序章:ペンタの冒険者時代47
序章-76 翌日、館前での騒動
「親方、こっちの準備は終わりました!」
「おーし、そっちも始めとけ! あとで見に行く!」
威勢の良い掛け声とともに、複数の大工が館内を闊歩し、修繕を始めている。
幽霊のロゼニが成仏した後、翌日の朝いちばんに、俺たちはエビースさんのもとに向かい、事の仔細を打ち明けて、幽霊が出なくなったことを伝えた。
その報告に、エビースさんはことのほか喜ぶと、ギルドに幽霊退治の依頼の終了を知らせる使いを出し、館の修繕の再開をするように指示を出した後で、俺たちをもてなしてきた。
そうして、しばらく歓談した後、俺たちとエビースさんは、今後の拠点となる予定の館に向かった。
さっそく、エビース商会と提携している大工たちが、館内の修繕に取り掛かっていた。
いままでは、幽霊に邪魔されていたこともあり、最初はおっかなびっくりだったが、しばらくして、本当に幽霊が出てこないことを確認してからは、威勢の良い掛け声とともに作業を進めているのが見える。
「これでようやく、館を使えるようになりますな。とはいえ、大工たちが言うには、全部の修繕が終わるのに、ひと月くらいはかかるとのことでしたが」
「別に、急ぐようなこともないですし、俺達は構いませんよ」
「今の宿も、居心地良いからね。宿代さえ肩代わりしてくれれば、問題ない」
「それはもちろん、私の方でお出しいたしますとも」
ほっほっほ、と、悩んでいた案件が解決したからか、エビースさんは朗らかに笑う。だが、この館に関しての問題が、また起ころうとしていた。
「へー、本当に幽霊がいなくなったようだね」
「ぬっ!? お、オルグ様……!?」
掛けられた声に振り向くと、ガラの悪い男たちをつれた、優男風の青年が、こちらに歩いてきた。
俺の隣にいた、エビースさんが渋い顔をする。おそらくは、幽霊付きの物件を売り渡してきた、ジャスドー子爵家のオルグ・ジャスドーではないだろうか。
「いったい、何の用ですかな?」
「いやぁ、とある筋から、この館を占拠した幽霊がいなくなったと聞いてね。だったら、元の持ち主が返ってくるのが、当然かと思ってねぇ」
「………何が当然かは知りませんが、この館は、正式に私が買い取り、他の貴族様に譲渡いたすのです。そのような無法は困ります」
「ふん、商人風情が。お前は黙って、僕のいうことを聞けばいいんだ。それとも、その貴族様ってのは、うちより偉いのかい?」
「それは----」
「俺が、この館に住む者だ」
エビースさんとのやり取りに、俺は横から口をはさんだ。正直、このオルグってやつは話を聞く限り、ろくでもない奴と思ったし、実際に目の当りにしたら、さらに気にくわない奴ということは分かった。
ただ、エビースさんとのやり取りで、実際にこの館を購入したのが、ラザウェル公爵家ということは知らないようだ。
なので、ここは引っかけさせてもらおう。
「ふん、見慣れない顔だな。どこの田舎者だい?」
「カーペンタ・パウロニア男爵だ。知らないのも無理はないな。田舎の出だからな」
「なんだ、田舎の男爵家か。だったら話は早い。俺はジャスドー子爵家のオルグ・ジャスドー。子爵家に男爵家が逆らうなど片腹痛い。さっさと、屋敷を開け渡すんだな
「断る」
「………は?」
俺の即答に、オルグはポカンとした顔をする。俺は一つ肩をすくめると、淡々と口を開いた。
「生憎だが、この屋敷を手放すつもりはない。そもそも、もうそっちには、館に住む権利もないだろう。挙句に、脅しをかけてくるとか、恥ずかしいとは思わないかね」
「貴様、その言葉、後悔することになるぞ?」
「どう後悔するのか、ある意味楽しみだな。ひとつ言っておくが、手を引くなら今のうちだぞ?」
俺の言葉に、オルグの背後のごろつきたちが、剣呑な雰囲気になるが、当のオルグは俺をにらむと、舌打ちを一つして踵を返した。
「今に見ていろ」
その言葉を吐き捨てて、オルグたちは去っていった。どうにも、空気が悪くなったので、俺はアイテムボックスから、あるものを取り出して、まきだした。
俺の行為に、ウルディアーナが興味深げに質問をしてくる。
「何をまいているの?」
「塩」
「ちょ……貴重品じゃないの! やめなさい!」
いわゆる、塩まいておけ! を実践したのだが、なぜか俺が怒られてしまった。まあ、塩はこの世界では貴重だしな。海とかあったら、塩が作り放題であるが、この国は海に面していないし、塩もそれなりの値段がする。
「それにしても、肝が冷えましたよ……いったい、なぜあのようなことを」
俺が、ウルディアーナに塩のツボをとられていると、エビースさんがそう聞いてくる。
「まあ、あのオルグってやつが気に入らないのもそうですけど、エビースさん、あの場でラザウェル公爵の名前を出そうとしましたね?」
「ええ、そうすれば、さすがにジャスドー子爵家とはいえ、手を引かざるをえませんから」
「それを止めて、あいつらに俺がこの館の新たな所有者と錯覚させようとしたんですよ。もともと、幽霊付きの事故物件を押し付けてきたんだし、エビースさんだって、あいつらにいい気持ちは持ってないでしょう?」
「それはまあ、そうですが、相手は貴族様ですからね。顔で笑って、心で泣いてというやつですよ」
「そこで、俺が矢面に立てば、あなどってさらなる行動を起こすんじゃないかとおもったんですよ。たとえば、さっきのゴロツキを率いて、館を占拠したりとか」
「…………それは、大変なことになりますな」
「ええ。”知らないこととはいえ”公爵家所有の物件を、占拠したとなれば、子爵家とは言え、ただじゃすまないでしょうね」
「つまり、私は今後も、館はペンタ様に譲渡したとふるまえば良いのですな。なんとも、悪いことを考えるお方だ」
と、そんな風に、ジャスドー子爵家をはめようぜ同盟が、ひそかに締結されたわけである。
まあ、相手が引っかかるかどうかは、未知数である。本格的に調べれば、俺の背後にラザウェル公爵が見えると思うが、先ほどのやり取りをみるかぎり、オルグという男は、そこまで慎重に行動する男ではないと思う。
その後、エビースさんとは別れ、俺たちは冒険者ギルドに向かう。
魔神の迷宮に挑む前に、前線で戦える仲間が欲しいので、人材を探すためにギルドを訪れることにしたのであった。
都市・カルタンのギルド長である、ドーガ氏の友人がロバルティアの冒険者ギルドのギルド長らしいので、手紙を渡すこともしなくてはならないだろう。
そんなこんなで、サクッと馬車で移動をし、俺たちは冒険者ギルドに入るのであった。




