序章:ペンタの冒険者時代44
序章-73 学園近所の屋敷の幽霊退治
「ここが、話にあった館か……」
「なんだか、ボロッちいわね」
エビースさん直々に案内された場所は、王立学園の近く、塀と大きな庭に囲まれた、遠目から見ると立派な装いの館である。
貴族の住む、豪邸としての大きさと、品格を兼ね備えた館であるが、近寄ってよく見ると、あちこちのガラスは割れ、壁にもヒビが入っていたり、朽ちた印象が見える部分が多々あった。
「一応、少し前までは前の貴族が住んでいたんでしょ? なのに、廃れすぎてない?」
「もともと、修繕費をケチって……もとい、惜しまれる方々でして。そのあたりも安く買い取れる結果でしたが……さすがに、窓ガラスなどは幽霊が暴れた結果、割れたわけです」
俺たちは、館に面した庭で、ボロボロの館を見上げながら話していた。ふと見上げる2階の窓に、スゥっ……と、透明な女性の姿が見えたような気がする。
「公爵家からの依頼だと、館に住んで住み心地を……って話だったけど、これは人が住める状態じゃないな」
「そうね。今日からの寝床は、どうしようかしら」(ちらっ)
「宿泊場所につきましては、私のほうで手配させていただきますとも。ですので、公爵様への報告などは、もう少し待っていただけたらと……」
デネヴァが目を向けると、エビースさんがへこへこと頭を下げて、俺たちに頼み込んできた。
宿の手配をしてくれるのなら、別にこちらは構わないと返答し、門と屋敷のカギを受け取った。
「では、私はこれで……」
エビースさんは、俺たちの宿をとるため、一度、商会の方に戻っていき、その場には俺たちが残った。
件の幽霊は、昼間は屋敷内を徘徊し、夜になると庭先までは出てくるらしい。今は日が昇っているので、安心である。
「それで、さっさと乗り込んで、倒しちゃうの?」
屋敷の扉の前に立ち、やる気満々なのはウルディアーナだ。彼女の質問に、俺は少し考えると、
「とりあえず、軽く当たって様子を見るか」
倒せるならサクッと倒せばいいし、困難であるなら、作戦を考えなくてはならない。
館のカギを使い、玄関から中に入る。玄関先のロビーには、大きなシャンデリアが吊り下がっており、複数の扉と、二階に伸びる階段があった。
「さっき、2階の窓に幽霊が見えたような気がしたし、2階に行ってみるとしよう」
俺たちは階段を上り、2階に向かった。そのまま、廊下を歩いていると、いくつかの部屋の扉が、空いたままになっていた。
慎重に、空いた扉の部屋に入ってみる。かつては、館の住人が住んでいた名残か、倒れたテーブルや椅子、本の入っていない本棚、開け放たれ、空っぽになった箪笥などが置かれている部屋だ。
「何もないね……っ!」
部屋の中を見渡して、デネヴァが口にしたとたん、壁を抜け、一人の少女の幽霊が姿を現した。
簡素な服に身を包んだ、15歳くらいの少女の幽霊で、うつろな表情で、ぶつぶつと口を動かしている。
「ドコ……ドコ……」
その言葉とともに、椅子や机、本棚などが浮かび上がり、部屋内を飛び回りだした!
「っ、ポルターガイストか!? みんな、気をつけろ!」
飛んできた家具を弾き飛ばしながら、聖魔法を使う準備をする。デネヴァとウルディアーナには、ケットシーたちがカバーに入り、飛んでくる家具から身を護っている。
ウルディアーナは、1本の矢を弓につがえ、引き絞った。
「風よ!」
弓に風の魔力を乗せて、少女の幽霊に向けて放つ。ランダムに飛びまわっている家具の合間をすり抜けた矢は、少女の幽霊の眉間に命中し、その姿を霧散させる。
どすどすっ! と、家具が落ちる。
「やったの?」
ウルディアーナの一矢で、少女の幽霊は消え、屋内は静けさを取り戻した。
「……なんだ、ずいぶんとあっけなかったな」
いささか拍子抜けした俺であったが、これで幽霊を退治……できたかと思ったが、その考えは甘かったようだ。
「……そうでもないみたいね」
部屋の入り口にいたデネヴァがそういうと、俺たちを手招きして、外の廊下を見るように促す。
そこには、先ほど遭遇した少女の幽霊が、うつろな表情で廊下を歩いていたのが見えたのである。
少女の幽霊は、それからも屋敷内を歩き、俺たちが一定範囲に近づく……つまり、人の気配が幽霊に感知されると、ポルターガイスト現象を起こしてくることが分かった。
また、遠目から何度か、魔力のこもった矢で、ウルディアーナが攻撃して、そのたびに少女の幽霊は消滅するが、また、屋敷のどこからかで復活する。
一度、俺の聖魔法「セイント・ファイア」で焼いてみたものの、ウルディアーナの時と同様に、いつの間にか復活してしまうのであった。
「………これは駄目だな。ひとまず、出なおすとしよう」
いくら倒しても、復活する少女の幽霊。らちが明かない状況に、俺たちはひとまず、退却することにした。
幽霊が倒しても復活する……現世に未練とか、そういう何かがあるのかもしれないと考え、ひとまず、自殺したとされる当時の情報を集めることにした。
「というわけで、幽霊の情報を集めたいと思うんですが」
「……なるほど、あの屋敷に勤めていた者なら、詳しいことは知っていそうですね」
商会に戻り、エビースさんに事の次第を話して、その屋敷に勤めていた者たちで、知っている者はいないかと聞いてみた。
エビースさんも、人脈を使って、かつての使用人を探してくれるようだった。
そうして、エビース商会が用意した宿に泊まり、旅の疲れを癒した翌日、さっそく、エビースさんの人脈で、かつてあの屋敷で働いていた、メイドの一人に会うことができるようになったのであった。




