二度目の討伐
全員がポータルの前に集まった。
さっきの輩達が、こっちを見てニヤニヤと笑っている。
いい加減うざったいな……。
まぁ、ああいうのは兎に角シカトに限る。
森山さん達から離れなければ大丈夫だろう。
「えー、時間になりました! 突発型池袋ポータル第324号、討伐責任者、久我山精肉の森山と申します! 本討伐は予定通り参加人数20名、内、補助職5名、緊急時リーダーは同クランの杉が対応します! では、各自装備等、問題はありませんか?」
全員を見渡して、森山さんが続けた。
「先発組、杉に続いて入ってください! 後発組は私と行きます!」
杉さんは大きな盾を持っている。
パーティーになっているので、クラスを見ることが出来た。
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年齢:23 名前:杉 錬次
レベル:34
異能区分/A 重戦士
クラン:久我山精肉
※緊急時リーダー
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へぇ……、なるほど、ステータスは非公開なのか。
森山さんはどうなんだろう?
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年齢:29 名前:森山 清太郎
レベル:44
異能区分/B 弓使い
クラン:久我山精肉
※討伐リーダー
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弓使いって初めて見たな。
確かに、色々と指示を出すなら、全体を俯瞰できる方がいい。
そうだ、彼奴らも見ておくか。
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年齢:21 名前:斉藤 雄大
レベル:38
異能区分/A 騎士
クラン:BEAST
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年齢:22 名前:磯崎 豪
レベル:33
異能区分/A 戦士
クラン:BEAST
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年齢:21 名前:西島 浩一
レベル:39
異能区分/E 魔術師
クラン:BEAST
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ふーん、意外とレベル上げてんだ。
だからあんな強気だったのかな?
「では、我々も行きます、はぐれないように注意してください!」
俺はポータルを見上げた。
黒い空間の淵に、時折、バチバチッと放電現象が起きる。
二度目のダンジョンか――。
今回の討伐では、一つ目標がある。
召喚のレベルも3になった事だし、俺もポールさんのような使役獣を召喚するつもりだ。
これは、憑魔が使えなくなった時の保険でもある。
俺の使役獣はどんな奴なんだろう……、楽しみだな。
「ひひ、邪魔だよ……、どけ!」
後ろからフードの男がわざとぶつかって来た。
咄嗟に見ると、顔だけこちらに向けてギョロ眼で睨む。
こいつ……西島とかいう奴だな。
クソッ、イライラさせやがって……。
俺はどうにか気持ちを落ち着けると、皆に続いて中に入った。
――フッと空気が変わる。
息苦しい……。
喉が締め付けられるような感覚だ。
森山さんが振り返り、手を上げた。
「召喚師の方、使役獣はここで出しておきましょう、支援術師の方は防御系のバフをお願いします」
「了解」
「うぃっす!」
皆がそれぞれの役目をこなす。
よし、俺も出してみるか。
ぶっつけ本番だからドキドキするなぁ……。
大きく深呼吸をして、俺は手を前に翳した。
『――召喚!』
あ、あれ……?
何も出ないんですが……。
『――召喚!』
もう一度、試してみても何も出て来ない。
「どうした、調子悪いのか?」
召喚師のおじさんが声を掛けてきた。
「あ、はい……初めて召喚したんですけど、使役獣が出てこなくて……あ、初めまして瀬名といいます」
「俺は石丸、ははは。自己紹介なんてしてたら初心者丸出しだぞ? 皆、参加者の事は事前にチェックしてるさ」
「そ、そうなんですね、ははは……」
そっか……言われてみればそうだよな。
メンバーの情報を把握しておくのも大事なことだ。
咄嗟にあいつ誰だっけみたいになるのは命取りだ。次からは事前にチェックしておこう。
「召喚ができないのか……、レベルは?」
「レベル3です」
「あー、じゃあ、次は5か」
「え?」
「個人差はあるけどな、大抵5とか7で成功する。11なんかも聞いた事があるが、まあ焦らずにってことだ」
何言ってるか全くわからない……。
「す、すみません、どういうことですか?」
石丸さんはボリボリと頭を掻いて、
「えーっと、素数だよ素数。レベルが素数の時に召喚が成功するって話。遅いほど良い使役獣が出るって噂があるのさ」と教えてくれた。
「そんな噂が……」
うーん、どうしよう。
召喚が出来ないとなると、憑魔するしかない。
でも、ここでやると目立ちそうだよなぁ。
ちょっとだけ離れても大丈夫かな……、周りの様子を窺いながら迷っていると、
「俺の見てみろよ、もうかなり長い付き合いだが、魔石を回収するのがやっとの出来損ないだぜ」と石丸さんが言った。
悪態を吐く割に、石丸さんの顔は嬉しそうに見える。
その目線の先には、大型犬くらいある鼬のような、するんとした使役獣がいた。
顔は可愛らしいが、手には園芸用の草刈り鎌みたいな鋭い爪が生えていて、やはりただの獣ではないと思わせる迫力があった。
「魔石回収って結構難しかったりしますか?」
「んー、そうだな、初めはコイツ魔石を食べちゃったりしてさ、慣れるまでは大変だったよ。食べた魔石は弁償だし、討伐参加して赤字だった時は笑ったぜ、わははは!」
俺は石丸さんのステータスを確認してみた。
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年齢:45 名前:石丸 徹
レベル:24
異能区分/E 召喚師
クラン:フロンティア・エッジ
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……へぇ、結構年上なんだ。
ん? 聞いたことの無いクランだな……。
「あの、石丸さんのクランって……」
「ああ、聞いた事ないだろ? 小さなクランだからなー、俺と腐れ縁のおっさん二人だけ。へへ、たまたま小学校からの友達と一緒に覚醒してよ……しかも、二人とも使えない召喚師、笑えるだろ? かかか! 最初は大手に入ろうかと思ったんだが……ま、俺らは40過ぎてから覚醒したから、あんま欲がねぇっつうか……、ちょっと良い酒と美味い肉が食えりゃ、それでいいのさ。あ、それとコレもな、へっへっへ……」
と、石丸さんは小指を立ててにんまりと笑った。
「あはは……でも、お友達と一緒だなんて羨ましいです」
「ったく、よく言うぜ、瀬名くんなんてモテモテだろ⁉ がははは!」
笑っていた石丸さんが、急に小声で俺に耳打ちをした。
「気をつけな……、あいつ、さっきからずっと君の様子を窺ってるみたいだ」
「……」
西島と目が合う。またギョロ眼で睨んできた。
いい加減、腹立ってきたな。
「朝、再検査した奴が来るって噂になってたからよ、目を付けられちまったのかも知れんな……。彼奴ら大勢悪い仲間がいるって話だ、悪いことは言わねぇから、何かされそうになったらリーダーのとこに行け」
噂……そんなにすぐに話が。
病院から? それとも管理局からだろうか?
「そうですね……。あ、噂って皆知ってる感じですか?」
「再検査の事か? まあ、俺の耳にも入って来たし、大抵の奴は聞いてると思うぜ」
「そっか……、ありがとうございます」
なら、別に隠さなくてもいいかな……。
今、絡まれると厄介だし、早めに憑魔しておくか。
俺は手を翳した。
『――ソロモンズ・ポータル!』
闇がそこに現れる。
空間に浮かぶ楕円形の黒。
「なっ⁉」
石丸さんが後ずさった。
「お、おい……何だあれ?」
「あいつって、再検査の奴だよな?」
周りが一斉にざわつくが、俺は一切構わず悪魔を召喚した。
『――来い、アスモデウス!』
俺の呼びかけに応じ、闇の中から黒いニーハイブーツが伸びる。
皆が息を呑むのがわかった。
白金の長い髪が揺れる。
思わず吸い込まれそうになる雪のような肌。
蠱惑的な笑みを見せ、歩く度にビキニのような黒鎧から膨よかな胸がこぼれ落ちそうになっている。
相変わらずの露出の高さだな……。
皆は言葉を失い、ただアスモデウスを見つめている。
『ふふ……主……』
「うぷっ⁉」
アスモデウスは俺の顔を胸に押しつけた。
「ムゴッ⁉ ンー!」
や、柔らかくて死ぬっ⁉
それに、とんでもなく良い匂いが……。
ちょ……流石に皆の前だと照れる!
「お、おい……あれ誰だよ?」
「あの女、角生えてるぞ⁉」
「な、なんてエロさだ……」
皆が騒ぎ始めると、アスモデウスがジロリと赤紫色の瞳を向けた。
『なんだ……ゴミ虫どもの分際で我を欲するか……?』
チロリと舌を唇に這わせて、胸に手を当てる。
「「おぉ……」」
皆から感嘆の声が漏れた。
『ふん、我はゴミにどうこうできる存在ではないわ……』
アスモデウスはこれ見よがしに、俺の肩に手を回す。
そして、吐息混じりに俺の耳元で囁いた。
『さぁ、主……始めようではないか?』
アスモデウスは俺の頬を両手で挟むと、強引に舌をねじ込んできた!
迸る全能感! 強烈な快感とエネルギーが流れ込んでくる!
「うぉおおお、きたきたきたーーーーーっ!! よっしゃ、憑魔完了ーっ!」
これこれ、この解き放たれた感覚!
ふぃー、やっぱ憑魔は最高だな。ガイーンッ!ってなるわ。
俺は肩をコキコキ鳴らしながら、軽く身体を慣らす。
「あ、あの……瀬名くん、なのかな……?」
石丸さんが恐る恐る声を掛けてきた。
見ると、皆も一体何が起こったのか理解できていないようだった。
「あ、これが俺のスキルです」
「そ、そうなの? な、何か凄いね……そのタトゥー?」
「ああ、これ? タトゥーじゃないんすよ、悪魔の印っていうか」
「へ、へぇ……」
「あのー、瀬名くん、ちょっと……いいかな?」
向こうでクランの人達と何か相談をしていた森山さんが、俺の様子を窺うように話しかけてきた。
「あ、はい」
「ちゃんと、僕達を味方だと認識してるんだよね?」
「ははは、もちろんですよ! 大丈夫です、ちゃんと意識もしっかりしてますから」
「そ、そうか、なら良いんだが……ちなみにそのスキルはどんな力があるのかな?」
「ステが結構上がる感じですかね?」
「てことは……身体強化される感じなんだね、わかった。じゃあ、瀬名くんは……後発前衛に回って貰えるかな?」
「了解です」
俺が前衛組の方に向かうと、皆がサッと避けた。
チッ、いちいちビビってんじゃねぇよ……。
おっと、やっぱアスモデウスだと荒くなるな……、気を付けなきゃ。
チームワークだぞ、笑顔、笑顔。
ニッと笑って皆を見ると、余計に引かれた気がした。




