魔炎剣
「よう、Boy? 穴ん中はどうだった?」
スナイダーが岩壁に親指を向け、ニヤリと笑った。
「……ふん、挑発のつもりか?」
そう答えて、俺は目を凝らす。
膜のような色濃い魔素がスナイダーを覆っている。
ブネが憑魔している時より鮮明に見ることはできないが、朧気に魔素の流れが見えた。
奴の攻撃は、単純が故に応用が効く。
魔素利用しての重力操作、重力を利用した直接攻撃のブースト。
そう、やってることは単純なんだ。
だが、繰り出されるパンチや蹴り、その一つ一つの動作に重力ブーストが掛かることにより、普通の攻撃が普通でなくなっている。
とてもじゃないが、憑魔してなきゃ死んでいただろうな。
「さぁ、さっさと始めようぜ! HAHA!!」
スナイダーが大声を張り上げる。
身体を覆っていた密度の濃い魔素が拡がっていく。
「させるかよ――」
その瞬間、中空に黒い穴が出現し、中から燃え盛る魔導戦車が現れた!
中世の戦車に似た形で、正面には闘牛のような二本の角が伸びている。
戦車は炎の轍を引きながら、凄まじい勢いで俺に向かって疾走してきた。
「な、何だアレは⁉」
「魔物か⁉」
「こ、こっちに来るぞ⁉」
スナイダーを始め、黒田や桐谷たちが口々に言った。
そりゃそうだよな、召喚した俺自身も驚いている。
「桐谷、隙を見て皆を外に」
「お、おい、瀬名⁉」
俺は燃え盛る魔導戦車に飛び乗った。
炎は不思議と熱くない。
むしろ、力が湧いてくるようだ。
操作は必要なかった。考えるだけで魔導戦車は自由自在に動いてくれる。
これはかなり楽しいかも。
「さぁ、行くぞスナイダー!」
放たれた炎の矢の如く、スナイダー目掛けて魔導戦車を走らせる。
「ぬぁっ⁉」
スナイダーの巨体が吹っ飛ぶ。
岩壁まで跳ね飛ばされ、崩れ落ちてきた岩に埋まる。
意外と上手く行った。
俺は桐谷にアイコンタクトを取る。
「よし、今のうちだ! 回収班を優先、援護しながら撤収を始める!」
桐谷が先導し、撤収を始めた。
よし、これで巻き込まなくて済む。
魔導戦車から飛び降り、崩れ落ちた岩の前に立つ。
「せ、瀬名……」
黒田が恐る恐る話しかけてきた。
「黒田か……、お前も早く外に出ろ」
「す、すまん、俺は……」
「勘違いするな、俺とお前はただの顔見知りだ。失せろ」
「……」
一瞬、顔を歪めた黒田は、目線を合わせぬまま背を向けて走り出した。
「さて……いつまで寝てんだよ、おっさん」
堆く積み重なった岩山から、岩石が一つ転がり落ちた。
次の瞬間、まるでポップコーンが破裂したように岩が飛び散る!
「HAHAHA! 瀬名と言ったな? 前言撤回、俺はお前を正式に『敵』と認定する!」
「なんだそりゃ? 別にそんなもんいらねーよ」
「ククク……、OK、boy、ここからは言葉はいらねぇ、力だけが全てだ――」
「むぅん!!」
ドンッ! と、鈍い音がダンジョンに響いた。
スナイダーの大きな拳が俺の肩に食い込む。
「クッ……」
身体を反らし、スナイダーの攻撃をいなしながら蹴りで応戦した。
丸太のような腕に蹴りがめり込む。
手応えがあった、やはりベリアルの強化は攻撃特化だ。
――イケる!
「オラぁ!!」
「ぬぅあああ!!」
ドンッ、ドンッ、と肉がぶつかり合う音がバスドラムのように激しく鳴り響く。
高速で殴り合う俺たちの姿は、傍目には見えないだろう。
「HAHAHA!!! ここまでやれるとはなぁ!」
「ハッ、段々余裕がなくなってきたんじゃねぇのか、おっさん!」
一発一発が重い。
確実に重力を乗せてくる。
しかも、ご丁寧にフェイクを織り交ぜながら、俺の手足に重力の枷を……。
クソッ、力任せに殴ってきているだけじゃねぇ。
「チッ……どう見てもそういうタイプじゃねぇだろ!」
「どうしたBoy! こんなもんか?」
ま、マズい……押されていく。
パンチを受け止めた瞬間、スナイダーの目が金色に輝いた。
ガクッと膝が地に付く。
「クッ……この……」
「油断したな? 教えてやるよ、戦場ではな、油断した奴から死んでいくんだぜ?」
「うるせぇ……」
「やれやれ、大人の忠告ってのは聞くもんだぜ? ま、これで終わりだけどな――」
スナイダーの拳に凄まじい量の魔素が集まっていく。
「――終わるかよ」
俺を中心に炎が渦を巻いた。
「なっ……⁉」
真っ赤に輝いていた炎がベリアルの姿に変わった。
「なんだコイツは……⁉」
慌てて距離を取るスナイダー。
『もっと早く呼べ! け、怪我とかしたらどうするんだ!』
もじもじしながら言うベリアルに、俺は「すまん」と一言謝った。
『あ、アルデロはここ……だ』
恥ずかしそうにベリアルが胸元を手で押さえた。
そして、貴族服のフリル付きのブラウスのボタンを外した。
「おいおい、瀬名Boy……いまどういう状況かわかってるのか?」
スナイダーが呆れたようにため息をついた。
俺はスナイダーを無視して、ベリアルの胸元に手を伸ばした。
ベリアルは白い手を俺の手に添え、はだけたブラウスの中へと誘う。
『炎は我、我は炎、魔炎剣アルデロの正統な所有者ベリアルが命ずる、その力を持って汝の敵を焼き尽くせ!』
手がベリアルの胸の中へと入っていく。
『あっ……んはぁ……♥ っく……ふゅん♥』
奥へ入る度、ベリアルはとろけそうな顔で、歓喜の声を漏らしている。
――手に何かが当たる感触があった。
潤んだ瞳を俺に向け、ベリアルが声を震わせながら言う。
『お願い、はやく……ぬ、抜いて……!』
「ああ、わかった」
剣を掴み、一気にベリアルの身体から引き抜く!
『ふわああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!♥♥』
ガクガクと痙攣しながら、ベリアルの姿が消える。
俺は魔炎剣アルデロを見つめた。
これが……アルデロか。
深紅に輝く細身の剣、うっすらと魔素の炎を纏っている。
まるで剣自身が燃えているようだった。
「何だ今のは? お前のスキルはどうなってんだ?」
「生きてたら教えてやるよ」
嘲笑混じりに返すと、スナイダーが大声で笑った。
「HAHAHA!! そいつは楽しみだ! おま――⁉」
「確か……油断した奴から死ぬんだったよな?」
言い終える前に、俺はスナイダーの右手を切り落としていた。
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