小悪魔
すこぶる身体が軽い。
覚醒管理局に借りていた準備金を、一括返済してやった。
やはり大なり小なり、借金というものは知らず知らずのうちに、精神を蝕むのかも知れない。
銀行から出た俺は、吹き付ける北風にコートの前を閉め、近くのカフェに入った。
ホットコーヒーを注文し、奥のテーブル席に座る。
「さーて、何しようか……装備でも買いに行ってみるかな?」
口座には、まだ1,000万近く残っている。
これからリア充資金を貯めるため、討伐も積極的に行こうと思ってるし(新しい悪魔娘も気になる)、金の心配はしなくても良さそうだ。
カフェのウィンドウ越しに、一際目を引く女の子が歩いているのが見えた。
スラッとしたスタイルはリディアにも負けないレベル。歩く度に肩までの黒髪から、ミントベージュのインナーカラーが見え隠れしていた。
かぁ~! めっちゃ可愛いな……。まぁ、港区だし、芸能関係の子だろう。
さほど気にとめず、コーヒーに口を付ける。
少し砂糖を足していると、さっきの女の子がカフェに入ってきた。
うん、やっぱり可愛い……。
店内にいる男共も彼女に釘付けになっている。
今日は借金も返したし、あんな可愛い女の子まで見られるなんて……、何か良いことありそうだ。
スッと紙コップを置く、真っ白な手が視界に入る。
「え……⁉」
目線を上げると、さっきの女の子が俺の向かいに座っていた。
黒いカーディガンにインナーは白いシャツ、ライトグレーのロングコートをさらっと着こなしていて、上品で清潔感がある。
何だこれは……あ、新手の詐欺か⁉
俺を見つめる眼差しからは、芯の強さを感じる。
まだ数秒しか経ってないとは思うが、このままでは俺のメンタルが持たないぞ!
「瀬名透人……さんですか?」
「へ⁉」
「瀬名さん、ですよね?」
女の子が髪を耳にかけ直すと、インナーカラーが見えてちょっとドキッとした。
「あの、貴方は……?」
と、訊ねると、女の子がペコリと頭を下げる。
「桐谷 藍莉と申します、どうぞ、藍莉とお呼び下さい。あの、つかぬ事をお伺いしますが……本日、瀬名さんは何かご予定が御座いますか?」
「い、いえ、特には……」
その言葉に、藍莉はゆっくりと口角を上げた。
「それは素晴らしい、では、参りましょうか?」
席を立とうとする藍莉を呼び止める。
「あ、あの……ちょ、ちょっと話が見えないんですが……」
「あら、私ったら、申し訳御座いません、少しでも早くご案内したかったものですから……」
「えと……、僕は絵とか興味無くて……」
詐欺だな、うん。
どうして俺の名前を知ってるのか知らないが……こんな美人が話しかけてくるなんておかしい。
「まあ、ご冗談を……ああ、先にこちらをお見せすれば良かったですね」
藍莉は一枚の名刺を差し出す。
箔押しの家紋が入った名刺には、『金曜会 桐谷藍莉』と書かれていた。
「き、金曜会……⁉」
金曜会といえば、国内優良クラン一位の……。
そんな大御所が一体、何の用だ?
「ああ、ご存知でしたか、良かったです。私、金曜会を代表しまして、瀬名さんにお話を持って参りました」
「お話……ですか」
「はい、ここでは申し上げられませんので、お車をご用意しております。ご一緒していただけませんか?」
「いやぁ……でも……」
危険だ、トラブルの匂いしかしない。
こんな可愛い子にほいほい付いていって、無事で済むとは思えない……。
「瀬名さん……」
藍莉が突然、俺の手を握る。
「……⁉」
少し冷たくて、吸い付くような感触……。
な、なにがどうなってるんだ⁉
「藍莉は、瀬名さんに来ていただきたいんです……」
真っ直ぐに俺の目を見つめる藍莉。
ぐはぁああっ⁉
リディアとも日南さんとも違う、清楚系オーラに心が揺さぶられた。
「ぐっ……きょ、今日は、遠慮して……」
グイッと手を引き寄せられた。
「――ちょ⁉」
顔がもう目の前だ。
涼しげな瞳、形の良い鼻梁……、紛うこと無き美少女……!
藍莉はふふっと笑って、舌を出す。
「え……⁉」
舌にはピアスが光っている。嘘だろ? こんな上品な子が……。
「んふふ……」
舌先を尖らせたまま笑い、俺の鼻先をペロっと舐めた。
「なっ……⁉」
え⁉ な、何なんだ⁉ ちょ……もしかしてヤバい系?
でも、ちょっと嬉しく思ってしまった自分が怖い!
「ねぇ、早く行こ?」
藍莉がクスッと小悪魔のように笑う。
「は、はい……」
だ、駄目だとわかっているのに……!
気付くと俺は藍莉に手を引かれて、黒塗りの車に乗り込んでいた。




