序章:ペンタの子供時代
序章:ペンタの子供時代
序章-1:カーペンタ・ロウに転生する。
「こんのぉ……バカもんがっ!!」
脳天に落とされるげんこつの衝撃。空腹で台所に忍び込んでのつまみ食いをしようとした結果、
まだまだ足腰矍鑠な祖母に見つかり、怒られつつ拳骨をおみまいされ……その衝撃で俺は前世を思い出した。
前世の名は桐山匠。パッとしないサラリーマン。少々ブラックな企業で働いており、昨今流行していたはやりの病に侵されて、その後の記憶はない。
だが、そんなことは問題じゃない。というかどうでもいい。
重要なのは、ここが前世で好んで読みふけっていた、小説『魔神の迷宮と乙女たち』の世界だと、気が付いたことである。
「マジかよ………うおおおお! やったー!」
「反省せんかっ!」
思わずグッとガッツポーズしたら、また脳天に拳骨を落とされた。解せぬ。
さて、改めて自己紹介をしよう。
俺の名はカーペンタ・ロウ。貧乏男爵家ロウ家の三男で、現在は8歳だ。
お人好しな父親と、まあまあ美人なおっとりとした母親、二人の兄貴と厳しい祖母ちゃんが家族だ。
なお、名前を略してペンタと呼ばれることが多い。
俺自身のスペックは、どちらかといえば運動系によっているだろうか。
ただ、前世の記憶を思い出したので、魔法とかそういうのも覚えられるかもしれない。
見た目は……8歳だし、今のところはご近所の話題にも上らんくらいの普通の顔だ。
ただ、家族の中で俺だけ、どうにも癖っ毛がひどい。
油断すると、左右の毛が飛び出す……イワトビペンギンというのを知っている人は思い浮かべてほしい。
だいたい、そんな感じの髪形になってしまう。
そんな8歳のやんちゃ坊主の俺は、特に日々の目的とか、将来の目標もないままで、近所の子たちと遊び、
おやつを時々つまみ食いして叱られたりと、ほどほどの悪ガキ人生を送っていた。
ただ、前世を思い出したことで、俺の中に、目標というか、やりたいことが芽生えたのである。
序章-2:ペンタ 大志を抱く
さて、やりたいことというのは、前世で読んでいた『魔神の迷宮と乙女たち』に関連する。
『魔神の迷宮と乙女たち』は、聖なる武具を手にした4人の少女が、魔神の眠る迷宮にいどみ、
並みいる魔神の手下、ライバルたちの妨害をもろともせず、見事魔神を討ち果たすという王道物語である。
登場人物は、勇者リディア、剣士セレスティア、聖女マリー、エルフのベルティアーナの4人で、
彼女たちが王立聖ロバルテ女学園に入学するところから始まり、修行と研鑽の日々、神器の獲得、
ライバルたちとの闘い、それぞれの成長などを描いている作品である。
物語に登場するのは、ほとんど女性であり、男性は教員だけという感じで、それだけを聞くと
百合の花的な話と思われるかもしれないが、どちらかといえば、友情、努力、勝利がテーマであり、
女の子たちの友情……いいよね。という読者感想の多い作品であった。
さて、そんなことを思い出して、いろいろと調べてみた結果、幸運にも、俺は主人公たちよりも
5年ほど早く生まれたようだ。ひょっとしたら、眼前で彼女たちの青春具合を見ることができるかもしれない。
ただ、物語の舞台となる、王立聖ロバルテ女学園はその名の通り、女性のみに入学権利が与えられる。
女装してなど無理があるし、そもそもが、年齢的にも5年の差は、彼女たちが入学するころには卒業しているくらいの差だ。
そうなると、数少ない男性の教員になるしかないのである。
「そう、男性教師になって、彼女たちのキャッキャウフフを見るんだぁ!」
カーペンタ・ロウ。8歳にして、教員を目指すことを決める。
なお、主人公たちは現在3歳で、12年後、王立聖ロバルテ女学園に入学することになる。
12年というタイムリミットは、長いようで短い。そのあいだに、どうにかして
王立聖ロバルテ女学園に教師として入れるように、準備し、行動しなければいけない。
序章-3:ペンタ 冒険者になると宣言する
「というわけで、俺、冒険者を目指すことにするよ!」
新たな決意のもとに、家族そろった夕食の席でそう宣言すると、まわりからは、ふ~ん、という感じのリアクションが返ってきた。
「まあ、うちは貧乏だし、ペンタを学園に入れる余裕もなかったけど、大丈夫なの?」と母。
「ううっ、すまないねぇ、ペンタ。情けない父さんを許してくれ」と父
「まあ、ペンタくらい図々しきゃ、冒険者だってやれるさね」と祖母ちゃん……ひどくない?
「悪いなペンタ。学園の入学は、2人までなんだ」と上の兄ちゃん。その言い方は、ちょっとイラっとするぞ。
「その……ごめんな」と下の兄ちゃん。なんかあった時は、下の兄ちゃんは助けよう。
そんなわけで、特に反対意見もなく、俺は将来冒険者として、身を立てることになった。
……男性教師はどうしたって? まあ、まずは聞いてもらおう。
まずうちの経済状況。どう見ても、俺まで学校に行って、ちゃんとした教育を受けて身分を立てるという余裕はなく、そっちの方面での立志は無理。
また、そういった普通のルートから、王立聖ロバルテ女学園に男性教師として入るには、
勉強、運動などの各種に秀でたうえで、身分のチェックが入る。正直、それも厳しいから、
二重の意味で学校に通っての、王立学園の教師というのは難しいだろう。
ただ、前世での物語では王立聖ロバルテ女学園では、高名な魔術師や冒険者などを招き、
教師として取り立てていた。
つまりは、冒険者として名を立てて、王立学園にアピールする! というのが狙いである。
………まあ、仮に夢がかなわなくても、冒険者として生活の場を整えられるなら、
それはそれでいいし、現状、狙うのはこの道しかないだろう。
序章-4:ペンタ 訓練を始める
そんなわけで、宣言した翌日から、俺は遊ぶのをやめて訓練を始めた。
貧乏男爵家とは言え、農家などの家では、この時期からも家の手伝いなどをさせられることを考えれば、十分に恵まれた環境といえる。
さっそく庭に出た俺は、父親から借りた、鉄の剣を振りかぶり……振りかぶれなかった。
まだ8歳、鉄の剣は大人用の大きさだったし、ひょっとしたらいける? とか考えたが無理だったようだ。
仕方ないので、父親に剣を返しに行った後、走り込みやストレッチ、筋トレを始める。
また、魔法勉強の方は、兄貴たちの本をこっそりとみては、それを実践してみる。
ただ、魔法についての知識は、前世での物語からの知識があることもあって、
すぐに、前世の知識を思い出す勉強方法にシフトした。
魔法については、実際に炎や水を出してワクワクしたものの、体内の魔力が枯渇しかけ、
ぶっ倒れかかることになった。才能はあるようだが、魔力がたらんかったぁ……ようだ。
なお、魔力量の上昇については、物語とは別知識の、前世での育成シミュレーションの
瞑想というのをやってみたら、魔力量がわずかだが増えたのには驚いた。
何が役に立つかわからないな……と、その後も、前世の知識から、いろんな物語、
またゲームなどの修行を真似て、効率の良い修行方法を模索した。
………そうして、2年が瞬く間に過ぎた。
序章-5:ペンタ 冒険者デビューする?
「それじゃあ、いってくる!」
「たまには手紙を書きなさいねー!」
10歳になり、修行もひと段落ついたころ、俺は家を出ることにした。
冒険者となり、立身出世するか、それとも道半ばで果てるかは、まだわからない。
ともあれ、活躍の場を求めて、俺はこの近辺で最も大きな都市である、
ラザウェル公爵領の都市・タルカンに向かうことにした。
なお、ラザウェル公爵は物語に登場する聖女マリーの父親であり、王様に物申せるほどの権力を持つ貴族である。
………まあ、親娘ともに、今の俺には、特にかかわりのない人であるけど。
タルカンについた俺は、さっそく冒険者ギルドに立ち寄り、冒険者登録をすることした。
「冒険者登録ですね。では、まずはこの書類に必要事項を記入してください」
美人だけど、表情の動かさない受付のお姉さんに紙を渡され、必要事項を記入した。
その後、能力測定の水晶球に触れる。
カーペンタ:ロウ
LV:1
HP58/58
MP30/30
スキル:
【剣術】【格闘術】【斥侯術】【空間魔法】
【火魔法】【水魔法】【土魔法】【風魔法】【聖魔法】【闇魔法】
【調理師】【陣地構築】
………ちょっとした騒ぎになった。
なんでも、スキル欄には1つか2つあればよい方で、それ以上のスキルを持つ人間は稀らしい。
また、どうやら、空間魔法をつかったアイテムボックスの魔法は、物語と違って貴重なものであり、
それをやって見せたら、無表情で美人の受付さんに両肩をつかまれて、ギルドの中に連行された。
俺としては、数年間の修行で色々と会得した技術だから、特におかしいとは思わなかったが、
どうやら、世間ではそうでもないらしい。 げせぬ。




