定例会
――中央区、晴海埠頭倉庫街。
立ち入り禁止となっていた一帯をGUILTY ROCK BROTHERsが買い上げたのは二年ほど前の出来事だった。
当時は大々的なニュースとなったが、今は落ち着いたもので、様変わりしたお洒落な倉庫街には観光に来たカップルの姿も見える。
その一角にある、巨大な倉庫型魔素ルームに、少年が駆け込んできた。
「あれ、遊馬くん、今日はどうしたの? 討伐かかってないっしょ?」
入り口にたむろしていた若い男達の一人が声を掛けた。
「師匠は?」
「あー、奥にいるよ」
遊馬は礼も言わず、早足で奥へ向かった。
古い倉庫を改築して作った魔素ルームには仕切りが無い。
全て端まで見渡せる作りで、露店のようなカフェブース、タコスやケバブなどの屋台、トレーニングゾーンが広がっている。
「師匠!」
遊馬の呼び声に、ケバブ屋台の椅子に座っていたドレッドヘアの男が顔を上げた。
日焼けで真っ黒な顔の男は遊馬を見るなり、
「よぉ、ネクロボーイ、調子はどうだ?」と、ケバブを囓りながら、機嫌良さそうに拳を向ける。
遊馬は小さな拳を当て、「ぼちぼちさ」と答えた後、しょんぼりと俯いた。
「ヘイヘイどうした遊馬、しけたオーラが出てるぞ? もしかして、失敗したのか?」
そう言って男はサングラスの位置を直した。
「……ごめんなさい。思ったより強くて」
男は遊馬の肩を抱き、真っ白な歯を見せて笑う。
「ヘイヘイ! 何を落ち込むことがある? お前は世界でたった数人しかいないネクロマンサーだぞ? GUILTY ROCK BROTHERsの未来を担う、死の王だ。マジになったお前に敵う奴なんていないんだ、自信を持てよ!」
「……でも、師匠……僕、負けちゃったんだ」
下唇を歪め、うっすらと涙を溜める遊馬。
男は遊馬の前にしゃがみ込んでサングラスを外した。
真っ白な瞳が遊馬を見る。
「なあネクロボーイ……、この目を見ろ。俺には皆が見ているものは見えない。だが、皆が見たくても見えないものが見える。大丈夫、俺を信じろ、お前は無敵さ」
「……」
遊馬は黙って俯いている。
「そうだな……。負けを認めて這い上がれる人間もいるし、ただ腐って死ぬだけの奴らもいる。お前は自分をどっちだと思う?」
「ぼ、僕は……」
チチチと舌を鳴らし、男は人差し指を横に振る。
「お前はどっちでもないんだ。腐って死ぬ奴らを操って、這い上がる人間をぶっ潰すのがお前だ、わかったか? ノーライフキング」
「師匠……」
「わかったらもう忘れろ、ケバブ食うか?」
「うん」
遊馬はニコッと笑って頷いた。
「よーし、それでこそ俺の弟子だぜ」
クシャクシャっと頭を撫で、男は遊馬にケバブを渡す。
「ありがと、師匠」
「それで、話題の新人はどうだった?」
「いっぱいタトゥーが入ってて、変なスキルを使う、僕はスキルを封じられて負けた」
モグモグとケバブを囓りながら遊馬が答える。
「封印スキルか……なるほどな。そいつは厄介だな」
「でも、状態異常対策すれば……、僕が勝つかな。あと、すっごく綺麗なお姉ちゃんがいた」
「ハハハ! OK、それでこそネクロボーイだ」
師匠と呼ばれる男がニッと笑うと、遊馬は再び男と拳を合わせた。
* * *
赤坂にある某高級ホテルのグランドガーデンルーム。
クラシックとモダンが調和した会場には、一流のインテリアが配置されていた。
等間隔に置かれたテーブルに、MERRILL TRIADの上位メンバーが一堂に会している。黒田は居心地の悪さを感じながらも、端のテーブルに座って息を潜めていた。
会場に泉堂が入って来た。
水を打ったように場が静まる。
泉堂が上座に立つと、手前に立っていたメリル日本支部序列二位である宮應が皆の方を向いて口を開いた。
宮應は泉堂と同じく、覚醒管理局のフレンドリストにも登録されているS級覚醒者である。
飄々とした泉堂とは対照的に、宮應は表情が乏しく、近寄りがたい空気を纏っていた。
「これより、MERRILL TRIAD日本支部定例会を執り行う。まずは支部長からお言葉を賜る」
泉堂が宮應に小さく手を上げる。
「はいはい、今月も皆さんご苦労さまです。まあね、あまり高レベルポータルが発生しなかったってこともあって、うーん、数字的にはあまりよろしくないのかなぁ……、日本支部はね、それでなくてもお荷物だと言われてるんだけどね、その辺――、お前らどう思ってんのかな?」
会場の空気が一瞬にして凍り付く。
その場に居合わせた誰もが、泉堂と目を合わせることができない。
(な、何だこれ、と、とんでもないプレッシャーだ……⁉ オーク・エンペラーが可愛く思えるぞ……)
黒田は必死に震える身体を押さえた。
「ま、いいや。終わったことをグチグチ言っても仕方ないしね。ただ、ウチに結果を出さない奴はいらない。各自、よぉ~くその辺を頭に入れておくようにな!」
泉堂は歯を見せて笑うと腰を下ろした。
宮應が泉堂に会釈をし、進行を続ける。
「たった今、支部長からもあったように、今月は例年比で-5%という数字が出ている。上位クランの中でも、数字を落としたのはウチだけだ。この現状は、重く受け止めなければならない。よって、来月から中レベルのポータルに関して、入札件数を一時的に増やす方向で動く。A級、B級の者はそれなりの準備をしておくように。レベルAポータルに関しては、発生次第――、私が単独で獲りに行く」
会場がざわめく。
確かにS級の宮應ならば単独踏破も可能だろう。
だが、ダンジョンの中では何が起きるかわからない。
複数パーティーで挑むのが普通だ。しかも、レベルAは実質最高レベルに等しい。
そんなダンジョンに一人で乗り込むなど、黒田には、とても正気とは思えなかった。
「もう一つ、報告がある」
そう口を開いた宮應の言葉に皆が耳を傾ける。
「黒田くん、立ちたまえ」
「は、はいっ⁉」
突然名前を呼ばれ、勢いよく席を立つ。
「知っている者もいるかと思うが、最近ウチに入った新人の黒田くんだ。クラスは支援術師、来月からの中レベルポータルでは大いに活躍してくれるだろう」
宮應が拍手をすると、皆も合わせて拍手をした。
「さて……、彼は先日、定期出現型笹塚ポータルにおいて、オークエンペラーと交戦した」
『オーク・エンペラー⁉ まさか、レベルEだぞ』
『どういうことだ⁉』
会場に居る覚醒者達が一斉にどよめいた。
「静かに――」
と、宮應が皆に手を向ける。
「そのオーク・エンペラーを召喚したのは他でもない、GUILTY ROCK BROTHERsの『ゲームマスター』だ。現在、公式に説明を求めているが……返事は無い」
淡々と語る宮應。
会場の空気が、次第に張り詰めていく。
「既に弁解の機会は与えた……これ以上の沈黙を我々は由としない。現時点を持って、MERRILL TRIAD日本支部は、これを宣戦布告とみなす――。相手が彼等なら手段は問わない。中レベルポータルへの討伐権利は全てGUILTY ROCK BROTHERsから奪い取れ! これは本社承認済の決定事項である!」
「「ウォォォーーーーーーー!!!」」
皆の咆哮で会場が震える。
場の空気に圧倒されていた黒田が、ふと、会場の隅に立つ人影に気付いた。
「あれは……ポール?」
ポールは黒田を見ると、ハットを取り小さく会釈する。
黒田が慌ててお辞儀を返すと、既にポールの姿は無かった。




