48時間
わざわざ全MPを消費して来たというのに、これじゃ友達の家に遊びに来たようなもんだぞ……?
俺はやたらテンションを上げるアンドロマリウス達を眺めながら、どうしたものかと短く息を吐いた。
「な、なぁ、悪魔城って……遊びに来るスキルなのか?」
――ピタッと皆の動きが止まる。
な、何だ、この空気は……。
アンドロマリウスがゆっくりと付け髭を剥がす。
猫執事達も無言で付け髭と帽子を片付け、そのまま壁際に並び、目を伏せて控える。
いつになく真剣な表情で、俺を見つめるアンドロマリウス……。
きゅっと結んだ唇に、ただならぬ雰囲気を感じた。
『時間は48時間、それが最初で最後のタイムリミットです』
「え? どういうこと?」
『このスキルは、言わば私からマスターへの愛の証。私の力の全てを捧げるということ……』
アンドロマリウスはそう言って、自分の胸に手を当てる。
「ん? レベルが上がれば力を引き出せるんじゃないのか?」
『ええ、確かにそうです。ですが、今、解放されていないスキルはあと一つのみですよね?』
「うん、ステータスを見る限り、そうだと思う」
俺は念のためステータスを確認した。
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憑魔:アンドロマリウス
・千里眼(900MP/一体)
対象のステータスをフルオープンにする。
・スキル・ハック(500MP/1回)
対象の持つスキルを盗用できるが、効果は半減する。
・スキル・ロック(800MP/1回)
対象のスキルを一定時間封印する。
・悪魔城(全MP)
48時間の間、アンドロマリウスの支配する城へ行くことができる。
・■■■
現LVでの使用不可
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『実は、悪魔城というスキルを解放するかしないかは……私が決めるんです』
「え……」
『そして、悪魔城はたった一度だけのスキル……、もし私が解放しなければ、別のスキルが解放されていたでしょう』
「一度だけって……」
『この48時間で、ある試練に挑戦していただきたいと思っています。その試練こそが、私が悪魔城を解放した理由であり、私からマスターへの愛の証……』
アンドロマリウスは自分の肩を抱きながら言うと、おもむろに俺と目線を合わせた。
『見事、試練を乗り越えれば、この獄界の支配層『始まりの72家』に名を連ねる、アンドロマリウス伯爵家に受け継がれて来た伝承スキル、『暴かれる真実の庭園』が解放されます』
「伝承スキル……⁉」
頷きながらアンドロマリウスは、俺の手をそっと握った。両手で包み込むようにして自分の頬に当てる。絹のような柔らかな頬の感触が伝わってきた。
『このスキルは、自分を中心とした場にアンドロマリウス家の固有結界を実装、その場に居る者全ての状態変化を無効にします』
「状態変化ってことは……、支援術とかも含まれるのか?」
『もちろん、アイテムで強化されたステータス、特殊な装備品の効果、バフ、全てを無効化し、全ての者を真実の姿に戻す力……これが私からマスターへ捧げるプレゼントです』
そう言って、俺の指をそっと口に含み、上目遣いで俺を見た。
う……ちょ、ドキドキするな……。
「ま、マジかよ……」
す、凄いスキルだ……。
装備の効果まで無効にするとか、ヤバすぎるだろ。これは絶対に手に入れておきたい……。
『残り、47時間15分でございます……』
突然、猫執事が口を開いた。
「え⁉ ちょ、時間が過ぎてる……」
『――ひとつだけ』
と、アンドロマリウスは前置きして、俺の手を離す。
ゆっくりと顔を上げ、凛とした表情を向けた。
『この試練に失敗すれば、二度とこのような機会はありません。そして――、私を召喚することもできなくなります』
何かを決意したような表情は、そういう事だったのか。
失敗は別れを意味する……。
アンドロマリウスに……もう、会えない?
『それでも、マスター、この試練……挑戦なさいますか?』
「ぐ……」
にっこりと微笑んではいるが、その瞳は憂いを含んでいた。
俺の勝手な勘違いかも知れないが、アンドロマリウスも俺と会えなくなるのは不本意なのかも知れない。
だが、そこまでしてまで、俺に力を与えようとしてくれている……。
「も、もし、ここで挑戦しないとしたら……どうなるのかな?」
瞳から憂いは消え、訴えるような色味を帯びる。
まるで俺に期待を寄せているような……。
失敗すればアンドロマリウスを失う。
家宝的なスキルまで捧げようとするアンドロマリウスの好意を考えれば、試練に挑むのが男ってもんだと思うが……。
ええい! 何をビビってる!俺はもうあの時の俺じゃないんだ。
男が女の子の気持ちに応えないでどうする⁉ 悪魔っ娘一人、幸せにできない奴が恋愛なんてできるわけが……ん? 何か変かもしれないが、と、とにかく! やったろうじゃねぇの!
「あ、当たり前だろ! そのスキルも、アンドロマリウス、お前も俺のもんだ!」
『マスター……、うわ~んマスター!』
アンドロマリウスが俺に抱きついてくる。
華奢な身体だな……それに、ほのかな甘い薫りが。
胸の奥から何かをかき立てられるような気持ちがこみ上げ、思わず抱き寄せる手に力が入った。
「あ……」
アンドロマリウスの吐息が首元にかかる。
た、たまらんのですがっ!
鼻息が荒くなりそうになった、その時――。
『オホン、残り、46時間58分でございます……』
ハッと我に返る。
咳払いする猫執事を横目に、俺はアンドロマリウスの肩に手を置いた。
「アンドロマリウス、時間が無い。何をすれば良いか教えてくれ」




