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世界最強の憑魔術師に覚醒したので第二の人生を楽しみます!  作者: 雉子鳥幸太郎
一章

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記録屋

「こんな場所でも、召喚師が使役獣を召喚できるのは、何故だか知ってるかい?」

「さぁな……」


 ポールはダークの口から、何かを取り出しながら続ける。


「――弱いんだよ、それだけ魔素を必要としないんだ」

「何が言いたい?」


「ほら、お望みのモノだ」


 ポールが乾に紫色の魔石を投げる。

 乾はそれを受け取ると、光に透かして見た。


「確かに受け取った。報酬は指定の口座に支払われる」

 乾が立ち去ろうとすると、ポールが呼び止めた。


「それ、なるべく早く見た方がいいよ、恐らく彼は―――――――」

 走り抜ける電車がポールの声をかき消した。


「さて、それじゃ」


 ポールが背中を向けると、使役獣が光の粒子となって消える。

 立ち去るポールの背中を見つめた後、乾は自分の手の中にある魔石に目線を落とした。


 乾が助手席に乗り込むと近藤が訊ねた。

「あれって誰なんすか?」

記録屋レコーダーだ、データベースを見ろ」

「あ、登録済みの人なんすね?」

「早く出せ」

「……了解っす」


 近藤は信号で止まる度に、スマホを触っていた。


「えー、通称記録屋……、本名ポール・ウォーカー、英国出身の36歳、2×××年に来日後、メリルトライアド日本支部に所属、クラスは召喚師……。あれ? 乾さん、僕の権限だと全部見られないんですけど……」

「気にするな」


「そ、そんなぁ……気になるじゃないですか、教えてくださいよぉ~」

「いいから忘れろ」


「酷い! いいじゃないですか、ちょっとくらい! 秘密主義は良くないですよ? もっと相棒を信用して下さいって! ねぇ乾さ~ん、いいでしょ? ちょっと、乾さ~ん! 聞いてますか~⁉」

「あ゛ーっ! わかった! わかったから、静かにしろ!」

 頭を掻きながら乾が近藤を睨む。


「ウィッス! 了解っす!」


 近藤はピタッと喋るのを止め、好奇心に目を輝かせている。

 乾はため息交じりに小さく頭を振った。


「ったく……。奴は元SISの諜報員でな、記録屋って通り名はその時の名残りだ」

「SIS⁉ すごい! 映画みたいじゃないっすか⁉」


「いいから、黙って聞け」

 近藤は「さーせんっす」と小さく顎を出した。


「奴の使役獣はお前もさっき見ただろう? 二つの頭部を持つ怪鳥で、右頭部が『ライト』、左頭部が『ダーク』だ。鳥の使役獣自体は、別に珍しくも何ともない。だが、この鳥の持つ固有スキルが、奴を不遇な召喚師から一流の諜報員へと変えたのさ」

「こ、固有スキル……って、使役獣もスキルを使うんですか⁉」


「まあ、普通はあり得ないだろうな。だが、あの鳥は使える。見たものを記録する能力を持っているんだ。しかも……ダンジョンの中だろうと関係なく」

「ダ、ダンジョンの中って……そんなことあり得るんですか⁉」

 近藤はうわずった声を上げた。


「ライトと呼ばれる方に魔石を呑ませるだろ? すると、ダークの方から、その魔石を取り出すまで、その鳥が見たもの全てが魔石に記録される、こんな風に」

 乾が手に持った魔石を近藤に見せた。

 

「それって、魔素の影響を受けないってことですよね?」

「そうだ、電子機器が一切使えないダンジョンの中でも、奴は全てを記録する事ができる」


「ちょ、それが本当なら……たとえ各国の諜報機関が奪い合ったとしても驚きません」

「実際、今でもかなりの国からスカウトがあるって噂だが……アイツがメリルを抜けることはないだろう」


「まるで、何か知ってるような口ぶりですね?」

「……まあ、世の中、お前が思ってるほど金じゃないってことさ」


「何すかそれ! 僕、そういう禅問答みたいなの一番嫌いなんすよ!」

「ははは! そう怒るなよ」と、乾が笑う。

 その笑う姿を見て、近藤が驚いた顔を見せた。


「僕……そんな風に乾さんが笑うの、初めて見たっすよ」

「そうか?」

「乾さん基本笑わないっすもん」

 近藤はそう言って、乾の持つ魔石に目を向けた。


「それ、どうやって見るんすか?」

「ちゃんと管理局に専用の投影機がある」


「マジッすか⁉ そんなん初めて知りましたよ!」

「青だぞ」


「え?」

「信号」

 乾がフロントガラスに向かって指を差す。


「あ、はい、すみません!」

「ったく、いつでも周囲に神経を向けておけって言ってるだろ?」

 そう言って、乾は少し微笑んだまま目を閉じ、魔石をポケットにねじ込んだ。


「ちょ、乾さん、まだ話終わってないっすよ」

「……少し寝る、着いたら起こしてくれ」


 近藤は小さく顔を振り、「へーい」と返事をした。 


 * * *


 リディアと二人で笹塚の魔素(マナ)ルームに入った。

 受付を済ませ、それぞれシャワーを浴びることにした。


「じゃあ、後でね」

「あ、うん」


 こういうのって、なんだか昭和の銭湯カップルみたいでちょっとドキドキする……。

 いやぁ、俺も着実にリア充な経験を積んでるな。


 中に入ると、浴場には数人の先客がいた。

 シャワールームと言っても、ちゃんと風呂もあるし、サウナもある。

 ジェットバスや打たせ湯コーナーもあって、スーパー銭湯顔負けの充実ぶり。


 へぇ……こりゃ当たりかも。

 俺は早速、体中のネバネバを洗い流し、さっぱりしたところで湯船に入った。


「ふぅ~……最っ高……」


 思わず、身体の深いところから声が漏れる。

 あ~、疲れが取れていくわ……。


 考えて見ると、今、この魔素(マナ)ルームで、リディアもお風呂に入ってるんだよなぁ……。

 危ない危ない、もわ~んとした妄想をかき消す。


「さて、そろそろ出るか」


 脱衣所に出て、身体を拭く。

 手早く着替えを済ませてから、待ち合わせていたロビーに向かった。


 大きめのソファに座り、リディアを待つ。

 火照った身体にひんやりとした空気が気持ちいい。


「ごめーん、待った?」

「いや、ま……待ってないよ」


 半乾きの髪をヘアクリップでまとめ、ほぼノーメイクのリディア。

 上気した顔が悶絶しそうなほど可愛かった。


「あ、ねぇねぇ、コーヒー牛乳飲む? この前映画で見ていいなぁって思ってたんだー」

「いいねぇ」


 俺とリディアは、瓶入りのコーヒー牛乳の蓋を開け、顔を見合わせて乾杯した。


「お疲れさまー!」

「お疲れ!」


 腰に手を当て、一気に飲み干す。


「「ぷはーっ!」」


「ヤバっ、超美味しいんだけど⁉」

「うめぇー! 最高だな」


 二人で笑った後、突然リディアが真顔になる。


「ところでユキト、何で悪魔と○○してるわけ?」

「――ぶほっ⁉ オホッ、オホッ……!」

 コ、コーヒー牛乳が気管に入り、全身から嫌な汗が噴き出した。

「そ……それは……その……」


 俺がしどろもどろになっていると、リディアは大きくため息を吐いた。


「何かコソコソしてるなーって思ってたんだけど、そういう事だったのね?」

「あ、うん……アレしないと憑魔できなくてさ……」

 手汗でコーヒー牛乳の瓶がぬるぬるする。


「あんな可愛らしい悪魔だもんねー、ちょっとは楽しいとか思ってたり?」

「い、いや、そんなことは……」

 決して無いとは言い切れないのが辛いところだ。

 もう一回シャワーを浴びたいくらい汗が……。


「ユキトが隠すから変に思っちゃうんだよ? ちゃんと言ってくれればいいのに」

 俺の方を一切見ずにリディアが言った。


「で、でも、やっぱリディアにだけは見られたくないっていうか……!」

「へぇ、私にだけは?」


「う、うん……」

「ふぅーん……、そうなんだ」

 リディアが少しだけ嬉しそうに顔をほころばせ、俺の顔を覗き込む。

 そして、何の前触れもなく、突然俺の頬に柔らかいものが触れた――。


「え……」

「今日のお礼、だって悪魔には負けたくないでしょ?」


 そう言って上目遣いで俺を見る。

 何だこれ、最高かよ。


 そのまましばらくの間、俺は身動き一つできなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2人の関係が前進したのが嬉しい。 クランの印象が、ポールさんがお金以外でも拘るフックがあると聞くとちょっと変わりますね
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