった。

いまだに館に来る、自称な権利者は、公爵家の名を出してお帰りいただき、ごねたり暴れるものは、捕まえて鉱山送りにする。

街中にはびこっていた、俺たちの悪い噂も、消えつつあった。


そうして2週間ほど、事後処理をしていると、公爵様からの手紙が宿に届いた。


『今回の件について、話を聞きたいので、タルカンまで来てくれ。マリーもさみしがっている』


と、実際は上の内容を華麗な文脈と言い回しで書かれた手紙を受け取り、俺たちは公爵領の本拠地、都市・タルカンに向かうことにした。

公爵様への報告とともに、ジャネットの武具を修繕、強化するため、ドワーフの里にも向かう予定であった。

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