監視課長
「初めまして、課長の斑鳩です」
俺は名刺を受け取った。
オールバックで白髪交じりの髪、彫りが深くて刑事のような鋭い目……。
往年の映画俳優と紹介されても、何の違和感もなく受け入れたと思う。
「瀬名です、よろしくお願いします」
「さ、どうぞ、お掛けになって下さい」
「あ、はい……」
ソファに座ると職員がお茶を持って来た。
俺は小さく会釈をして周りを見る。
もっと、事務所然とした場所を想像していたが、建物自体が貴族でも出て来そうな雰囲気だった。
「乾から聞きました、金曜会のことを気に掛けているとか?」
「……まあ、はい」
「もちろん詮索はしませんが……良かったら理由を聞かせてくれませんか?」
斑鳩さんは笑みを崩さずに言う。
回りくどいやり取りは無しだ、駄目なら駄目で構わない。
「その前に聞いておきたいことがあります」
「ええ、私に答えられることなら」
「あの二人が言ってました、課長さんは金曜会の圧力に屈するような人では無いと……。本当ですか?」
「困りましたねぇ……圧力も何も、私は金曜会の役員なもので……」
眉を下げ、苦笑いを浮かべる。
「え……⁉」
「あー、勘違いしないでください。私は社外役員ですから。まあ、名前を貸しているようなものです」
「でも……、金曜会と繋がっているってことですか?」
「否定はしません。ですが、瀬名さんの考えているような関係ではありませんよ。私は監視課を任されていますからね。金曜会に貸しを作れば、円滑な業務遂行に役立つという訳です」
「……」
「このままだと、誤解されたままになりそうですね……。ご説明しましょう。監視課は管理局の中でも特殊なチームです。というのも、他のチームには、それぞれ直轄する部署がありますが、監視課にはありません」
斑鳩さんは続ける。
「私の上は覚醒管理局長と内閣総理大臣、そして情報監視審査会です。例えば、私が決めたことに対して、管理局長や総理が反対したとします。二人は私の上長に当たりますが、任期中であれば、私が従う必要はありません。また、私を解任するには、審査会の採決で3分の2以上の票が必要です。早い話、私をクビにするには、とんでもなく面倒な手順を踏まなければならないということです」
「何か……すごいポジションなんですね」
「まあ、その代わり、局内では腫れ物扱いですが……」
斑鳩さんは冗談っぽく返した後、前屈みになって俺の瞳を覗き込む。
「瀬名さん、ご安心ください。私に圧力を掛けるには、局長と総理、審査会に手を回す必要があります。いくら金曜会でも、それは無理があります。ですので……理由を聞かせていただけませんか?」
嘘を言っているようには思えない。
だが、この人達はその道のプロ、俺みたいな素人を騙すのは容易いはずだ……。
かと言って、他に良い方法があるとも思えない。
自分に人を見る目があるとは思えないが……、直感を信じてみるか。
「……わかりました、お話します」
俺は桐谷との一部始終を斑鳩さんに伝えることにした。
*
「……ですので、このまま、良いように使われる可能性もあるんじゃないかと心配になったんです」
斑鳩さんは何度も頷いた。
「わかりました。そういう事でしたら力になれると思います。単に管理局と協力関係を結ぶのではなく、監視課の外部討伐コンサルタントとして契約しましょう。その方が良いと思います」
「が、外部討伐コンサルタント……?」
「ははは、まあ名称は何でも良いんです。要は監視課と契約をしている覚醒者だと知らしめるためですので。あ、もちろん契約と言っても何の拘束もするつもりはありません。ただ、レベルS発生時に、瀬名さんのお力を貸していただけるだけで結構です」
「少し考えさせてもらっても?」
「当然です、お返事はいつでも大丈夫ですので」
真剣な眼差しで俺を見つめながら、斑鳩さんが手を差し出す。
俺は数秒見つめた後、その手を取った。
*
――突発型両国ポータル第416号。
「おっしゃ落としたぁーーーっ! おい、回収班、出番だぞー!」
正方形の広間に、巨大な蜥蜴型の魔物が横たわっている。
その頭部に剣を突き立てた、討伐リーダーの男が声を上げた。
後方に控えていた魔石回収班が駆けてくる。
「いやぁ、意外に手こずりましたね」
大きな弓を背負った男がポーションの瓶を投げた。
「おぅ、サンキュー」
瓶を受け止めたリーダーの男が袖で汗を拭い、ポーションを一気に飲み干す。
「ったく、上も人使い荒いよなぁ……。いくらレベルBっつってもよー、これだけポータルバンバン落札されたら追いつかねぇよ」
「ですよねぇ、まあでも、ウチらはまだマシですよ。スナイダーさんと回ってる奴なんて――――」
「おい、どうした?」
「あ……あれ……」
男は口を開けたまま反対側を指差した。
リーダーの男が振り返ると、広間の入り口に小さな少年が立っていた。
「おいおい……ギルティのゲームマスターかよ……」
「リ、リーダー、逃げましょう!」
「馬鹿言え! そんなことしてみろ? 泉堂さんにぶっ殺されるぞ⁉」
リーダーの男はそう言って、
「おい! それ以上近づくな! いくらガキでも容赦しねぇぞ!」と叫んだ。
だが、怒声も空しく、遊馬が歩みを止める気配は無い。
「やべぇやべぇやべぇ……クソッ! こうなりゃやるしかねぇ! お前ら、戦闘準備だクソ野郎!」
リーダーの男を先頭に、メリルのメンバー達が陣形を組む。
「おじちゃん達、準備はいい?」
遊馬がニコッと微笑み、指を鳴らした。
『――Re:Born』
次の瞬間、遊馬の背後に闇を纏った無数の屍兵が現れた。




