悪意
ダンジョンの内部は広い鍾乳洞のようだった。
至る所からぽつりぽつりと水滴が落ちてくる。
「足元気を付けて! かなり滑るぞ!」
先発組の杉が皆に注意喚起する。
「了解!」
「おっけー」
起伏の激しい足場だが、見通しは良かった。
先発組は周囲を警戒しながら足を進めるが、未だ魔獣の影は見えない。
瀬名に絡んでいたBEASTの斉藤が、前髪を気にしながら、隣を歩くガタイの良い磯崎を呼び止めた。
「ちょい待て……、おい、さっきのガキ、変なスキル使ったらしいぞ?」
「ん? あぁ、西島からか?」
「ああ、女が出て来ただの、タトゥーが浮き上がったとかわけわかんねぇんだが……あいつ、まだクスリやってんのか?」
斉藤は苛ついた様子で、耳に嵌めた通信具を触る。
磯崎が周りを確認し、斉藤に小声で耳打ちした。
「それよりよ、マジでやんのか?」
「当たり前だろ、じゃなきゃ、こんなショボい討伐やってられっかよ」
「クックック……だよな?」
磯崎が下卑た笑みを向けると、斉藤がふんと鼻をならす。
「ボスさえ倒せば、全員用済みだ」
*
いやー、トレッキングシューズ履いてきて正解。
周りを見ると、皆、歩きにくそうにしている。
「おわっ!」
「おっと、大丈夫ですか?」
体勢を崩した石丸さんの身体を支える。
「す、すまん、ありがとな……へへへ。俺が女なら惚れてるぜ?」
「そんな冗談が言えるんなら、大丈夫ですね」
「ははは、いやいや、内心怖くて仕方ねぇよ。ほら……」
石丸さんは両手を拡げて見せた。
ごつごつとした太い指が、ぶるぶると震えている。
平気そうな顔をしてても、やっぱり怖いのは同じなんだな……。
「大丈夫ですよ、俺がきっちり守りますから」
「へへ、期待してるぜ? 俺はまだ、死にたくねぇからよ……」
その時、前方から何かの叫び声が聞こえてきた。
「ひぃっ、は、始まった! せ、瀬名くん、マジで頼むぜ!」
石丸さんは後方に下がった。
ポールさんのような戦闘をこなせる召喚師は、例外中の例外。
大抵、いや、9割の召喚師は、不遇と称されるに見合った戦闘力しか持ち合わせていない。
基本的に戦闘に参加しない召喚師は、魔石回収まで後方待機となる。
だが、そこは一番安全なようで、精神的に最も辛い場所――。
目の前でパーティーが崩れるようなことがあれば、それは自らの「死」を意味する。
常に変化する戦況を祈りながら、迫り来る死の恐怖と不安に襲われ続けるのだ。
「私達も合流し、サポートに入りましょう!」
「了解です!」
森山さんの声と同時に俺達は先発組と合流する。
先発組の近接ディーラーに、鮫と鰐が合体したような魔獣が覆い被さっていた。
魔獣は威嚇音を発しながら、鋭い牙を向ける。
『シャアアアアーーーーッ!!』
『――挑発!』
杉さんが挑発スキルで魔獣を引きつけた。
五体いる魔獣は、一斉にターゲットを杉さんに変え襲い掛かる。
『――防御力向上!』
それを見た後発組の支援術師が、すかさず杉さんに補助を掛ける。
『――火炎!』
突然、一体の魔獣が炎に包まれた。
濡れた地面にのたうち回り、身体を擦りつけて炎を消そうとしているが、炎は消えるどころか激しさを増していく。
「ひひ! ひひひ! 燃えろ! いひーっ! ひひひ!!」
攻撃魔法を放ったのは、あの西島という男だ。
自分の放った炎を見て、不気味な笑い声を上げている。
魔術師か……攻撃魔法は強力だが、あんな団子になってる中にぶっ放すとは、こいつ何を考えてるんだ?
一歩間違えば杉さんまで巻き込むぞ……。
「ぬぅん!」
アーミーカットの磯崎が、杉さんに群がる魔獣に大斧を振り下ろした。
『ギシャアアア!!』
魔獣が断末魔を上げる。
あの性格が悪そうな斉藤という男は、離れた場所で欠伸をかみ殺していた。
なんだあの茶髪……皆が戦っているというのに。
ふと、奴と目が合う。
斉藤は俺を見てニヤッと笑った後、転がっていた魔獣の死骸を蹴り飛ばした。
へぇ……喧嘩売ってんのかな。
『――豪雷弓!』
森山さんが放った矢は弧を描き、上空で分裂すると落雷のように魔獣に降り注いだ。
一気に魔獣が殲滅する。
「回復術師、怪我人がいないか確認! 先発で手が空いてる人は周囲の警戒を! 体勢立て直すよ!」
森山さんの指示に皆が動いた。
*
斉藤は後発組の中に瀬名の姿を見つける。
「何だありゃ……ククク、西島の奴、イカれては無かったのか」
瀬名と目が合う。
すぐにビビって目線を外すと思ったが、瀬名は目を逸らさない。
その瀬名の行為が、斉藤の歪んだプライドに触った。
「ククク……、へぇ、面白れぇじゃん?」
近くにあった魔獣の死骸を蹴り、斉藤は磯崎を呼んだ。
「おい、先に彼奴をやるぞ……」
「え? やるっつっても、邪魔なのがいるからなぁ」
磯崎が杉と森山に目を向ける。
「大丈夫だ、西島の魔法で騒ぎを起こさせる、その隙にちょっと痛めつけてやりゃあ良い子になるさ……」
「へへ、そいつは間違いねぇな」
斉藤は辺りの警戒に当たる瀬名の背中を睨む。
「見てろ……死ぬほど後悔させてやる」




