超重力
な、何だあいつは⁉
「ぐ……せ、瀬名さ……」
「お、おい! 小鳥遊、しっかりしろ!」
「兄さん!」
「ぐ……」
――タイミングが悪すぎた。
魔力枯渇でふらついていた桐谷は地面に這いつくばっている。
その傍らで、藍莉も膝をついたまま動けないでいた。
周りを見渡すと、古代竜の光線にも耐えた精鋭達が、この謎の圧力に押し潰されそうになっていた。
「ほぉ~! 一人イキの良いのがいるなぁ! ははは~!」
アロハの男が向かってくる。
その後ろに見慣れた顔を見つけた。
「く、黒田⁉ お前が何でここに……」
アロハの男は俺と黒田を交互に見たあと、ニッと白い歯を見せて笑った。
「なぁ~んだよ、クロ! お前のツレか? 早く言えよ、ったく水くせえな」
「い、いや……そういうわけじゃ……」
「おい、黒田! どういうつもりだ⁉」
「チチチ……いま、俺が話してんだ、See what I am saying?」
アロハの男が片眉を上げて人差し指を振ると、男の瞳が金色に輝いた。
「ガハッ⁉」
突如、身体が押し潰されそうになる。
猛烈な負荷、自分の骨が軋む音が聞こえる。
「どうだ? 俺の超重力圏は?」
クソッ! あいつのスキルか⁉
な、なんて重さだ……憑魔した状態だと言うのに……。
「す、スナイダーさん、その辺で……」
黒田がアロハを止めようとする。
「く、くそ……野郎が……」
「What's? 何か言ったか?」
スナイダーは余裕の表情で耳に手を当て、俺をからかうように笑った。
(ブ、ブネ……教えてくれ、このスキルからどうやって逃れたら……)
『やれやれ……君は本当に世話が焼けるな。実験体なりにもう少し頭を使いたまえ。ったく、何のために魔素執刀がある? ま、良く魔素の流れを見ることだな……』
魔素の流れ……?
俺は視界に神経を集中させた。
場に渦巻く魔素は相変わらず凄まじい濃度だ。
だが、スナイダーの周りだけ、どす黒く変色している……。
奴を取り巻く魔素が、周りの皆を押さえつけているように見えた。
もしかして、魔素を操っているのか……?
なら、その魔素を魔素執刀で取り除いてやればどうだろう?
『――魔素執刀!』
俺は自分にのしかかる澱んだ魔素を手刀で切り刻んだ。
ふっと、身体が軽くなる――。
「はは、いける……いけるぞ……」
スナイダーの操る魔素を切除する。
なるほど、切り離された魔素は元の赤色に戻っている。
切り離した時点で、あの重力の作用はなくなるわけだ……。
「ん? おい、お前……いま何をした?」
「あぁ? 何か言ったか?」
俺はスナイダーの真似をして耳に手を当てた。
「……そんなに死に急いでどうする?」
「ふん、勝手に最強気取ってろ。言っとくが、お前の優位性は断たれた、言葉には十分気を付けろよ?」
「ぬ……Arghhhhhhhhhh――――!!!」
スナイダーが古代竜にも負けない大声で叫んだ。
「いやぁ~まいったまいった。このブレイク・スナイダーに、まだそんな口を利く奴がいたとはなぁ……」
俺はスナイダーを無視して、黒田に声を掛けた。
「おい、黒田! 選ばせてやる。俺につくのか、その大男につくのか。言っとくが、例えお前でも、俺は容赦はしない!」
「ちょ、ま、待ってくれ瀬名!」
「おい、クロ……てめぇ、メリルの人間が、部外者に踊らされてんじゃねぇぞ!」
「ぐあぁ⁉」
黒田が地面に這いつくばった。
スナイダーが纏う魔素が黒田に覆い被さっていた。
やはり、コイツのスキルは魔素を操る能力……。
ブネの言っていた場のアザトースに作用し、重力操作という超常を引き起こしているのか。
だが……種がわかれば何てことのない、クソスキルだ。
魔素が見える俺には、もう通用しない……。
俺は他のメンバー達の魔素を断ち切った。
「う、うぅ……」
「や、ヤバかった……」
皆が苦痛に顔を歪めながらも、身体を起こす。
「小鳥遊、皆を回復してやれ」
「は、はい!」
「……どういうことだ?」
スナイダーの顔に焦りが見えた。
「ああ、お前のクソスキルのことか? 悪いが……俺にはもう、通用しない」
「……」
「スナイダー! この件、泉堂は知っているんだろうな……場合によっては金曜会と戦争になるぞ!」
藍莉の肩を借りた桐谷が、鋭い眼を向ける。
地面に突っ伏した黒田が、必死になって声を絞り出した。
「ま、まずいっす……よ……退きま……しょ」
スナイダーが黒田に掛けた重力を解く。
黒田が咳き込みながら、仰向けに転がった。
「Fuck……揃いもそろって、何を言ってんだ? この俺が泉堂を怖がるとでも?」
鼻で笑いながら、スナイダーは俺たちを順に見た。
そして、やれやれと頭を振り、小さく肩を竦めた。
「お前の噂は聞いている。だが、いくらお前でも、S級三人を相手に無事で帰れると思うなよ?」
桐谷が剣を抜くと、隣の藍莉もスナイダーに鋭い爪を向けて威嚇した。
「HAHA! S級⁉ 笑わせるなよ。お前らなんて、国際基準なら良くてAってとこだろ? 嘘だと思うならAppraisal&Monolithにでも聞いてみるんだな、『僕たちは何級でちゅか~?』ってな」
「何だと……」
桐谷の顔が怒りに歪む。
「ちょ⁉ ス、スナイダーさん……」
「クロ、お前まで乗せられやがって……ま、そこでゆっくり見てろ」
「え……」
「さて、お前ら準備はいいんだな?」
ニヤリと笑いながら、スナイダーは肩を鳴らした。
「Kill them all――」
その瞬間、俺の身体が熱を帯びる。
何が起こったのか理解するまでに数秒かかった。
「――ぶほっ⁉」
衝撃で身体がくの字になった。
凄まじい勢いで背中から岩壁に吹き飛ばされ、身体が岩の中に埋まる。
「ぐ……ぐはっ!」
吐血⁉ 生まれて初めてだぞ……。
クソッ! 口を切ったのか内臓をやられたのかわからん。
ま、マズいな……身体の自由が利かない。
スナイダーを見ると、足と拳に魔素が凝縮されていた。
そうか……自分の攻撃に重力を乗せたのか……。
「あんだけデカい口を叩いたんだ、もう少し遊んでくれよ、なぁ?」
スナイダーの追い打ちが来る!
「オラァ!」
身体全体に衝撃が走った。
「オラオラオラァ!!」
どこを殴られているのかさえもわからない。
ただ、岩が崩れる音と、自分の骨が砕ける音が聞こえた。
「…………」
暗い……何も見えない……。
俺、やられちゃったのかな……。
ブネ? アスモデウス? アンドロマリウス?
誰もいないのか?
そうか……。
憑魔も解けてしまったようだ。
身体の感覚がない……。
リディア……日南さん……。
はは、この期に及んで俺って奴は……。
あぁ、やっぱ来るんじゃなかったかな……。
大丈夫かな……石丸さん、無事だといいなぁ……。
みんな……ごめん。
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