~大正時代の結婚適齢期は21歳~
想定どおりに目覚めたキキョウは、結婚しないで結婚した恋人と恋人のままというのもアリか、と考え込んでいたところ当直朝帰りの看護師の母に呼ばれた。
’キキョウ、起きなさい!一緒に朝御飯食べよーよ!‘
‘今朝はいらない’
’駄目よ、昼まで食べないなんて!‘
母はとにかくパワフルでうるさいし言い出したらきかないので、ヨーグルトだけでも食べるしかないと諦めてキッチンに降りた。
‘ゆうべはさぁ、どんくさい若い医者が一人増えたんでマゴマゴしてくれちゃって、よけいに忙しかったのよねぇ’
母はいつも聞いていないのに勝手にしゃべっているので、キキョウもいつものとおり会話になるように返事するというのを気にすることなく、さっさと食べ終わって学校に行くことにした。
父は週何回かだけ夜3時間ほど塾の講師をしているが、それ以外はいつも家に居て家事をしている、ことになっている。
父も昨日の夜の夢の男のように、結婚した後も秘密で昔の恋人のところに行ってるんだろうか?
母は父より稼いでいる筈だが父と別れるような気配はなく、自分が苦手な家事をしなくても家族が持てるこの環境を充分気に入っていると思われる。
結婚という形はいろいろあっていいんだ、と思いながら、キキョウは今夜の夢体験は結婚している女にしてみようと思った。
図書館に寄る前にはもう、昭和のひとつ前の大正時代にすることを決めていたので、綺麗な格好の女達の写真が載っている本を探すのは早かった。
都会らしき街を背景に左手に指輪をつけた優しい目の若い女がこちらを向いて写っていたのを見つけてすぐに写メに撮った。
今夜は母は泊まり仕事で父もバイト、弟はもちろん深夜まで塾、というキキョウが早くから部屋にこもって寝てしまっても家族に心配されたり怪しまれたりしないですむチャンスの夜だ。
今日の大正時代の写真はモノクロだったが、左手に指輪をしているのを確認出来る女は華やかな柄の着物や帯を着て傘をさしている女のとなりで膝下まである生地をたっぷり使ったワンピースに頭のかたちに添った花飾りのある帽子を被っていてお洒落でリッチそうだ。
キキョウはさっさとお風呂に入って写メを準備して、ベッドに入った。
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気がつくと夕方の賑やかな埃っぽい街を、キキョウと一緒に女の子が3人歩いている。
’うちのカフェーで一番さきに結婚したキキョウのおごりでありがとね‘
‘え?’
’うちらはまだ結婚決まりそうにないもん‘
‘あら、キキョウの旦那様よりお金持ちと、これから出会うかもしれないわ’
’あら、この前の帝大さんとうまくいってないの?‘
‘それより、キキョウの結婚生活のこと、今度もっと聞きたいわ’
’え?‘
‘じゃあまたね!’
’さよなら‘
キキョウは別れてしばらく知らない道をヒラヒラしたスカートの裾を揺らして一人で歩いているうちに意識が薄れて、気がつくと家の中にいた。
‘ただいま!’
タンスの飾りが細かくて綺麗だなと思いながらみていると、若い男が帰ってきた。
図書館の本には、大正時代は小卒や中卒で働く男が主流だったが大学生も存在していて、たいていカフェーの女給と交際することが多く、女の学生は老嬢への道と書かれて敬遠され、ふつう女は結婚することが一番とされていた、とあったのだから、このキキョウは勝ち組のようだ。
大学生の入学試験には性病検査まであって大学にはいる前には遊郭に出入りしている者が少なくなかったが、入学後は東京帝大は本郷周辺、早稲田は新宿や神楽坂、慶應は芝や銀座といったテリトリーの中でカフェー通いにいそしんで相手を見つけて、結婚するものもいた。
流行の最先端にあったカフェーの女給と付き合うことは、エリート学生にとっても刺激的なことで、カフェーは大人の紳士の社交場から学生の恋の場所へと大衆化していったということも本に書かれていた。
この夫も学生の頃にお洒落な女給と付き合って結婚したのだろうか?
’キキョウ、ただいま‘
‘お帰りなさい’
’今日は何してたの?‘
‘お友だちと…’
‘?’
キキョウは歩いていて、ワンピースの下にパンティーが無いことに驚いていたのだが、この夫はわかっていて太ももまでスカートをさすりあげてきてお尻を撫でようとしているようだな、と身構えた。
’カステラを買ってきたので食べましょうよ‘
‘かすてら?そんなことより…’
’取ってくるね…‘
夫であろう男から離れて隣のキッチンらしき部屋にいこうとサッと背を向けて動き出したキキョウは急に左腕を強い力で引っ張り寄せられて、すぐ長いスカートを顔までめくり上げられて裸の下半身が涼しい!と感じたあと、そのまま男に畳の上に倒されるような目眩のような気分で…、
そのまま目が覚めた。