ボスの間
「道が狭くなる、ここからは瀬名が先頭を、後ろは俺とポールさん、湊はセンターで補助に集中してくれ」
「わかった」
「ええ、任せて」
ポールさんは、「うん、良い判断ですね」と頷いた。
「よし、行こう」
進み始めた瞬間、何やら不穏な空気を感じる。
何だろう、この身体がムズムズする感覚は……。
『グモォオオオオ!!!』
くぐもった獣の鳴き声が通路に響いた。
「ボス、挟まれてる!」
「チッ、瀬名、オークだ! 前と後ろ両方から来るぞ!」
黒田が叫ぶと同時に、正面からドスドスと足音を立てながら、全身を筋肉の鎧で包んだような豚頭の化け物が、尖った石を片手に走ってきた。
「うわっ⁉」
躊躇無く振り下ろされた太い腕を掴む。
……ん? あれ? 意外と平気かも……。
『グモォォオ! グルッ……グフッ!』
オークは半狂乱の形相で、涎を飛ばしながら暴れようともがく。
うへぇ~、間近で見るとすげぇ迫力だ。
だが……、俺の方が力は強いみたいだな――。
握った手に力を込める。
ギリギリギリ……ミシッ……バキッ!
お、砕けたか?
『グモォーーーッ⁉』
オークが必死に振りほどこうとする姿を見て、俺は楽しくて仕方なくなる。
ククク……、へぇ、化け物でも痛がるんだな。
おっと、またか。
やっぱり気を抜くと完全にドSになってしまう……。
ただ、アスモデウスの時よりは落ち着いている気がする。
もしかすると、悪魔によって個人差みたいなものがあるのかも知れない。
どちらにしても憑魔によって、精神的な影響を受けるようだ。
振り返ると、ポールさんと黒田が迫るオークを凌いでいる。
リディアも心配だし、さっさと片付けて加勢するか。
オークをぶん殴ろうとした時、ふと、アンドロマリウスの言葉を思い出した。
そういやあのメイド娘、新しい力とか言ってたな……。
俺は自分のステータスを確認してみた。
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憑魔:アンドロマリウス
・千里眼(900MP/一体)
対象のステータスをフルオープンにする。
・スキル・ハック(500MP/1回)
対象の持つスキルを盗用できるが、効果は半減する。
・スキル・ロック(800MP/1回)
対象のスキルを一定時間封印する。
・悪魔城(全MP)New!!
48時間の間、アンドロマリウスの支配する城へ行くことができる。
・■■■
現LVでの使用不可
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「な、何だ……悪魔城って⁉」
もしかして、ブネが言っていたのは……この事か⁉
でも全MP、48時間って……時間制限?
とてもじゃないが、今調べるのは無理だな……気にはなるが、後回しだ。
俺はオークの腕を放し、裏拳を入れた。
「おらっ!」
『――ガモォッ⁉』
俺の倍はある巨体が吹っ飛ぶ。
オークは独楽のようにきりもみ回転しながら、壁に激突して床に落ちた。
首が完全にねじれ、顔と胴体が違う方向を向いている。
よし、まずは一体……。
テンション上がってきたぞー!
次に黒田達を襲っていたオークの側面に移動し、回し蹴りを叩き込んだ。
「よっと――」
『――グギュッ!』
そのまま壁に激突し、蹲るようにして倒れた。
「チッ……死んだのか?」
何だよ、脆いな……これじゃ遊べねぇな。
足でオークの死骸を転がす。
オークはぐったりとして、既に事切れていた。
「はは、ははは! マジかよ⁉ やっぱお前すげーわ……!」
黒田が目を輝かせる。
「それより、これがオーク?」
「ああ、普通はそこまで警戒する相手ではないんだが、俺達みたいに近接ディーラー不在だと手こずる可能性はあるかな」
「へぇ、そうなの?」
「やっぱ、ユキトすごいじゃん!」
リディアが横から手の平を向けてくる。
「ありがと」
俺はその手にタッチした。
「セナくんの力がこれほどとは……これなら、セナくんが居れば問題なさそうですね」
ポールさんが眉を下げて笑った。
*
向かってくるオークと、巨大な蝙蝠を倒しつつ最深部を目指す。
やっぱ、低レベルポータルのダンジョンだと、出てくる魔物も弱い。
はっきり言って雑魚だな、雑魚。
こんなもんいくらでも倒せるぞ……。
ふと見ると、俺が倒した魔物の死骸から、ライトが二つの嘴で挟み取るようにして、赤黒い石を取り出している。
「あれが魔石……」
ダンジョンの魔物には、魔石と呼ばれる石が埋め込まれているらしい。
討伐で得られる報酬の大半は、この魔石を売った金だ。
高レベルポータルで発生するダンジョンともなると、希少価値の高いアイテムが手に入ることもあるという。
もし、運良く手に入ることがあれば、それだけで一生遊んで暮らせる額の金が手に入るそうだが、そのようなアイテムは、金では買えない特別な力が宿っていることが殆どなので、売ろうなどと考える奴はいない。
何本かの分かれ道を進んだ後、暗闇の奥からライトが戻り、ポールさんの腕にとまった。
ライトから何かを感じ取ったのか、ポールさんは闇に向かって指をまっすぐ伸ばして言った。
「――あの奥にボスがいます」




