序章:ペンタの冒険者時代49
序章-78 ジャネットの過去(3人称)
ロバルティア近郊の鉱山を所有する、ダルクス男爵家。男爵家にしては、裕福な生活をしている一家には、男爵と妻のほかに、二人の少女がいた。
姉はカトレナ。物腰が柔らかく、見ているものをほっとさせる笑顔を持つ少女。
妹はジャネット。男勝りな気質で、利発なところがあり、また、冒険譚にあこがれ、女だてらに剣の修行をしていた。
事の発端は、ある日のこと。馬車で出かけたカトレナが、一人の青年を家に連れてきたことから始まった。
「川でおぼれかかっていたの。身なりからして、相応の家の方でしょうし、看病しないと……」
そういって、カトレナが連れてきたのは、見目麗しい貴公子のような青年である。
幸いにも、すぐに意識を取り戻した彼は、オルグと名乗り、カトレナの献身的な介護により、みるみる回復した。
「実は、私はジャスドー子爵家の一人息子なのです。カトレナさんのやさしさに触れ、妻として迎えるのなら、彼女のような優しい人が良いと思ったのです」
体調が完全に回復すると、オルグという青年はダルクス男爵家に、土産を片手に頻繁に訪れるようになる。
若い子爵家子息の心を射止めたと、男爵夫妻は喜び、カトレナもまんざらではない様子であった。
ただ一人、ジャネットだけが、ほがらかな表情の合間に見せる、冷たい目を見て、警戒をしていた。
それから数か月間、表面上は平穏な時間が続いた。カトレナとオルグは、連れ立ってのデートや、二人の時間を過ごすようになり、親密な関係に発展していた。
また、オルグは手土産を男爵だけでなく、領民の多くに配ったこともあり、
「男爵様の入り婿は、良いお方なんだろうなぁ」
と、領民たちからも、オルグは気立ての良い、ハンサムな若領主のような立場で見られるようになってきたのである。
そんな中、オルグはダルクス男爵に一つの提案をしてきた。
「良い利益をあげる話があるのです。ひとつ、参加してみてはいかがでしょうか?」
聞く限りは、リスクの少ない投資ということもあり、男爵もまあ、試しにならと、了承しようとした。
だが、そこでジャネットが断固として反対の意見を述べたのである。
「ダルクス家は、古来より質実剛健で通してきた家ではありませんか。そのようなうさん臭い話を受けるべきではありません」
「まあ、ジャネット。オルグ様に失礼ですよ」
「姉さまは、この男に絆されているのです! 私は断固として反対です!」
そういうと、ジャネットはオルグをにらみ、部屋から出て行った。
「いや、娘がすみませんな。いつもじゃじゃ馬で、扱いに困っておるのです」
「いや、妹さんの気持ちもわかります。ここはどうでしょう? 試すにしても、もう少し小額からでは」
と、静かに笑みを浮かべるオルグに、両親はそれなら……と儲け話に乗ってみることにした。
結果は、大成功であり、ダルクス男爵家には想定外の大金が転がり込んできたのである。驚きつつ、感謝の言葉を述べる男爵夫妻に、オルグは、
「これからも、懇意になる間柄ですし、当然のことですよ」
と、恩を着せることもなく、ニコニコと笑っていた。
その後も、何度も少額の儲け話を成功させると、ダルクス男爵夫妻は、すっかりオルグを信用し、色々なことを相談するようになった。
その中には、男爵領の経営のことなども混じっていたが、ジャネットが苦言を呈することはなかった。
というのも、最初の儲け話のころから、ジャネットに関する悪いうわさが、領内に出回っていたからだ。
あちらで暴力をふるい、こちらでは権力をかさに暴言をする……当人は真実、かかわりのないことであったのだが。
そのような噂を両親は真に受け、ジャネットにありもしないことで注意をし、ジャネットが知らない、冤罪だといっても取り合わなかった。
「なんという不出来な娘だろう……!」
「本当に、カトレナは良い方と縁があったというのにねえ」
「オルグ様は、良い方なのですよ」
両親に、不出来な娘と決めつけられて遠ざけられ、姉からは責めるような目を向けられる。領民からは、
「あれが、領主様の子の、駄目な方か」
「不詳の問題児、暴力をふるう娘なんですって」
と言われ、日々、疲弊していった。
そうして、準備は整ったとばかり、オルグはまた、儲け話を男爵に持ってきたのである。
ただ、それは今までの比ではない大口のもので、少額ながら借金をして金をねん出することも含まれていた。
「そうか、オルグ殿の言うことなら間違いないだろう」
と、深く考えずにオルグの言うままに契約しようとした両親を、ジャネットがいさめた。
「父上、お願いです……その男の甘言に乗らないでください……! このままでは、ダルクス家は食いつぶされてしまいます!」
「馬鹿を言うな。オルグ殿のいうことに、これまでも間違いはなかったであろう」
「そうです、他人をこきおろすより、貴方ももう少し、身を正しなさい。悪い噂は、ここまで届いておりますよ」
だが、ジャネットの言葉は、両親から一蹴された。もはや、どうにもならないと察したジャネットは、その日のうちに、荷物をまとめて家から出た。
「修道院へ入ります。あとのことはどうぞお好きに」
この一文だけを残し、ジャネットは姿を消した。姉のカトレナは、ジャネットを追い詰めてしまったと泣き崩れたが、
「まあ、そのうち、ほどぼりをさましたら戻ってくるだろう」
と、両親は大した心配もせず、大口の取引の方に気持ちが向いていた。
そうして、破滅の時は訪れる。
大口の取引は、大した利益も上がらず、大きな損を出した。
慌てたダルクス男爵はオルグと連絡を取ろうとしたが、そうする前に、男爵のもとに、さらに一人の金貸しが訪れた。
「返済が滞りそうなので、一括で払ってもらいましょうか」
そう、提示された借用書---オルグに勧められて書いたもの---は契約した当時よりも、ゼロが2つほど多く記載されていた。
「こんなものが払えるか! 借用書を改ざんしているではないか!」
「ですが、払ってもらわないといけませんね。ここを見てください」
そうして、男が示す借用書の隅には、この契約は、デンバー侯爵家が契約を保証すると書かれている。
子爵家どころか、その上の侯爵家が加担していると知り、ダルクス男爵の脳裏に浮かんだのは、
はめられた! の一言であった。
それからは、淡々と話が進んだ。ダルクス男爵は破産し、自ら命を絶ち、母親は娘を連れ、実家へ帰った。
ダルクス男爵領と、所有する鉱山はジャスドー子爵家の管轄下に入り、デンバー侯爵家には金が振り込まれたようだ。
そんなこんなで、一つの男爵家が没落して数か月後、一人の女性が、ロバルティアの冒険者ギルド長、ロビンソンのもとを訪れた。
それは修道院に入っていた、ジャネットであり、彼女はギルド長に深々と頭を下げて懇願した。
「どうか、私を鍛えてください」
知己であるダルクス男爵家の顛末を人づてに知り、内心で後悔していたロビンソンは、自身の知り合いである、冒険者にジャネットの教練を頼んだ。
それから数年。わずかな人間以外とは言葉を交わさず、鍛錬と、一人での冒険者活動を続けていたジャネット。
年月が経ち、年齢は19歳。貴族子女としては行き遅れともいわれかねない年齢のジャネットが望むのは、
いずれは手柄を立てて、ダルクス家を再興することと、一家を没落させた張本人、オルグ・ジャスドーへの復讐であった……。




