脅威襲来
道は上り坂になっていた。
三人が並んで通れるくらいの広さはあるが、ここで挟撃されると厳しいだろう。
周りも同じことを考えているのか、皆、緊張した様子で辺りを警戒している。
一体、どこまで続いているのだろうか。
「まるで黄泉比良坂だな……」
石丸さんがボソッと呟いた。
「あの霊界に通じてるとかいう?」
「お、知ってたか。まあ、何ていうか不気味だよなぁ……」
その時、最前列の方から声が聞こえた。
「おーい、部屋があるぞー!」
俺は石丸さんと顔を見合わせた。
*
部屋に入るなり、思わず声が漏れた。
「……うわぁ、いかにもって感じ」
とんでもなくヤバい雰囲気が漂っていた。
意味深に配置された篝火付の柱、床に描かれた巨大な魔法陣。
そして何より、天井の巨大なつららのような魔石から、尋常じゃない量の魔素が魔法陣に向かって流れ落ちていた。
「おいおい……なんだよあの馬鹿デカい魔石はよぉ……」
石丸さんが口を開けたまま魔石を見つめている。
桐谷が全員に向かって指示を飛ばした。
「固まるな! 三隊に分かれて、戦闘態勢!」
「「了解!」」
「瀬名、君は自由に動け」
「ああ……わかった」
桐谷は俺に背を向けると、大声で叫んだ。
「よーし! ここからが本番だ! 全員生きて帰るぞ!」
「「おうっ!」」
その時、ブネが語りかけてきた。
『何か来ているな……』
(え⁉)
刹那――つんざくような雷鳴が轟く!
頭上の巨大魔石と床の魔法陣との間に、赤い稲妻が迸った!
「な、何だ⁉」
「く、来るぞーっ!」
次の瞬間、魔法陣の上に、灰色の巨大な竜が音も無く姿を現した。
洞窟の岩肌のようなその鱗には、所々苔が生え独特な臭気を放っている。
「瀬名さん! あ、あれ古代竜ですよ!」
小鳥遊が興奮気味に声を上げた。
「古代竜……」
傷だらけの鱗、小さな穴が開いた羽、欠けた牙、確かにかなりの年月を生き抜いてきた貫禄がある。
ブネが言ってたのはコイツのことか……。
『あー、それとは違うんだが……まあいいさ、好きに暴れたまえ』
(ん? 違うって……あいつボスだよね?)
ブネの返事が返ってくる前に、戦闘が始まった。
桐谷の指示が飛ぶ。
「私が落とす! 全員で時間を稼げ!」
「「おぅ!」」
すかさず支援術師達が全体に『防御力向上』『炎熱耐性強化』『状態異常耐性強化』を掛けた。
『グオォォオ――――――――――――――ッ!!!!』
古代竜の咆哮にダンジョン全体が震える。
「凄ぇ……」
巨大魔石から流れ落ちる魔素が、乾いた石に吸い込まれていくように、古代竜へ集まっていくのがわかる。
同時に、背中にある鋭い背びれが燐光を纏い始めた。
ま、まずい……。
「何か来る! みんな伏せろ!」
そう叫んだ瞬間、古代竜の口から目映い光線が発射された――。
「ぐわっ⁉」
爆風が吹き荒れる!
俺は床に身を屈め、顔を腕で覆った。
土煙が舞い上がり、バラバラと石が落ちてくる。
風が収まり、慌てて辺りを見ると、さすが精鋭揃いなだけあって、何とか全員が持ちこたえていた。
そんな中、光のオーラを纏いながら剣を構え、古代竜と一人正面から対峙する桐谷がいた。
「全員よく耐えた! 後は私に任せろ!」
桐谷が動く――。
古代竜の頭上に飛び上がり、太陽の如く輝く剣を振り下ろす!
その姿は、まさに万民を救う聖騎士そのものだ。
『うおぉおおお!!! ――聖天光破斬!!!』
カッと閃光が迸る!
同時に、古代竜の身体に一直線に輝く光の筋が通った。
着地した桐谷が剣を鞘に仕舞う。
古代竜の巨体が、光の線を中心に上下にずれる。
断末魔を上げる間もなく、そのまま崩れ落ちて地面を揺らした。
「おぉ……やった……」
「やったぞぉ!!!」
「うおぉーーーー!! みんな、桐谷部長がやったぞーー!」
あ、あの古代竜を……一撃だと⁉
『ふむ、今のは中々のものだな……剣撃に神秘性を付与したわけか』
ブネの感心したような呟きが聞こえた。
(なあ、俺とあいつならどっちが強いと思う?)
『……ふん、そのような質問をする時点で察したまえ。己の力量すら計れないようでは実験体失格だぞ?』
(うぐ……)
手厳しいな、まあ、確かに今の俺じゃ、アスモデウスのルクスリアを使ったとしても、古代竜を一撃ってわけにはいかないか……。
だが、決して届かない距離じゃない。現時点での最大火力は劣るかも知れないが、俺にはまだ、召喚していない王クラスの悪魔が二人もいる……、それに、スキルの多様性なら俺の方が上だ。
「クッ……」
桐谷が膝を付く。
「き、桐谷部長!」
「に、兄さん!」
狼の姿の藍莉が駆け寄る。
「ただの魔力枯渇だ、しばらくすれば治る……」
鬱陶しそうに、藍莉の手を押し払う桐谷。
「回復術師! 早く!」
「僕に任せてください!」
小鳥遊が駆け寄ろうとした、その時だった――。
突然、場の空気が圧縮されたような、得体の知れない感覚に襲われる。
「何だ⁉」
次の瞬間、俺を除く全員が地面に抑え込まれるように倒れた。
「ぐああっ⁉」
「な、何だ……何が……⁉」
全身が押し潰されそうになる。
とんでもない力だ……!
『ほら、言っただろう? 何か来ると』
ブネの声がする。
「HAHAHA!! 見ろよクロ、あの間抜け面を!」
笑い声の方を見ると、そこにはアロハシャツを着た金髪の大男が立っていた。




