狂気
順調に奥へと進み、ボスの領域の手前まで辿り着いた。
森山さんと杉さんの連携が強く、今のところ俺の出番は無い。
先発組と後発組に声を掛け、森山さんが皆を集めた。
「恐らく、この向こうにボスがいる。一度、小休憩を挟んでアタックしよう」
「うぃーっす」
「了解」
個々に別れ、地面に座ったり、岩に腰掛けたりして身体を休める。
俺は石丸さんと岩壁の近くに並んで座った。
すると、一人の回復術師の青年が皆にポーションを配り始めた。
「ど、どうぞ……」
「へぇ、気が利くじゃねぇか、悪いな」
「おぉ、サンキュー」
手渡されたメンバー達が礼を言いながらポーションを受け取る。
「なぁ瀬名くん、あれ……おかしくないか?」
「え?」
「久我山の人間が配るんならわかる、でも、あいつはCREDIT WISEの回復術師だぞ? わざわざ人数分のポーションなんて用意するかな……」
CREDIT WISEと言えば外資系上位クラン。
言われてみると、確かに不自然な気がする。
「こういう事って他の討伐でもあるんですか?」
石丸さんは顔を振り、小声で答えた。
「ないない、口に入れるモンだからな。同じクランならまだしも、貰っても警戒して飲まないのが普通だぜ……」
見ると、ちょうど皆が休憩する場所の中央で、斉藤達がこれみよがしにポーションを飲み干していた。
「いやー! これは良いポーションだねぇ! 助かったよ~!」
「ガハハハ! さっきの傷が消えたぜ、ありがとよ!」
それを見て大丈夫だろうと思ったのか、次第に皆がポーションを口にし始めた。
「あの……良かったらこれ、どうぞ」
俺達の前にも回復術師の青年がやって来た。
気弱そうで、女の子と見間違うほど中性的な顔立ちをしている。
念のため、俺はステータスを確認した。
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年齢:19 名前:小鳥遊 十和
レベル:25
異能区分/D 回復術師
クラン:CREDIT WISE
――――――――――――――――――――――
ふーん、この年で上位クランか……。
有望株ってところなのかな。
「あ、どうも」
受け取るだけ受け取っておくか……。
石丸さんも同じ考えだったようで、
「おう、すまねぇな」と笑みを向け、ポーションを小脇に置いた。
小鳥遊が頭を下げ、足早に立ち去って行くと、石丸さんが言った。
「よう、見たか?」
「ええ、手が震えてましたね」
「こいつは飲むな、絶対やべぇぞ……」
――バタン、と何かの倒れる音が聞こえた。
「⁉」
それを皮切りに、次々とメンバー達が倒れていく。
「お、おい……こりゃ一体……」
周りを見渡すと、森山さんが倒れた杉さんを揺さぶっているのが見えた。
俺と石丸さんは、近くの倒れていたメンバーに駆け寄る。
「おい、しっかりしろ! おい!」
石丸さんがメンバーの胸に耳を当て、
「生きてるな……気を失ってるみたいだ」と呟いた瞬間、後ろから斉藤の声が聞こえた。
「瀬名く~ん、ちょっといいかな?」
振り返ると、あの三人がニヤニヤと笑いながら俺を見下ろしていた。
「石丸さん、できるだけ離れてください」
「わ、わかった!」
石丸さんが森山さんのところに走って行く。
「おい、あいつはいいのか?」
磯崎が言うと、斉藤は、
「ほっとけ、ほっとけ、雑魚は後回しだ」と鼻で笑った。
「どういうつもりだ?」
「フハッ……ハハハハ! 随分偉そうな口を利くねぇ……再検査帰りだか何だか知らねぇが、ちと舐めすぎだ」
「ひひ……燃やしちゃう? ひひひ」
「これ、お前らがやったのか?」
「お前ら……? おいおい、口の利き方に気を付けろっつったばっかだろ!」
磯崎の右ストレートが俺の顔面に入った。
「……な、なんだ⁉」
全くの無傷。
一ミリの衝撃も感じていない。
逆に磯崎の拳からは血が流れ落ちていた。
「て、てめぇ……何しやがった⁉」
狼狽える磯崎。
「おいおい、何かしてきたのはお前の方だろ?」
その時、倒れたメンバーを介抱していた森山さんが、すごい剣幕でこちらに向かってきた。
「おい! お前達、一体何をした⁉」
「チッ、何もしてないっすよ、変な言いがかりは止めてもらえます?」
「し、しかし、どう見てもこれは……」
言いよどむ森山さん。
確たる証拠は無い、だが……。
「何か証拠でもあるんすか? オレらもポーション飲んだだろ、あんま適当な因縁つけてっと、リーダーだろうが関係ねぇっすよ?」
「なるほど、君たちの言い分はわかった。なら、まずはメンバーの救助が先だろう⁉ なぜ、瀬名くんに絡む必要がある!」
「ひひ……どうせ後でやるつもりなんだ、もう燃やしてもいいよね……ひひひ」
「馬鹿! 早ま……」
『――火炎!』
森山さんの足元から、炎の柱が噴き上がる!
「うわぁあああーーーーーーっ!!」
「も、森山さん⁉」
俺は、炎に包まれたままの森山さんを抱えて、石丸さんのところへ走った。
遠巻きに様子を窺っていた石丸さんが、用意していた布で炎を叩きながら呼び掛ける。
「おい! 大丈夫か! 今消してやる!」
「森山さん! 大丈夫ですか! しっかり!」
炎を叩き消した後、
「待ってろ、ポーションがある!」と、石丸さんが革のバッグからポーションを取り出し、森山さんに飲ませた。
「うぅ……ふ、二人とも、危険だ、逃げて、く、久我山精肉に連絡してください……」
「ど、どうしよう! 瀬名くん、マズいよ! ったく、こんな時にあの回復術師はどこ行ったんだ……」
「石丸さん、森山さんを頼みます!」
「お、おい……、何する気だよ?」
森山さんは、最後まで大人の対応だった。
それなのに……あのクソ共は……。
俺は立ち上がり、拳を握り締めた。
口で言ってもわかんねぇんだろうな……。
全身から赤黒いオーラが噴出し、石丸さんが「ひっ……」と声を上げた。
「大丈夫、心配しないでください」
そう言って、俺は斉藤達を見据えた。
「直ぐに終わりますから……」




