帰宅
久しぶりの我が家――俺は絶望した。
少しは気が休まったり、落ちついたりするのかと思いきや、欠片もそんな気持ちにはならず、むしろ、日南さんの笑顔と豪奢な病室が余計に恋しくなった。
――狭い。
圧迫感しかない。
よくこんな狭い部屋で暮らせたなと我ながら驚く。
しかも、読みかけの雑誌やコンビニ弁当の空き箱、ビールの空き缶が散乱し、足の踏み場も無い……。
ぶち切れそうだった。
昔の自分が居たら、迷わずぶん殴ってる。
「このままじゃ駄目だ……俺は、生まれ変わるんだ!」
固い決意を胸に、俺は部屋の掃除を始めた。
俺がこんなにもやる気になっているのには訳があった。
実は退院の日、見送りに来てくれた日南さんが、何と連絡先をくれたのだ。
『良かったら今度は……、プライベートで映画でも観に行きませんか?』
だって、どうするよ、おい?
未だかつて……、いや、以前の俺なら未来永劫、天地がひっくり返ろうとも、こんなイベントが発生することはなかったはずだ。そもそも、日南さんと知り合う世界線など存在すらしなかっただろう。
だが! もう、俺は以前の俺では無い。
俺は俺でも俺では無い、もう良くわからなくなってきたが、とにかく!
この、引き締まったボディに、超絶イケメンなフェイス!
しかも、覚醒者……。
「ふっ……ふぁーーーーーっはっはっは!!!」
――勝った。
もはや優勝だよ、これは。
姿見に映る自分の顔をまじまじと眺めながら頷く。
やる気に満ちあふれた俺は、凄まじい速さで大量のゴミを纏め、部屋中を拭きあげ、洗濯物を干す。
結果、小一時間も経たずに掃除を終えた部屋は、見違えるほど綺麗になった。
「ふぅ……、これでよし」
新しい家を見つけるまでは、ここで生活するしかないからな。
少しでも快適な環境を作っておきたい。
さて……まずは、今後の計画を立てるか。
俺は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、人を駄目にするビーズクッションに座った。
仕事は辞める――、というかポータル発生が近かった影響で、スマホに会社からオフィスを移転する通知が届いていた。
希望者はそのまま継続して就業できるらしいが、俺は迷うことなく、退職希望の旨を返信した。
「えーっと……、退職の際の必要書類はWEB提出が可能です、か……」
派遣とは言え、長年世話になった会社だった。
何かこみ上げるものがあるかと思っていたが……何の感情も湧かない。
迷うこと無くスマホの画面をタップし、晴れて俺は覚醒者となった。
「ふぅー、何かすっきりしたな」
当面は家探しを優先しよう。
流石に、この家に日南さんは呼ぶ勇気は無い。
そもそも、家に呼べるまでの関係になれるかどうかがわからないが……。
まあ、いずれ日南さんに限らず、そういうチャンスがあるかも知れない。
折角覚醒したのだ、そのくらい望んでもバチは当たらないだろう。
管理局から準備金が振り込まれたら、すぐに契約に行って……あ、そういえば、覚醒者って大抵、港区に住んでるってテレビでやってたな……。
何でだろう?
まあ、金持ちゾーンではあるけど、利便性が良いのかな?
スマホの賃貸アプリで検索してみた。
覚醒者向けというタブをタップする。
ずらりと出てくる高級物件。
どれも引くくらいお高い……。
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パークレジデンスタワー アウェイクステート芝浦
JR山手線 田町駅 徒歩5分
築16年 50階建
3LDK 96.92㎡ 敷850万円 礼850万円
賃料425万円 管理費15,000円
※鍵代サービスします♪
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六本木アークヒルズ 39階
東京メトロ日比谷線 六本木駅 徒歩6分
東京メトロ日比谷線 広尾駅 徒歩13分
都営大江戸線 麻布駅 徒歩8分
4LDK 289.77㎡ 敷2300万円
賃料350万円 ※日当たり良好!
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憧れの白金台 一戸建て (早い者勝ち!)
南北線 白金台駅 徒歩4分
日比谷線 広尾駅 徒歩12分
4LDK 417.92㎡ 敷1450万円
賃料290万円 ※単身覚醒者向けです!
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鍵代サービスとか舐めてんのかな?
この賃料で管理費取るとかないわー。
ちょ、タワマンで日当たり良いのは当たり前だろ……。
いや、例え覚醒者が稼げると言っても、ちょっとこの家賃を払い続けるのは怖い。
もう少し収入のイメージがわかってからでも高級物件は遅くないか……。
何せ俺は覚醒したてのヒヨコみたいなもんだし。
「お、これは魔素ルームも近くて良さそう」
駅から五分、駐車場完備、3LDK……築浅だし家賃も常識の範囲だ。
待てよ……。
家を探す前に、魔素ルームでトレーニングをする→覚醒者と知り合う→良い感じの物件とか情報を教えてもらう。
うん、何事も先人の意見を聞くのが大事だな。
決めた! まずは魔素ルームだ!