暴食
「クッ……Re:Born! Re:Born! Re:Born! クソッ、何でだよ⁉ ひ、卑怯だぞーっ!」
少年が奥へ逃げながら叫ぶ。
「ったく……やっぱりお子様だな」
スキルロックは当分解けない。
あの子は後回しにして、オーク共を片付けないと。
「あとでお説教だからなー!」
遠ざかるゲームマスターの小さな背中にそう告げて、俺は黒田達の元へ戻った。
*
『ブギィーッ!』
オークが倒れる。
が、その屍を踏み越え、雪崩れ込むようにオークが迫る。
「オークオークオークって……この、クソ野郎がッ!」
黒田が身の丈ほどある支援術師用の杖でオークを殴る。
『グガァッ!』
だが、殴っても殴っても、また新しいオークが向かってくる。
「き、キリがねぇ……」
『――治癒!』
黒田を緑色の燐光が包む。
「み、湊か……すまん!」
「持ちこたえて! 私もできるだけMPを温存する! ユキトが来るまでの辛抱よ!」
『グオォオオオーーーーーーッ!!!』
ハイオークの一体が凄まじい雄叫びを上げた。
身体が禍々しい赤に輝いている。
「あれは……! マズいです、ハイオークが暴食状態に入りました!」
ポールさんがそう叫ぶと、ハイオークは突然、隣にいたオークに喰らい付いた。
『ブシュルル……グガァアアア!!』
眼光は赤く輝きを放ち、身体はまた一回り大きくなった。
「おいおいおい! 瀬名ぁ! 早くしろーっ! これ以上は無理だぞ!」
*
「ん? えらく暴れてんのがいるな……アイツから片付けるか」
俺は共食いを始めたハイオークに向かって駆けだした。
ハイオークは手当たり次第に近くのオークに喰らい付いている。
そして、オークも逃げることなく、自ら進んで喰われているように見えた。
気持ち悪い奴……、だが、これで終わりだ!
ハイオークの背後から、跳び蹴りを放った。
『グゴォッ!』
俺の蹴りを棍棒で防いだ。
「ま、マジか――⁉」
初めて攻撃を止められた⁉
なんだこいつ……初めに倒したハイオークと全然違うぞ⁉
攻撃力は上がるとあの少年が言っていた気がするが……、防御力も上がるのか?
『グガアーーーァッ!』
ハイオークの拳が飛んでくる。
咄嗟に避けようとした瞬間、粘液で足が滑った。
「ちょ⁉ うぉっ⁉」
顔面に思いっきり拳を受ける。
そのまま俺は、オークの群れの中に吹き飛ばされた。
「瀬名⁉」
「ユキト⁉」
地面に転がり落ちると、オークの足が容赦なく俺を踏みつけてきた。
「ちょ……あ! クソッ! 鬱陶しい! ……どけっ!」
オークを吹き飛ばし、片っ端から強引に力で潰していく。
異臭を放つ粘液にまみれるが、そんな事はもうどうでも良かった。
見ると、離れた場所で、ハイオークはまだ同族を喰らっていた。
ほんの僅かな間に、また一回り以上大きくなったように見える……。
「アイツ、吸収して強くなる系か……?」
アンドロマリウスに攻撃系のスキルは無い。
これならアスモデウスにすれば良かったか……。
ん? 待てよ……交換って出来るのかな?
いや、しかし、今の状況で憑魔を解いたら……即死するな、うん。
やるなら、一旦この場を離れないと。
だが、黒田達の負担を少しでも減らしてからだな……。
俺は自分の頬を軽く叩く。
「よっしゃ! 行くぞ!」
黒田を囲んでいたオーク達に狙いを定め、スプリンター選手の如く猛突進した。
「ドォラァッ!」
体当たりをぶちかます!
黒田に群がり、団子になっていたオークが弾け飛んだ!
「おい、大丈夫か?」
「おぉ、瀬名か! 助かった……死ぬかと」
粘液まみれになった黒田が安堵の表情を見せる。
「悪い、もうあと数分だけ耐えてくれ、いけるだろ?」
「は? え……お、おい! 嘘だろ⁉」
泣き出しそうな黒田を置き、リディアとポールさんの様子を見る。
二人は上手く連携しながら、オークに囲まれないよう退路を作りつつ、相手を分散していた。
さすがポールさん、場慣れしている。
メリルトライアドの名は伊達じゃない。
「ポールさん! リディア! ハイオークは無視でいい! とにかく逃げ回れ!」
そう大声で言うと、ポールさんとリディアが手を上げて応えた。
*
「クソッ! こんな時に、あいつは何処に行くつもりなんだ?」
黒田は瀬名の背中を横目で見ながら、オークの相手をする。
『ブギィッ! ブギィーッ!』
「うるせぇな! この!」
杖で頭部を殴り、腹を蹴ってオークを転ばせる。
そして、顔面を滅多打ちにした。
「はぁ……はぁ……、こっちは大分減ったぞ!」
肩で息をしながら、黒田が声を上げると、
「ボス! あ、あれ!」
と血相を変えたポールが、ハイオークを指さす。
「な、なんだ、ありゃ……」
*
二人の無事を確認した後、俺は猛ダッシュで広間の隅まで走る。
流石に憑魔状態だけあって、あっという間に壁際に着いた。
よし、ここなら……。
『――ソロモンズポータル!』
ポータルを創り出し、憑魔を解こうとすると、アンドロマリウスが姿を見せる。
「あ、あれ?」
いつもならすぐに消えるはずなのに……何故だ?
「う~、マスター、もう終わりですか?」
ゴスメイド姿のアンドロマリウスが、拗ねたように口を尖らせた。
少しズレた眼鏡、肩を揺らしながら上目遣いで俺を見る。
「ちょ、いや、君のスキルのお蔭でとても助かったんだけど……っていうか、何でいるの?」
「こっちの世界とわたしの住む世界を越えるのが、ポータル無しだと、ちょっと難しくなってしまったんです」
そう言って前髪を直しながら、苦笑いを浮かべた。
「え……」
「というのも……、マスターのレベルアップによってですね、わたしの中の魔素量も本来の力に近づいてまして……。内包する魔素量が多いほど世界を渡るのが難しくなるんです。なのでポータルを通らないと帰れなくて……」
「そう言えば、新しい『悪魔城』というスキルも解放されていたな……」
「はい! 悪魔城を使って頂ければ、このアンドロマリウスがマスターを愛の城へご招待! あんなことや、こんなことで精一杯のご奉仕をさせて頂きますぅ~♥」
はぁはぁと息を荒くするアンドロマリウス。
「か、考えておくよ……じゃ、お疲れ様」
急いでるからな、構っている暇は無い。交換だ、交換。
小さく手を上げると、アンドロマリウスは俺の手を握り、顔を近づけてきた。
はうっ! 手がすべすべで柔らかい……あ、悪魔め!
「ちょっとマスタ~酷いですよぉ! これじゃ都合のいい女じゃないですかっ!」
「こ、こら! 人聞き悪いこと言うなよ……」
「だってぇ~」
こうなったら仕方ない!
グズるアンドロマリウスの手を逆に両手で力強く握り返した。
「は、はわわ……マ、マスター⁉」
「頼む! 急いでるんだ、また呼ぶから! ね? お願いっ!」
「わ……わかりましたよぅ、そこまで言うなら、仕方ありませんね……。では、私はこの辺で……」
名残惜しそうなアンドロマリウスがゆっくりと手を離し、俺を見ながらポータルに入って行った。
ふぅ……可愛かったな……。
いや! 違う違う!
そんなこと言ってる場合じゃない! 急がないと!
俺はポータルに向かって手を翳した。
『――来い! アスモデウス!』




