大罪の魔槍
――定期出現型笹塚ポータル、第294号前。
黒塗りのSUVから降りた監視課の乾と近藤が、廃工場を見上げていた。
「このレベルのポータルにしては、えらく時間が掛かってますね」
近藤の言葉を聞き、乾は腕時計を確認した。
「……仕方ない、いくぞ」
「え? どうすんですか⁉」
「そのうち連絡が来る、それまでは別件にあたる」
「えーっ⁉ そりゃないっすよ乾さん! どんだけ仕事好きなんすか⁉」
近藤は全身でやりたくないオーラを発散させている。
が、乾はそんな近藤を無視して車に乗り込み、ウインドウを降ろした。
「行かないのなら、置いて行く」
そう一言だけ告げると、近藤を見ること無くウィンドウを上げた。
「ちょ⁉ 行きます、行きますってば!」
慌てて車に乗り込む近藤。
ドアを閉めるのも待たずに乾は車を発進させた。
「あぶねっ! もう、酷いっすよ……」
「シートベルトを締めろ」
「はぁ……わかりましたー」
近藤は諦めたように答えると、スマホを弄り始めた。
* * *
ハイオークの数倍は優にある巨体から、立ち上る腐臭と瘴気――。
大きく見えていたはずの王座が、今は小さく見える。
種の王たる自負と、自らの力に対する自信に満ちあふれているようだった。
「まさか、こんなショボいポータルで、オーク・エンペラーと戦う羽目になるとはな……」
どれだけツイてないんだと黒田は首を振る。
「と、とにかく、ユキトが来るまで逃げるしかないわ」
「バラバラに散って、時間を稼ぎましょう!」
ポールさんが言うと、黒田とリディアは小さく頷いた。
「よし、死ぬなよ!」
「了解!」
「おっけー!」
三人は散開し、オーク・エンペラーから距離を取った。
*
俺は急ぎ、広間の中心部へ走る。
見ると黒田達は、それぞれが別方向に逃げて距離を取っていた。
これで巻き込む心配はないか……。
王座のそばに着くと、そこには小さな一戸建てくらいの大きさに変貌したオークが立っていた。
「おーおー、デカくなっちゃって……」
『ブグルルル……』
まるで地鳴りのような唸り声だ。
マント付きの鎧を着ている。
巨大な筋肉の塊のような腕には、俺と同じような紋様が浮かび上がっていた。
王座の陰から、ネクロマンサーの少年がひょこっと顔を出す。
「何だ少年、怖くて逃げたんじゃなかったのか?」
「クスクス……怖い? 何で僕が? コイツを見ても状況が理解できてないのかな?」
少年はオークを見上げて不敵な笑みを浮かべる。
「ふん、こんなもん、ただのデカいオークだろ?」
「まったく……お兄ちゃんは余裕ぶるのが好きだね」
やれやれと肩を竦める少年。
「まあいいよ、コイツはオーク・エンペラーっていうんだ。元々、ある程度遊んだら封印を解くつもりだったんだけどね。お兄ちゃんにスキルを使えなくされてどうしようって思ってたんだけどさ、やっぱり僕の豪運がね、手繰り寄せたんだよ……勝利に続く糸をね」
「ふーん、で? コイツ、そんなに強いの?」
「自分で確かめてみるといいよ……種の頂点の力を!」
少年が手を向けると、オーク・エンペラーが雄叫びを上げた!
『グボゥアアアアアアアーーーーーーーーーーーー!!!』
まずはどの程度のものか、こいつで試させてもらう。
―――――――――――――――――
・黒炎弾(100MP/回)
対象に獄界の炎を飛ばす
―――――――――――――――――
『――黒炎弾』
手の平を上に向け呟くと、真っ黒な炎が何処からともなく発生し、渦を巻きながら一点に集まった。
小さな黒い太陽のように球形になった黒炎は、俺の手の上で揺らめいている。
「喰らえ!」
オーク・エンペラーに十発の黒炎弾を連続で放った。
これだけデカい的だ、外しようがない。
MP合計:7989→7889
右脇腹辺りに着弾――。
ゴウゥッ! と、黒炎が燃え広がる。
だが、すぐに炎は収まり鎧に僅かな煤をを残すだけであった。
『ブグルルル……』
「ぷぷっ! ハハハハ! 何それ? もしかしてそれで勝てると思ってたの? スキルを使えなくしたから安心した? ククク、甘い、甘いんだよ! 僕の命令はとっくに通ってる、例え僕が死んでも、オーク・エンペラーは戦い続けるんだ! もう、何もかも遅いんだよ!」
少年が俺を見て、ぴょんぴょんと跳ねながら笑う。
「……言いたいことはそれだけか?」
「チッ――、僕の屍兵を舐めすぎなんだよ、もう、消えちゃえ」
真正面から俺を見据える、子供とは思えぬ眼差し。
少年は希少クラスの覚醒者として幾度も討伐を経験しているのだろう。
俺よりも……、多分、この場に居る誰よりも。
『グヴォオオオオーーーーーーーーーッ!!!』
主人の期待に応えるかのように、オーク・エンペラーが両手を組み、勢いよく振り下ろした!
ズドォオオーーーーーンッ!!
ダンジョン全体が揺れた。
ハイオークの比ではない、とんでもないパワーだ。
いくら憑魔しているとはいえ、まともに喰らえばダメージを負うかもしれない。
黒田達は上手く分散して距離を取っているが、体力的には限界が近いだろう。
リディアのMPも恐らく底を突いているはず……。
出し惜しみしている場合じゃねぇな。
―――――――――――――――――
・大罪の淫魔槍 ルクスリア(2000MP/召喚)
七つの大罪のうち「色欲」を司るアスモデウスの固有武器を召喚
―――――――――――――――――
使ってみるか……。
そう思った瞬間、アスモデウスが目の前に現れた。
美しい白金の髪が揺れ拡がり、冷たい指先が俺の頬に触れる。
「ア、アスモデウス⁉」
『我、色欲を司どりしアスモデウスの名において命ずる――出でよ、淫魔槍』
アスモデウスの身体から黒いオーラが溢れ出した。
「な、何なの? あのえっちなお姉ちゃんは……角生えてるぞ⁉」
少年は頬を赤らめながらアスモデウスを見ている。
アスモデウスは俺の手を取り、自らの胸に引き寄せた。
「え、ちょ⁉」
『さあ、我が愛槍ルクスリアを……』
胸に指先が触れようとしたその時、俺の手はそのままズブズブとアスモデウスの体内に入っていく。
「これは……」
『ハァ……、はうっ! あ、主……は、早く……♥』
光悦の表情を浮かべるアスモデウス。
指先に固いものが触れる。
これがルクスリアか⁉
俺は槍を握り締め、そのまま引き抜いた――。




