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序章:ペンタの冒険者時代45

序章-74 幽霊となった少女の話


屋敷を徘徊する幽霊の少女の情報を求め、エビースさんの人脈から、俺たちは屋敷に勤めていた、メイドの女性に話を聞くことになった。


「どうぞ、お入りください」


その女性は、今はロバルティアの下町に住み、裁縫や刺繍で生計を立てている女性で、ジゼルという名前だ。

黒色に近い深緑色のロングへアーと、切れ長の瞳をした、きりっとした顔立ちの美人であった。


ジゼルさんは、年齢は俺の一個上の19歳。もとはハイドリア男爵家の次女という立場であったが、家を継ぐ長男はいるので、メイドとして働いていたそうだ。

なお、驚いたことに、幽霊の少女---名をロゼニという---とは、同い歳とのことだ。

幽霊の少女は、見た目は15歳くらいの幼さだったが、よく考えればデネヴァも見た目詐欺だし、見た目と年齢が釣り合わないのはよくあることだろう。


家の中に案内され、リビングでジゼルさんの出した紅茶をいただきつつ、俺は幽霊の少女について、詳しい情報を求めた。


「………もともと、ジャスドー子爵家での仕事は、良い環境とは言えませんでした」


そう前置きがあり、ジゼルさんの話は始まった。



ジャスドー子爵家の所有するロバルティアの館には、ヒステリックな母親、顔を見せたこともない父親、母親譲りの性格のわがまま娘と、見た目だけはお上品な、性格がねじ曲がった長男の4人のうち、母と長男と娘が住み、世話役として初老の執事と、十数名のメイドが暮らしていたそうだ。

母や娘はことあるごとに、メイドに無理難題を押し付けては、出来ないとなれば鞭で叩くといった行いをして、メイドたちを怖がらせた。

ただ、そんな子爵邸の空気を明るくするメイドが一人いた。それが、ロゼニという少女であった。


小柄であり、見た目よりも幼く見える彼女であるが、実際はパワフルであり、時には母や娘にも堂々と意見し、皆のムードメーカーとして落ち込んだメイドを励ましたりと、彼女のおかげで辞めなかった少女も多くいた。

曲がりなりにも、一人の小柄な少女のおかげで、邸内の空気は明るく、ジゼルも仕事を続けていたのであるが、ある日、事件は起こる。


「あの男……オルグ・ジャスドーが、ある日、ロゼニを無理やり手籠めにしたのです……」


淡々と話す中にも、憤りの隠せないのか、ジゼルさんの目元が揺れていた。

嫌がるロゼニを組み伏せ、自分のものとしたオルグという男。その行為を咎めるどころか、母と娘は、長男を誘惑したと難癖をつけ、ロゼニを屋敷から着の身着のまま叩き出したのだ。



それからというものの、屋敷では明るい空気は鳴りを潜め、ヒステリックな母娘の叫びがこだまする場所となった。

このままでは、身が持たないと思いつつも、辞めるタイミングがつかめず、仕事を続けていたジゼルさん。そんな彼女がさらなる悲劇を見ることになったのは、ロゼニが追放されて、1年後のことであった。


「その日は、小雨の降る冷たい日のことでした……」


その日、子爵邸に一人の赤ん坊を抱いた少女が姿を現した。それは、1年前に屋敷を追放になったロゼニであり、手には生後数か月の赤ん坊を抱きしめていた。

ただならぬ雰囲気に、屋敷内に通された彼女が言うには、赤ん坊は長男、オルグの子であり、一人で育てるのに早々に限界を感じた彼女は、ジャスドー子爵家に助けを求めてきたのであった。


「お願いします……この子のためにも、どうか……」

「どの面下げて、姿を見せたの! この、恩知らず!」

「ほんとうよ、汚らわしいっ……!」


ヒステリックに、子爵夫人と令嬢が騒ぎ立てる。恩知らずも何も、ロゼニに手を出した、子爵令息に責任があるのではと、たまたま、同席していたジゼルは思ったが、あまりにも見ていられず


「お茶の用意をしてまいります……」


と、その場から離れ、厨房に向かったのである。



「その場を離れたこと、いまだに後悔しております……」



ティーセット一式をカートに乗せ、応接室にたどり着いたジゼルが見たのは、首を絞められてこと切れているロゼニという少女と、泣きわめく彼女の赤ん坊の姿。

子爵家の3人は、汚らわしいものを見るかのように、彼女の死骸を見下ろしていたのであった。


その後、メイドたちの手により、ロゼニの死骸は埋葬され、自殺であったと口裏を合わせるように脅された。

異を唱えても、子爵家という権力がある以上、もみ消されるのは明白であったため、ジゼルたちは従わざるを得なかった。


赤ん坊は、さすがにその場で殺すのは気がめいたのか、執事を呼び寄せ、処分するようにと命じた。



執事は赤ん坊を抱えてどこかへ行き、その後の消息は分からない。


そうして、それからしばらく後から、屋敷内にロゼニの幽霊が現れた。ロゼニは子爵家の3名に対しては、首を絞めるといった攻撃的な行動をとるものの、他の執事やメイドには攻撃的な態度はとらなかった。

ただ、人の気配がするだけで、家具やらなんやらが、しっちゃかめっちゃかになるので、子爵家の3名は根を上げて、屋敷を引き払うことになった。

ちょうど頃合いかということもあり、ジゼルは仕事を止めることにした。同じように、執事とメイドたちの多くも辞めたいと願ったが、


「私たちの申し出に、やめるなら、他家への推薦状は書かないと脅してきたのです」


貴族の屋敷で働くのなら、働いていた家からの推薦状は大きな効力を発する。ようは、うちを止めたら、他の家で職に就くのは大変になると脅したのだ。

メイドたちの何名かは、泣く泣く辞意を撤回したが、いい加減、嫌気がさしていたジゼルは承諾し、屋敷から去った。

同じように、執事の男性と、メイドたちの幾分かも推薦状なしの退職をし、新しい職を探していたりするらしい。


「ジゼルさんは、もうメイドとして働く気はないんですか?」

「……そうですね。いまはまだ。心の折り合いがつきませんので」


ロゼニの一件は、ジゼルさんの心にも、影を落としたようだ。

最後に、一緒に仕事を辞めたという元執事の男性の住所を聞き、俺たちはジゼルさんの家から出ることになった。


「彼女、惜しいわね。出された紅茶、おいしかったのに」


デネヴァが、ジゼルさんの住む家を振り返り、ぽつりと漏らしたのが印象的であった。

その後、俺たちは続けて、屋敷で働いていた、元執事の男性の家へ向かうことにしたのであった。

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