序章:ペンタの冒険者時代27
序章-53 公爵夫人は無事に回復したようです。
都市・タルカンに戻り、魔神のダンジョンに潜るための準備を再開する。魔神のダンジョンは、都市・タルカンから遠方、王都であるロームリスを経過し、王立聖ロバルテ女学園のある、都市・ロバルティアの近隣に存在した。
そのため、今後は王都・ロームリスや都市・ロバルティアを中心に活動をすることになるので、そちらに住みやすい物件がないかも探している。
そんな準備の日々を過ごしているある日、公爵様からの使いが来て、俺たちは公爵邸に呼ばれることになった。
「よくぞ来てくれた! ソフィ、彼が薬を届けてくれた、カーペンタ・パウロニア男爵だ」
「この度は、薬をありがとうございます。ジェフの妻、ソフィーリアでございます」
難病に煩わされていたと聞いていた、公爵家の奥さんが、応接間にて公爵様と仲良く並んで、幸せそうに微笑んでいた。
ソフィーリアさんは、見た目は30代前半か、もしくはもう少し若く見え、マリー嬢と共通点の多い顔立ちだ。
「いえ、たまたま良い薬が手に入ったので……病が治ったこと、おめでとうございます」
「ありがとう。これでまた、ジェフと一緒にすごすことが出来るわ」
そういって、傍らにいた公爵様に笑いかけるソフィーリアさん。公爵様も、それはそれは幸せそうに微笑んだ。
「ああ、ソフィ。君が病に侵されてから、快復をどれだけ待ち望んでいたことか。これからは、君とともに旅行に出かけたり、歌劇を見に行ったり、楽しいことを積み重ねていこう!」
「ええ。楽しみだわ。カーペンタ様、このお礼は必ず致しますので、楽しみにしていてくださいね」
と、幸せモード全開の公爵夫婦。この場に同席していたマリー嬢も、両親の幸せそうな様子に、満足そうに微笑みを浮かべていた。
薬を届けた俺の顔が見たいという要件だったので、俺は一家だんらんの邪魔をしては悪いと、その場を辞することを公爵様に伝え、応接間から出ることにした。
「お待ちください、ペン様」
さて、帰ろうか、とメイドの案内で、公爵邸の玄関に向かおうとした俺を、呼び止める声。
足を止めて振り向くと、応接間から出てきたマリー嬢の姿があった。
「マリー嬢、ご両親と一緒でなくてよろしいんですか?」
「当面は、あのような空気ですので、ずっと一緒にいたら、あてられてしまいますわ」
と、そんなことを言うマリー嬢。夫人が回復してからは、公爵様はずっと、溺愛モードのようである。娘としては、両親が仲が良いのは結構なことだけど、常にラブラブなのは、それはそれで見ていてつらいのかもしれない。
「そうですか。それで、何か御用でしょうか」
「はい、実は折り入って、お願い……いえ、依頼があります」
場所を移しましょう。と、マリー嬢が先導し、庭先にある茶会のスペースに到着する。
同行していたメイドにより、簡易的なお茶の用意ができ、俺とマリー嬢は対面に座った。
マリー嬢とは、相変わらず視線が合わないことも多いが、ここ最近は、わずかであるが、こちらをチラチラと見て、目線を合わせてくれるくらいには、改善している。
お互いに、お茶を一杯。一息ついてから、マリー嬢は、先ほど口にした依頼について話し出した。
「実は、母の回復を祝って、贈り物をしたいと思うのです。それで、買い物をするために市街地に出たいのですが、ペン様達に護衛の任を頼みたいのです」
「護衛ですか。それは構いませんが、街に出るのであれば、騎士団長たちが護衛をするのでは?」
「そうなのですが、セレスの御父様は腕前は頼りになりますが、大事になりますので」
話を詳しく聞くと、今回はソフィーリアさんの回復祝いの品の選別のほかに、エルフのベルティアーナが市街地の人たちの生活に興味を持っていること、そのため、出来るならマリー嬢、セレスティア、ベルティアーナの3人で、目立たない服装をして普通の民の視点で市街地を回ってみたいとのことであった。
確かに、その条件だと騎士団長のおっさんは、厳ついし、目立つし、無理があるだろう。
それに、俺たちが同行するとなれば、ウルディアーナも参加することになるし、ベルディアーナも安心するだろう。
俺個人は問題ないが、依頼については、パーティメンバーと相談をしてからでないと受けられないので、ひとまずは、それは保留と返事をする。それからはマリー嬢としばらくの間、お茶と世間話をすることになったのであった。
序章-54 護衛任務という名のお出かけ
公爵邸から、住み慣れたギルドハウスにもどり、デネヴァとウルディアーナ、ケットシー達にマリー嬢からの依頼をどうするか聞いてみる。
「別に、問題ないんじゃない? 街を見て回るだけでお金がもらえるんだし」
「私もかまわないわよ。ベルディアーナとお出かけできるなら」
「「「ノラ猫たちと一緒に、隠れて護衛してますニャ!!」」」
ということで、反対意見はなく、ケットシー達の1匹に、快諾の知らせを公爵邸に伝えに行ってもらった。
それから、日にちの調整ののち……マリー嬢たちが、市街地に出かける当日となった。
「それじゃあ、行くとしようか」
俺とデネヴァ、ウルディアーナは、公爵家からの出迎えの馬車に乗り込んだ。今回、なるべく目立つことを避けるために、公爵家の紋章をつけない馬車で住宅街から市街地までの送迎をすることになったこの馬車。外面は普通の馬車であるが、内装は一級品のものである。
「おおう、ふかふかね」
「ふわふわして、乗りやすいわね。私たちの馬車も、こういうのにしましょうよ」
と、デネヴァやウルディアーナには好評であったが、長旅ではこういう豪華な馬車のメンテナンスは難しそうなので、馬車改造の提案は、却下である。
とはいえ、乗り心地の良さというのは重要なので、今度、馬車の中に置くクッションを買いに行こうかと、そんなことを話していると、公爵邸に到着した。
俺たちが馬車を降りると、お出かけが待ち遠しかったのか、既に玄関先にマリー嬢たち3人の姿があった。
「おはようございます、皆様方」
シックな装いの街娘……といった格好のマリー嬢が、カテーシーをする。見た目は素朴な娘……とはならず、気品というか、オーラが出ているが、それはまあ、仕方ないだろう。
「ふん、マリー様を待たせるなど、不敬だぞ!」
マリー嬢の隣には、ズボンスタイルのセレスティア。ボーイッシュなセレスティアの姿は、気品のある少女の隣に侍る、少年騎士のような雰囲気をしている。
「おはようございます、ウル姉さま! ペンタ兄さま!」
と、とてとてと歩み寄ってくるのはベルディアーナ。若草色のワンピースを着こんだエルフの少女は、これまた街娘には見えないレベルの美少女となっており、また、金髪とエルフ特有の尖った耳は目立っていた。
まあ、もともと全員が美少女であり、どうせ街中でも目立って浮くと思っていたので、このくらいは想定の範囲内であった。
「おはよう。三人とも、その服は良く似合っているよ」
「ふふ、ありがとうございます。選んだかいがありましたわ」
「ふんっ、お前に褒められても、別にうれしくないからなっ!」
「えへへ、ウル姉さま、ほめられました!」
と、そんなやり取りをしつつ、少女たちを馬車にエスコートする。視界の端には、何やら動く影が……今回のマリー嬢たちのお出かけに当たり、公爵家でも暗部と呼ばれる隠密たちが、護衛任務をすることと聞いている。
十重二十重の護衛となるが、マリー嬢やセレスティアは貴族の子女だし、ベルディアーナもエルフの里からの来賓扱いとなれば、このくらいの警護は妥当だろう。
馬車が動き出し、市街地へと向かう。
そんなこんなで、マリー嬢たちの護衛任務をしつつのお出かけが、始まるのであった。




