初めから決まっていた
まるで、サスペンスドラマに出て来そうな洋館だった。
ガチのメイド服を着たお手伝いさん達が、両脇にずらりと並び頭を下げている。
俺は藍莉の後に隠れるようにくっついて中に入った。
ひぇ~、何だよこの上流階級感は……。
何たら財閥とか、旧ほにゃらら邸とか呼ばれてそうな雰囲気だ。
玄関なんて、俺の住んでるアパートよりも広い……。
高い天井には、ダマスク柄の美しい模様が描かれていた。
「こっち、こっち」
藍莉がスタスタと進む後をついていくと、広い応接間に通された。
「失礼します……」
中に入ると、スーツ姿の若い男が立っていた。
まるで人工物のように整った顔立ち……、色白で中性的だが、全然弱そうには見えない。
涼しげな目の奥には、爛々と燃え盛る何かがあるように感じた。
「私、金曜会青年部の部長を務めております、桐谷 茉秋と申します。本日はわざわざお呼び立てして申し訳ありませんでした。さ、どうぞ、お掛けになってください」
桐谷が応接ソファに手を向ける。
「は、はあ……」
恐る恐るソファに腰を下ろす。
俺の隣に何故か藍莉が座り、向かい側に桐谷が座った。
部屋の隅に立っていたメイドが、ティーセットのワゴンを静かに押してくる。
「紅茶は大丈夫でしょうか?」
「あ、いえ……お構いなく……」
人数分の紅茶を音も立てずに用意すると、メイドは静かに部屋を後にした。
「さて……、恐らく藍莉の事ですから、説明不足でさぞ不安に思われていることでしょう」
全く持ってその通りだ。
討伐とか何とか言ってたが、これだけのクランなら俺なんか必要ないだろうに……。
「酷いよ、兄貴はボクの事を誤解してるんだ、ねぇ瀬名っち、言ってやってくんなーい?」
藍莉は俺の肩に頭を乗せ、甘えたように言ってくる。
「藍莉、止めなさい。瀬名さんが困っているだろう」
「ちぇー、わかったよぉ……」
しゅんとなった藍莉は少し離れて、紅茶を飲み始めた。
「すみません、瀬名さん。悪気は無いので許してやって下さい」
「あ、いえ……別に」
「ありがとうございます、実は瀬名さんをお呼びしたのは……、討伐に関して、ぜひ協力をお願いできないかと思いまして」
「それは藍莉……さんからも聞きましたが、お断りします」
桐谷は「なるほど……」と呟き、藍莉を一瞥する。
「藍莉、少し席を外してくれないか?」
「えー、なんでわ……」
「二度言わせるな」
「あ、し、失礼しました」
藍莉は顔色を変えて、俺に頭を下げると慌てて部屋を出て行った。
扉が閉まったのを見届けた後、桐谷は紅茶に口を付け、「うん、美味しい」と頷く。
そして、カップをテーブルに置き、俺に微笑みかける。
「協力できない理由をお聞かせいただいても?」
――ゾクッと側頭部に寒気が走る。
視線で頭を貫かれたような気がした。
「ていうか……なぜ俺なんですか? 金曜会って、国内一位とか言われてるクランですよね? 俺が手伝う必要なんてあります?」
「そうですか、安心しました」
桐谷がニコッと笑う。
「納得がいけば考えていただけるということですよね?」
「ま、まぁ……、あと、犯罪でなければですが」
「それはありません、ウチは至って遵法的な組織ですよ。それに……もし、違法な手段が必要になれば、法そのものを変えてしまえばいいと思いますが?」
「え……」
桐谷の顔は本気だった。
そんなマンガみたいな事が本当に可能なんだろうか……。
覚醒者産業で世の中が回っているとはいえ、人類の大半は未だ非覚醒者なわけで……そんな無茶が通れば、非覚醒者側から強い反発がありそうなもんだが。
「ははは、冗談ですよ。まあ、我々が信用できない気持ちは理解できます。ですので……、ちょっとした『手土産』を用意させていただきました」
「手土産?」
桐谷は腕時計に目を向ける。
「ええ、そろそろのはずです」
――その時、俺のスマホが震えた。
画面にはリディアの文字が表示されている。
「どうぞ」と、桐谷が手を向けた。
俺は通話をタップする。
「はい……」
「ユキト⁉ ね、ね、いま大丈夫⁉」
何だ? 異様にテンションが高いが……。
「あ、うん、どうしたの?」
「へっへーん、驚かないでよ? あの、D.Joanからね、専属モデルにならないかってオファーがきたのよ!」
「D.Joan?」
「え゛……し、知らないの? ほら、超大手企業が運営してる……、母体は金曜会なんだけど、とにかく超一流のハイブランドなの!」
き、金曜会……⁉
俺は桐谷の顔をちらりと見た。何食わぬ顔で紅茶を飲んでいる。
「そ、そうなんだ、凄いじゃん!」
「もう、最っ高~の気分っ! やっとここまで来たーって感じ!」
「そうか……」
「あ、週末に少し時間が空くんだけど……ごはんでもどうかな?」
「あ、あぁ、いいね! うん、いいよ、食べよう食べよう!」
「ふふ、じゃあ、これからまた打ち合わせあるから、また連絡するねー、ばいばい」
「あ、うん、また――」
通話を切り、俺は桐谷を見た。
「どういうことですか?」
「おわかりいただけたようで……」
「リディアに嘘の依頼を?」
「いえいえ、嘘だなんてとんでもない、正真正銘、本物の依頼ですよ……今はね」
悠然と足を組み直し、桐谷が微笑む。
だが、その瞳は何処までも暗く――何も見えない。
「も、もし、俺が討伐を断れば……どうなる?」
「さあ? ただ、例え断ったとしても……、貴方が首を縦に振るまで、同じような事が続くかも知れませんね」
「な……⁉」
こいつ、最初から交渉する気なんて無いんだ……。
どうしよう? ここで断れば、恐らくリディアの仕事は無くなる。
それに……もしかすると、圧力を掛けて他の仕事にまで影響が出るかも知れない。
駄目だ、俺のせいでそんなことになれば……。
正直に話してみる……いや、馬鹿正直に話して納得してもらったとして、その後に何が残る? リディアの夢は戻らない……結局、泣くのはリディアだ。
「討伐は……一回だけですか?」
「お約束しましょう、一回だけで結構です」
桐谷は人差し指を立てた。
クソッ……この人を人と思わないような態度、気にくわねぇ……。
「わかりました、その代わり……今後、リディアや俺の周りに何か影響があるようなら……たとえ刺し違えても、お前を潰す!」
「……結構、話は決まりですね。ああ、言い忘れていました、今回の討伐はレベルSになります。そのおつもりで」
「ちょ⁉ れ……、レベルS⁉」
狼狽える俺を無視して、桐谷が「お帰りだ」と扉に向かって声を掛けた。
静かに扉が開き、メイドと藍莉が入ってくる。
「藍莉、瀬名さんを送って差し上げなさい」
「あ、はい……」
藍莉は俺の顔色を窺う。
「瀬名くん……、大丈夫?」
「え……あ、う、うん……大丈夫だよ」
俺は作り笑顔で答えた。
「じゃあ兄貴、送ってくるから……」
桐谷に目を向けることなく、俺は藍莉と部屋を後にした。




