腐臭
「よし、ここのボスは毎回『ハイオーク』と決まってる、瀬名なら問題ないだろうが、俺とポールさんでフォローに回る、湊は後衛で回復役に徹してくれ」
「わかった」
「うん、回復は任せて」
俺達は顔を見合わせて頷く。
正直、黒田がここまでしっかりしてるとは思わなかったな……。
性格に難ありだとは思うが、少しだけ見る目が変わった。
「じゃあ、行くぞ――」
俺は先頭を切って奥に進んだ。
* * *
「ふわぁ……やっと来た……」
ふーん……あれが噂の新人か、わわっ⁉ すごいタトゥーが入ってる⁉
あれは絶対悪い奴だ……、うん。
ただでさえウチは悪そうな人が多いのに、これ以上いらないんだけどなぁ……。
ったく、何で僕がこんな面倒なことをしなきゃいけないんだか……。
ブツブツとぼやきながら、物陰からそっと広間の様子を窺う白髪の少年。
「さぁて、お手並み拝見といきますか」
少年は手を翳し、
『――Re:Born』と呟く。
すると、広間中央にハイオークが出現した。
「ふふ、僕の駒相手にどれだけ戦えるのかな?」
少年は笑いを堪えた後、楽しそうにハイオークに指示を出す。
「ハイオーク、ターゲット固定、自動戦闘で、ターンエンド!」
そう言って、少年は目を輝かせながら、自らのゲームの盤面である広間を眺めた。
* * *
奥の広間に入ると、そこには原始的な集落のようなオーク達の住処があった。
「結構、広いんだな……」
「ほんとね……、篝火が置いてあるわ」
リディアが言うと、ポールさんが答える。
「ハイオークは群れの長としてコミュニティを形成するんです。オークの特性として、同胞の数が増えるほど上位個体にクラスアップする可能性が高いので、そのせいかも知れませんね」
「それより……ハイオークはどこだ?」
黒田が辺りを見回している。
「というか、気配がありませんね……普通ならオークも何体かいるはずなんですが……」
ポールさんが不審げな表情を見せた、その時――。
突然、広間の中央にハイオークが現れた。
「で、デカい‼ みんな、下がれ!」
黒田達が慌てて距離を取った。
白く濁った眼、黒ずんだ肌、強烈な腐敗臭……。
ハイオークは『ブシュル……ブシュゥ……』と不気味な鼻音をたてている。
手に持った棍棒には謎の粘液が垂れ、揺れる篝火の灯りが反射していた。
「こいつ……生きてんのか?」
『グォガアアアーーーーー!!』
緑がかった粘液をまき散らしながら、ハイオークが雄叫びを上げる。
「お、おい! こいつ何かおかしくないか?」
「ボス……あれは死霊術師が使う『屍兵』ですよ……なぜこんな場所に……」
「これは……いやいや、そんなはずは……このポータルには俺達が最初に入ったはず」
黒田は戸惑いの表情を見せる。
「死霊術師って……そんな希少クラスの覚醒者なら、先回りしててもおかしくないんじゃない?」
リディアの言葉に、黒田は舌を鳴らす。
「瀬名! 罠だ、何者かが介入している可能性がある! 一旦、戻るぞ!」
「は? ちょ……そんな急に言われても……」
その瞬間、まるで話を聞いていたかのように、ハイオークが襲い掛かってきた!
『ブモォーッ!』
雄叫びを上げると、棍棒を躊躇なく振り下ろす!
上位種だけあって、オークとは比べものにならないスピードとパワーだ。
俺が避ける度に、地面に小さなクレーターが出来ていく。
『グモオオオ!!』
「あ゛ーーーっ! うっせぇ!」
俺はハイオークの腹に蹴りを入れた。
くの字に身体を曲げたまま、ハイオークが広間の壁まで吹っ飛ぶ。
壁に当たった身体が二つに分かれ、別々の場所へ落ちた。
「うわ……足の裏ベトベトしてる……」
「や、やりやがったハイオークだぞ? ……はは、ははは!」
「ハ、ハイオークを一蹴するとは……」
「きゃーっ! やったやった、ユキトーっ!」
足を地面に擦りながら、
「どうした、介入って何かあったのか?」と黒田に訊ねる。
「……あのハイオークは死霊術師が使う屍兵だ、自然発生するようなモンじゃない」
辺りを警戒しながら黒田が早口で言った。
「死霊術師……」
横からポールさんが説明する。
「国内に三人しか存在しない超希少クラスですよ。確かM.S.Aに一人、GUILTY ROCK BROTHERsに一人、そして金曜会に一人……」
「一体、何の目的が……?」
ポールさんと目を合わせた黒田が口を開く。
「俺の予想だと――」
「ちょっとちょっと、まだ終わってないよー」
突然聞こえた声に、俺達は口をつぐんだ。
「タトゥーのお兄ちゃん、結構強いんだねー。僕、びっくりしちゃった」
「子供……?」
「どこだ! 出てこい!」
奥の物陰から、白髪の少年が姿を見せた。
白シャツにリボンネクタイを締め、短パンからはか細い足が見えている。
シャツ以外は全部黒尽くめで、育ちの良いお坊ちゃんって感じだ。
少年を見て、黒田が舌打ちをする。
「クソッ! ネクロマンサーで白髪の子供っていやぁ一人しかいねぇ……GUILTY ROCK BROTHERsの『ゲームマスター』だ……」
黒田が言うと、少年はクスッと笑った。
「お兄ちゃん達、言っとくけど……まだ、僕のターンだからね?」




