螺旋の輝き
千代田区霞が関といえば、古くから官庁街として知られている。
立ち並ぶ各行政機関の近代的な庁舎ビルの中、ひとつだけ時代に取り残されたような覚醒管理局の本庁舎があった。
ネオ・バロック様式の威厳を感じさせる外観は、そのまま政府内における管理局の在り方を示しているようだ。
乾と近藤は、管理局の正面入り口から、真っ直ぐに監視課へ向かった。
黒い大理石の床に、二人分の革靴の音が響く。
廊下、というよりは回廊と言った方がしっくりと来るだろう。
「乾さん、課長って俺のこと何か言ってました?」
「……それを聞いてどうする?」
「いやー、あはは……ちょっと気になっちゃっただけっす」
近藤は誤魔化すように頬を掻きながら、窓の方を向いた。
「しかし、いつ来てもここだけ別世界ですよ……新宿の出張所も、もう少し金かけてくれても良いと思いません?」
「事務所なんて、雑魚寝が出来れば何でも良いだろ」
乾の言葉に、近藤は眉を顰めた。
「それ、課長の前では絶対言わないでくださいね」
「……なぜだ?」
きょとんとする乾。
「乾さんがそんなこと言ってるから、いつまでたっても事務所が綺麗にならないんじゃないっすか」
近藤はため息を吐きながら、監視課の扉を開ける。
「失礼します、乾、近藤、両名戻りましたー」
この部屋を見て、官庁の事務室だと思う人間はいないだろう。
置かれている事務机や、収納棚、壁時計、天井の照明にデスクライト、どれも建物の雰囲気に合わされて用意された年代物の高級アンティークだ。だが、そんな事務机の上に、ホチキスや蛍光ペンなどが無造作に置かれ、古き良き様式美の中で近代的デザインがぶつかり合っている。
二人は一番奥の別室に通じる扉をノックした。
「はいれ」
中から良く通る声が返って来た。
「失礼します」
「しまーす」
窓の外を眺めながら、煙を燻らせる背の高い男が手を上げた。
ロマンスグレーのオールバックで、彫りの深い顔。
真っ白なワイシャツの袖をまくり、長い指には透明な宝石の付いた指輪を嵌めている。
「斑鳩課長、お待たせしました。例のモノです」
乾は魔石を手渡した。
斑鳩はそれを受け取ると、窓から空に翳した。
「いつ見ても美しい螺旋だな……」
そう呟く斑鳩の言葉に、近藤が乾に小声で訊ねた。
「乾さん、螺旋ってなんのことっすか?」
「何だ、お前知らなかったのか?」
乾が答えると斑鳩が、「どうした?」と聞く。
「ああ、すみません、こいつが魔石の螺旋を知らなかったもので」
「近藤……お前、何年目になる?」
「四年目です……」
斑鳩はふぅーっと白い煙を吐き、髪をなで上げた。
「それは勉強不足だな……。今日は特別だ、良く覚えておけ」
クリスタルの灰皿で煙草を揉み消す。
「こいつには魔素の流れが刻まれているのさ」
「魔素の流れ、ですか……どういうこと?」
「はぁ……いいか? これが只の石じゃないってことはわかるな?」
「はい、そりゃもちろんっす!」
「魔石には水晶のように、自然と長い年月を掛けて成長するものと、魔物の体内で核となっているものがある。それぞれ、光に透かして見ると、魔素痕とよばれる螺旋を描く流れが見える、ほら、見て見ろ」
「あ、はいっす」
近藤は斑鳩の側に寄り、魔石を覗き込んだ。
「おぉ! これは綺麗っすね、万華鏡みたいっす」
「この魔素痕は二つと同じものがない。DNAみたいなもんだな」
「なるほど……で、それが何か役に立つんです?」
斑鳩と乾が顔を見合わせる。
近藤は二人を交互に見て、
「えっと、役に立つんですか?」と聞き直した。
「ポールの能力は、この魔素痕を上書きする事で映像を記録していると思われているな。まあ、他にも色々とあるが、それは後で自分で調べておけ、これ以上課長の時間を無駄にするな」
「は、はいっ……すみませんでした……」
「はは、構わんよ、それよりこいつを見てみるか」
斑鳩が机の上のリモコンのボタンを押すと、フッと壁が消え、奥の部屋が見えた。
「ほへ?」
近藤が目を丸くする。
「ホログラムだ。意外と気付かないもんだろう?」
奥の部屋にはソファとテーブル、そして壁一面には白いスクリーンが掛けられていた。
「乾、頼む、近藤は鍵を掛けて来てくれるか」
「はい」
「は、はいっ!」
乾は魔石を受け取ると、手慣れた手付きで専用の映写機に魔石をセットした。
近藤が部屋の鍵を閉めると、映写機が回り始めた。
*
「はい、ポータルケアセンターの鹿島ですが……」
『どうも、管理局の斑鳩です」
「ああ、先日はどうも、何か気になるデータでもありましたか?」
鹿島はスマホに手を当て、「今日はもういいよ」と看護士に書類を渡した。
「いえ、実は……再検査をお願いしたくてご連絡しました」
「再検査?」
再検査は監視課がマークした覚醒者に対して行う。
これは対象の監視レベルが上がった事を意味している。
事前にスキル、ステータスの精査を行い、フレンドリストに反映するためだ。
「ええ、以前、鹿島院長からご報告頂いた瀬名という青年を覚えていますか?」
「瀬名……ええ、あのスキルは忘れませんよ、今も各国のプライベート・メディカルサーバーに照合を申請していますが、同一スキルの保有者は、まだヒットしていません。恐らく、固有スキルかと……あぁ、情報が漏れる心配はありませんのでご安心を」
「それについては、問題ありません。ですが……、彼に関しては、遠からず世界中がその名を知ることになるでしょう。新たなS級覚醒者としてね」
「S級……では、フレンドリストに?」
「諸々調整中ですが、そうなります」
鹿島は手元のメモに『隠蔽スキルの可能性?』、『S級判定』と走り書きをした。
「わかりました、ではこちらも早急に手配します」
「ありがとうございます。あと、失礼な物言いになってしまうかも知れませんが……」
「いえ、お気になさらずにどうぞ」
「仮に……、先生が鑑定出来なかった場合ですが、他に鑑定ができそうな方はいらっしゃいますか?」
「そ、それほどですか……?」
「いえ、年を取ると心配性になってしまうもので……、申し訳ありません、忘れて下さい」
「は、はぁ……わかりました」
「では、失礼します」
スマホをデスクに置き、鹿島は倒れ込むように椅子に座った。
「……斑鳩課長にあそこまで言わせるとは」
そう呟き、引き出しを開ける。
中にあった小さなクラン章を取り出して眺めた。
そこにはローマ字の筆記体で――CREDIT WISEと書かれていた。




