黒球
「クソッ! 仕方ない、ここは正攻法で……」
そう思った瞬間、エルダーリッチがまたも杖を天に向けた。
『……Εξελικτικά υποτελή!』
スケルトン達が夕闇色のオーラに包まれた。
薄汚れた骨が紫色に変色し、肩や背中、手足の至る所に角が生える。
その光景を目の当たりにした、近接ディーラーの一人が叫んだ。
「お……おい、マズいぞ、ありゃスカルウォリアーだ!」
「クッ……この数はキツいぞ」
その時、藍莉が声を上げた。
「やむを得ん、私がリッチを落とす! スカルウォリアーを押さえておけ!」
そう叫ぶと同時に、藍莉が身体を仰け反らせた。
――ボグッ! ボゴギッ!
「な、何だあれは……」
爪は赤黒くナイフのように尖る。
抱きしめると折れそうなほど華奢だった身体は、銀色の体毛とはち切れんばかりの筋肉に覆われ、森で見た覇王熊が可愛く思えるほどだ。
あの美しい顔は、獰猛な狼に似た獣と化す。
鋭い牙と金色の瞳にはもう、藍莉の面影は残っていなかった。
「ヴォォオオオオオーーーーーーーーッ!!!!」
凄まじい咆哮に空気が震える。
あれが……藍莉の能力。
見られたくないと言っていたのは、この事だったのか……。
放たれた矢の如く、エルダーリッチに向かって突進する藍莉。
立ち塞がるスカルウォリアーが、いとも簡単に吹き飛ばされていく。
あっという間にエルダーリッチを射程に捉えた藍莉は、鋭い爪を振り下ろした!
王冠ごと首が地面に落ちる――。
「や、やった! 藍莉副長が……副長がリッチを落としたぞ!」
が、しかし――、リッチの身体から黒い影のようなものが抜け出した。
それは宙に舞い上がり、闘技場の中央上空で黒い球になる。
「何だ……あれは……?」
スカルウォリアー達が糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
「……どういうことだ?」
辺りを警戒していると、スカルウォリアーの残骸から黒いものが立ち上り、上空の球へと集まっていく。
「あれはヤバい……何か嫌な予感がするわ……」
隣に来たモリーナが黒い球を見上げながら言った。
「ただのエルダーリッチじゃなかったのか?」
「わからない……でも、あの黒球からは、尋常じゃ無い魔力を感じる……」
黒球から赤い液体が流れ落ちた。
闘技場の地面が瞬く間に赤黒く染まっていく。
「ひぃっ……な、なんだよあれは……!」
「う、狼狽えるな! 盾役は体勢を整えろ! 近接ディーラーはいつでも行けるようにしておけ!」
地面を覆った血の中から、一体の真っ赤なスケルトンが這い出してきた。
「何だあれ? 赤い骸骨?」
「あ……あぁ……は、早く、ボスを呼ばなきゃ……」
モリーナがガタガタと震え始めた。
「おい、どうしたんだ?」
「ラ、ラストバタリオン……、あいつ、エルダーリッチじゃなかった、デミリッチだったのよ……」
「デミリッチ? 強いのか?」
「あ、あんた……知らないの⁉ 上位種でしょうが! と、とにかく、説明してる場合じゃないわ! あの赤いスケルトン……レッドボーンは無限に増殖する、しかも強い! このままじゃ終わる、早くボスを呼ばないと……」
「グォオオオーーーーッ!!」
数体のレッドボーンが藍莉に群がっていた。
「藍莉!」
「オオォォォーーーーーン!!」
悲痛な叫び声を上げ、必死に振り払おうとしている。
だが、レッドボーンは次々と藍莉の身体にしがみ付いていく。
「ふ、副長!! ひ、ひるむな、副長を助けるんだ!」
「うぉおおお!!」
近接ディーラー達が必死で藍莉の元へ行こうとするが、レッドボーンに阻まれ動けない。そうしている間にも藍莉の身体は赤く覆われ、見えなくなってしまった。
「ここをお願い! 私はボスを!」
モリーナが駆け出していった。
アンドロマリウスの憑魔を解くと、空気を読んだのか、
『私も影の中に』と言って、フッと姿を消した。
「待ってろ、藍莉――」
正面に手を翳し、ソロモンズ・ポータルを創り出した。
今の俺が持てる最高戦力……、これでお前を助ける!
『――来い、ブネ!』
叫んだ瞬間、俺の隣に白衣姿のブネが現れた。
『ほぉ……何やら楽しそうではないか』
実験を眺めている博士のようにブネが言った。
俺はブネの肩を掴んだ。
「すぐに憑魔だ、時間がない!」
ブネがフッと鼻で笑う。
『実験体が何を慌てておるのだ』
「見りゃわかるだろ⁉ このままじゃ藍莉がやられる!」
やれやれとブネは小さく頭を振り、宙に浮いた。
『まったく……君は私から何を学んだのだ? えっちなことだけしか覚えてないのか? そんなものはオークと変わらんぞ?』
「ま、学ぶって……」
ブネは空中で仁王立ちになり、俺にドーンと指を突きつけた。
もうこの下着姿にも耐性が付いてきたな……。
『あぁ……愚かなり! このブネが直々に真理の一端を教えてやったと言うのに……』
「あの粒子がどうとかの話か……?」
そうしている間に、レッドボーンがまるで軍隊蟻のように押し寄せてきた。
近接ディーラー達も盾役も呑み込まれていく!
「ブネ! 早く! 呑み込まれるぞ!」
『何という世話の焼ける実験体だ……、良く見ておけ』
ブネが宙に指で何かを書く。
回転する小さな魔方陣が輝き、ブネはそれを握りつぶす。
『魔素転送……粉砕』
その場にいる、全てのレッドボーンが砕け散った。
『わかるか? こういうことだぞ?』
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